第16話 目玉焼き論争と一時帰還 1
ヘルマン達についてたどり着いた先は無駄に豪華ということを除けば至って平凡な喫茶店だった。
ロビーにあるのを見ていたローゼとコルネリアだったが、ヘルマンがここで食事をするとはとても想像できていなかった。
モーニングサービスを人数分頼み、食べる一行。穏やかに朝食が進むかと思っていたが、ヘルマンとコルネリアにアロイスも交えて大激論状態に。
遡れば出てきた目玉焼きが問題だったのだとローゼは考える。
自分には関係ないと割り切り、ヘルマン達をよそ目に朝食のトーストと目玉焼きを楽しんでいた。
「目玉焼きといったら塩だろうが!」
「いいえ、そこはヘルマンさんでも譲れません。ソースです」
「俺はケチャップでしか食べない」
三人が三人とも本気になって話してる分、ローゼはどんどん冷めていく。
ローゼはというと食べられれば何でもよく、調味料がないならないでもよかった。
この喫茶店には目玉焼き論争を巻き起こすほど豊富に、調味料がテーブルに備え付けられていた。
これでガードが醤油派だとかいいだしたら面倒だなとみると、小声で「私は醤油派なんですけど、主に従って塩で食べてます」なんて言ってきた。出来た大人で助かった。
トーストをかじりながら見てると親と兄妹が朝の団欒でいいあってるみたいで微笑ましい。
ローゼがその輪に加わることはないなと、終いにコーヒーを飲んでいたところ援軍を頼まれた。
「あんたは塩で食べるじゃろ? じゃろ?」
「違うよね、ロージィはソースがいいよね?」
「お嬢さんはケチャップで食べそうだけどな」
言い終えるなり互いを睨みつけ合う三人。
「もうどうでもいいから、早く食べなよ……どれもおいしいよ」
「それじゃだめなの!」
しばらく待つしかないなとウェイトレスを呼び、サンドイッチを追加注文するローゼだった。
「今日は外に出る」といった趣旨の言葉をヘルマンが喫茶店を出るなり言いだした。
「狙われてるのに外に出たら危ないだろですか」
相変わらず変な敬語でしか話せずにいるローゼに続き、アロイスも口を出す。
「外では難しい」
「どこか行きたいところがあるんですか?」
コルネリアの言葉にだけ返事をするヘルマン。
色々理由立てていたが要はこういうことだ。アンファングの街は飽きたからヌルに行きたいと。
「でも」
「嫌じゃ。それならお前らを置いてでもわしは行くぞ」
「こうなられてはもうお話は通じないので、どうかご同行下さい、ビルダーの皆様」
ガードが深々と頭を下げる。本当に何をいっても通じなそうだと思った三人はいくつかの条件をつけることで同意した。これもまたビルダー稼業にありがちな展開だった。
ガードが車を出してくるといい、裏へ回っておいてくれと別のガードが案内する。
ガードは一体何人いるんだ。
車は特に目立った色でも車種でもない一般的なものだった。
「さすがにいつものお車ではわかりやすいといいますか、狙われやすいといいますか……」
「うむ、良い判断じゃ」
車に乗るのが久しぶりなローゼとコルネリアはヘルマンを真ん中に挟むように後部座席に座った。助手席にはアロイス、運転はガード。コルネリアは車中でガードの人と話せないかタイミングを計っていたようだったが、徒労に終わった。
リクエストを受ける際に、時間をかけ歩いてきた大通りも車だとあっという間だ。
ヌルに着くと私はここにいますのでと、ガードが車に残った。これもガードの配慮なのだろうと思い、特に突っこんで話を聞くことはしなかった。
「お前らのお気に入りの店へ連れていくんじゃ。きっとわしのようなものじゃ行かないような場所ばかりなんじゃろう」
「じゃあ、まずは私のおすすめの魔法屋を紹介しますね」
コルネリアが率先して申し出た。そうすることで他の二人に有無をいわさず店を紹介させるつもりなのだろう。
どう言い繕うとしても胡散臭い佇まいのヌルの大通りに面した七階建ての雑居ビル。その五階に四人は居た。
「いらっしゃいませ~。あらネリアちゃん、そちらの方は……? どこかで見たような――」
「気のせいですよ。それより今日も選りすぐりの魔法を見せてください」
「そうかい? ネリアちゃんが言うなら気のせいなんだろうね。はいよ。そうだ、プリズムの魔法は良かったかい?」
エプロンで手を拭きながらザシャはコルネリアに尋ねる。
