第19話 襲撃
音がした方向を見ると、犬を擬人化させたような今までに見たこともないモンスターが、大きなガラス窓を割って入ってきている。
ローゼとコルネリアのコネクトがけたたましい音を立てて要注意アンダーマインだと知らせる。
「まさか!? ここの窓は強化防魔ガラスで出来ておるのに……! 特にこの部屋は念入りに言霊で防御を張り巡らせてもらっておって、わしの居場所が知られるはずは――」
動揺するヘルマンをコルネリアが「私たちが守りますから安心して下さい」と精神の安定を優先する。
ローゼも決断する。
「ヘルマンさん! とにかくあのモンスターはアタシが何とかするからコルネリアとエレベーターで逃げてくれ!」
「……ローゼ、ダメみたい。エレベーターの前になぜか私たち以外の“人”がいるよ」
赤と白が混じる気味の悪い仮面をした兵士みたいな格好の人物が、どうやってここへ来たのか、たった一つしかないエレベーターの前にいた。
逃げ道を塞がれ逃がすこともできなくなったローゼ達には、アンダーマインに加え見知らぬ仮面の敵からヘルマンを守りぬくため戦うしか選択肢はない。
コネクトは仮面の敵には反応をみせていない。
「ガードに連絡する方法はないのか!?」
アンダーマインに短剣のままのアインタウゼントで応戦しつつヘルマンに問う。
アンダーマインが武器を持っていないことだけが幸いだ。見た目以上に屈強な腕を持っているのか短剣を腕で往なされてしまう。
「エレベーターからなら連絡がつけられるんじゃが……」
「わかった! コルネリア、道を開けるからよろしく――ッッ!?」
目を疑った。
ローゼが今対峙していた――ローゼぐらいの身長の――アンダーマインが割れた窓から更に数匹入って来たのだ。
「くそっ! 何がなんでも逃がさない気か」
「ヘルマンさん、私から離れないようにしていてください。フェリクスのためにもあなたは私たちが守りますから」
こんなピンチでも他人を気遣い笑うことができるコルネリアをヘルマンは心強いと感じたことだろう。
ヘルマンは静かに頷き、ローゼ達に身を任せることにしたようだ。
「コルネリア! アンダーマインは一旦任せた。アタシはアイツをやってくる!」
走り出すと短剣のアインタウゼントの宝玉に指二本で触れ靴型の武器に変形させた。
ローゼの履くブーツに溶けるように変形していく――宝玉の周りに魔方陣のような蔦と羽根がついた――靴型アインタウゼント、走る速度は段違いに、威力は桁違いに。
勢いそのままに、エレベーター前に佇む仮面の敵の胸板を蹴りつけた!
相当な速度が乗っていたはずなのにあっさりと腕で受け止められ流されてしまった。
諦めることなく幾度も蹴りつけるローゼ。
頭の中の辞典を開き目の前にいるアンダーマインに効く魔法はなんだろうかと似たようなアンダーマインの弱点を思い出しつつも、防御の魔法をヘルマンと自身にかけるコルネリア。
(そうだ、カミナリだ!)
このアンダーマインに効くかはわからないが試すしかない。
詠唱中は無防備な為、いつもならローゼが時間を稼いでくれる。
ローゼに頼れない今、ヘルマンを守りつつ、アンダーマインの攻撃を避けつつ魔力を溜める為の詠唱をしなければいけなかった。
リーベの中だけの魔力じゃ足りないと判断したのだ。
いつもの時間の倍以上をかけたものの必要な魔力をコルネリアは溜め終える。
リーベを身につけている左手をアンダーマイン達に向け、カミナリの攻撃をアンダーマイン全てに照準。
『お願い! 効いて……!』
高い天井の近くに薄い雨雲が生まれ、その中からアンダーマインだけを選び抜くようにカミナリが走る!
願いが届いたのかふらつくアンダーマイン達。
隙が生まれ、エレベーターへと向かおうとするが、まだローゼと仮面の敵が戦っていて逃げられそうにない。
閃くと同時に素早く魔力を溜める詠唱を始め、少しの魔力で済むプリズムの魔法を使おうと指を四本に揃える。
詠唱を終えるとこう叫んだ。
『ローゼ! 目を瞑って!』
コルネリアがすみませんと囁くとヘルマンの目の前に立ち自らを影とした。
そして四本にした指を宝玉に触れさせる。
同時にローゼがコルネリアの心の声と動作に応え、仮面の敵の攻撃範囲外に移り気取られないよう目を瞑った。
光が弾け辺り一面が真っ白に。
『もう目を開けていいよ! 今がチャンスだよ!』
合図を受け閉じていた目を開くと、がむしゃらに腕を振り回しているアンダーマイン達が視界の端に見えた。
コルネリア達に危害が加わらないよう油断なく仮面の敵と対峙し続けたままのローゼ。
仮面の敵も光にやられていることがローゼの居場所を把握出来てなさそうな動きからわかった。
ローゼは今がチャンスと、エレベーターから引き離すように遠くへ吹っ飛ばすように、助走をつけ跳躍し蹴る!
魔法に眩む仮面の敵は防御すら出来ず、ローゼの思惑通りに壁際へと蹴り飛ばされる。
ローゼの攻撃を見届けたコルネリアはエレベーターまでヘルマンを守りながら走った。無事に辿り着き連絡をとるヘルマン。
「今、例の場所に居るんじゃが敵に襲われておる! 速く駆けつけんか!」
それだけでガード達には伝わるらしく、連絡はあっさり済むのだった。
連絡用のボタン以外を試すヘルマンだったが、他のボタンは使えないように細工されているようだった。
現状を把握したコルネリアは動かないエレベーターに居続けるのは危険だとヘルマンに告げ、出ることにした。にも関わらず、コルネリアは連絡がとれたことにほんの一瞬だけ敵の存在を忘れた。
「コルネリア!!」
「え?」
振り返ると銃を持った仮面の敵が狙いを定めていた。
ローゼはというと、仮面の敵に放られたのか、アンダーマイン達の中にいて、応戦するので手一杯のようだ。
さっきのプリズムの魔法でコルネリアのリーベに蓄えた魔力は底をつきかけていた。残りの魔力ではショートカットは使えず、詠唱もローゼの助けも間に合わない。
コルネリアはせめて盾になろうとヘルマンの前に立ち両手を広げ庇い、来る衝撃に備え目をぎゅっと閉じた。
パァン!
ガラスが割られた時よりもずっと軽い乾いた音がした。
「うそ……だろ……?」
何とか複数のアンダーマインを蹴散らし、コルネリア達の姿を視認したローゼがそう漏らした。
「うあぁぁぁぁぁああああぁぁ!」
目に入ってくる情報を処理することを拒むように叫ぶ。
コルネリア達の元へはまだたどり着けない。
「コルネリア! 目を開けろっ!」
走りながら叫び、こんな光景を生み出した憎き仮面の敵に蹴りかかろうとしたが、どこにも姿が見えなくなっていた。絶えず左右を見回すがいない。
「くそっ! こんなのありかよっ!! コルネリア、治癒だ! はやくっ……ううっ……」
ローゼは人前で泣くことをとても嫌う。
弱いところを見られたくないからだ。
子供扱いされて慰められるのも好きじゃないからだ。
でも、それでも人目を憚らず泣いていた。
必要な時には動いてくれなかったエレベーターが、いつの間にか移動を開始しているようだった。機械が動く音が聞こえてくる。
ガードの人達がエレベーターを復旧させたのだと思った。応援に来てくれるのかもしれないと思った。
もう遅いと考えるのが嫌で、ローゼは黙ったままのコルネリアを揺らし現実に戻そうとする。
「コルネリア! 目を開けろ、じゃないとヘルマンさんが……じいさんがっ!」
ヘルマンさん……? と不思議に思うコルネリア。
コルネリアは恐る恐る目を開いた。
コルネリアを庇ったのか、胸から血を流すヘルマンが赤い絨毯の上に倒れていた。赤い絨毯が赤い液体と相まって色濃くなっていく。
血に汚れるのも構わずヘルマンに膝枕する形をとり、慌てて治癒魔法を詠唱するコルネリア。
コルネリアは自身の命を変換し魔力を生み出していた。無意識で、だ。
頭はパニック状態で状況は飲み込めていない。けれどするべきことはわかっていた。
コルネリアが手を当てるヘルマンの胸からは血がどんどん流れている。
ヘルマンはゴボッと咳き込みながらも何かを伝えようとしているように見えた。
「無理しないでください」と、コルネリアは言いたかったが詠唱中だということもあって何も言えなかった。心の声はローゼにしか聞こえない。
「まだ答えて……いなかった……。君たちだけ……呼んだ理由……」
ゴホゴホと血が混じった咳を繰り返すヘルマン。
見ていられなくてでも目をそらしたくなくて、助けたくて……。
「じいさん、理由なんて今は良いから、コルネリアの治癒を受ければ助かるから」
助かる保障などなかったがそう言うことしか出来なかったし、そう信じていたかった。
「あの男……アロイスには気を付けるんじゃ……」
どういうことか聞き返そうとしたが聞き返せなかった。
ヘルマンはもう喋らなかったからだ。
チンっと間抜けな音がしてエレベーターが到着した。
「!?」
ガードのリーンハルト達が目の前の光景を見て息を飲む。
そしてローゼ達に銃を向けた。
「よくもやってくれたな!」
「違う! アタシたちじゃない、仮面の奴とアンダーマイン達が――」
「そんなやつらどこにいるっていうんだ!」
「え?」
部屋を見回すと仮面の敵だけではなくアンダーマイン達までいなくなっていた。
確かに攻撃するには絶好の機会なのに何も起きなかった。もう一度部屋を見渡すが姿どころかアンダーマインの気配までない。
これではまるで……“ローゼ達が犯人のようだ”。
一切の迷いなく銃を発砲してくるリーンハルトとライナーを始めとするガード達。ヘルマンに当たらないように距離を取り標的として動くローゼ。
「ちくしょうっ! コルネリア!」
名前を呼ぶだけで以心伝心。
コルネリアのように心に問いかけることは出来ないが心はいつも繋がっている。
コルネリアにはローゼの意図が読めた。
泣き顔で頷くと静かにヘルマンを床に眠らせ、魔力を溜めながらローゼの元へ駆けて手を繋いだ。
割れた窓から飛び出すローゼ達。
さすがに追ってこられず銃だけ撃つリーンハルト。
コルネリアのわずかな魔法とローゼが空中で換装した――背中に悪魔のような羽が生えた――滑空装備で、高所からの衝撃を緩和しているからこその実現可能な荒技だった。
今いた場所が何階かもわかっていなかったのだから、大博打だ。
相当高いところから落ちているらしく突き抜けた空気抵抗をうけ、繋いだ手が解けそうになる。
力強く握りしめ直す手は湿っていた。
風を上手く利用し夜空を滑空し、アーケードの屋根に降り立つ。
そしてその場を足早に去った。
ヘルマンは命の危機に瀕してる状態でローゼ達の身を案じ、アロイスに気をつけろと忠告をしてくれた。だからアロイスを頼る気にはなれなかった。ホテルにももう戻れない。
ローゼ達はとりあえず他に当てが思いつかず、リビルドへと歩みを進めた。
守れなかった。そのことばかりが頭を占める。
だけど目の前の現実からは逃げたくない、二人はヘルマンを襲った仮面の敵とアンダーマイン達について調べたかった。
本当なら座り込んで泣いてしまいたいのを堪える。これじゃあ“あの時の二の舞どころじゃない”という言葉を間違っても口に出さないよう唇を閉ざす。
二人は精神的なもので重くなった体を引きずり、何とかリビルドまでたどり着く。
が、中からアロイスの声が聞こえるのだった。初めて聞いた、大きな大きな声だ。
「――まさかあの二人が刺客だったとは信じられないが、だが事実だ!」
ざわつくリビルド。
「あの二人がそんな人たちじゃないと僕は信じています」
こう強く言い切ったのはフェリクスの声だ。
他にも色々話していたようだったが、あとは耳が聞くことを拒否した。
二人はリビルドにも帰れなくなってしまった。
誤解を解くのが難しいと考えたわけではない。リビルドでもお尋ね者になってしまっていたこともあるが、何よりもフェリクスに合わせる顔がないと感じた。
疲れきっていて今の二人には何故フェリクスやアロイスがここにいるのかなど、考えつかなかった。
ローゼ達は街を出て森の中で眠ることにした。
どうするかは疲れを少しでもとってから考えよう、と。