何かの薬を調合している最中だったらしく、会計のカウンターの上には目移りするほどの材料やクリスタルがあった。
「はい、とても気に入っています! あれから何度か唱えてみたんですけど、その度に違う魔法になって面白いです」
「そうかい。ならこれも気に入るかもしれないね」
ザシャが恐らく魔法を探している間にヘルマンが感想を漏らした。
「ここがお前さんのお気に入りの店というわけか」
「あ、はい。あまりヘルマンさんには面白いところではなかったですか? それに夢中になっちゃってすみません……」
「いや、面白い。わしは魔法を知らんからの、興味はある」
ヘルマンがまだ何か言い続けたそうだったがザシャが戻ってきて中断された。ザシャは小箱を大事そうに抱えながらコルネリアに薦める。
「ネリアちゃん、見つけたよ。これよこれ、ハートっていう強化アイテムなんだけれどね」
「ハート、ですか。可愛らしい名前ですね」
ザシャが口を閉ざし無言でコルネリアの目を見据える。コルネリアはどういうことかわからずただ見つめ返すことしかできないようだ。
魔法屋の中をうろうろしていたローゼが戻ってくると空気が不穏なものに変わっていたので、アインタウゼントを装備するべきか悩んだ。
「うん、ごめんねネリアちゃん。ネリアちゃんにはこのアイテムはまだ早かったみたいだね。また今度見せるさね」
「は、はぁ……」
落胆するコルネリア。何がどうだったのかが理解が追いつかない。
「何かあったのか?」
「ううん、わからない」
「別に何もなかったよ、ローゼちゃん」
そういうザシャ。アロイスも頷いている。ヘルマンには何かが伝わったようで「あんたは相当な力を持つ魔法屋の女将らしいの」と言っていた。
「お前さんもお気に入りの店屋か何かがあるんじゃろう?」
「ああ……まぁ、その、あるにはあるんだけど……」
「なら、さっさと案内せぬか!」
次はローゼの番ということになったのはいい。歯切れが悪いのには理由がある。
紹介するならここだという武器屋が裏通りにあること、戦闘になった時に店内の武具を使われたら面倒だと、ヘルマンを連れていくことにためらいがあった。
『アロイスさんもいるし大丈夫だと思うけど』とコルネリア。心の声にやや難しい顔で思案する。
ビルダーの勘なのか察したように、「お嬢さんがいれば大丈夫だろう」というローゼを信頼しているような発言をアロイスからされたことで心は決まったようだ。
何があってもこの三人でなら守り抜ける、と。
「……よしっ。汚い店かもしれないけど、相当いい店だからな」
敬語も忘れテンションが上がるローゼ。驚かせたい気持ちが勝ったのだろう。
それでも気は抜かず、周囲を警戒しながら武器屋への道のりを行く。魔法屋からはそう遠くない。あっさりと店に到着した。
外観からはとても武器を扱っているようにも見えず、わざわざ大企業の創始者に紹介するような店にも思えない。ヘルマンの目にもよくある雑貨店にしか映らなかったようだ。
「本当にここなのか? わしをからかってるんじゃあるまいな」
「入ればわかるぜ」
店内に入るなり出迎える武器の数々。店先にあった小瓶やロープなどは客引きの為の商品だったのかとヘルマンは思っただろうか。
『ロージィ、これって……こここんな店になってたの!? 危ないことしちゃやだよ?』
「ん。よう、おっちゃん!」
「おお、ローゼじゃないか。アンファングにいるもんだと思ってたんだけど、帰ってきたのかい? ネリアちゃん、久しぶりだね。知らない顔も二人いるなぁ」
「この重火器はあの大国へ卸す品物か?」
「こちらの方は情勢に詳しいようだ。あんた名前は?」
「アロイスだ」
腕を組み仁王立ちのまま憮然と答える。
「アロイス、ねぇ。あんたの得物はなんだい?」
「この腕と脚だ」
「ほう、武器はあまり使われない。なのに、一瞥しただけで……いやなんでもない。品揃えには自信があるから見てってくれ」
モーリスがいつもの武器屋の親父に見えず、戸惑うローゼ。コルネリアはというとまだふくれていた。
『今度から私もついていくしかないかも』
「この仕込み杖なんてかっこいいのう」
ヘルマンは我関せずと武器屋のショーケースを見て回っている。普通の杖にしか見えない言霊の込められた仕込み杖が気になったらしい。
渋いチョイスだなと派手好みのローゼは思う。
「最近はあまり人気がないかと思ってましたが、その品を選ぶ人がいるとは」
「なんじゃ、なんか悪いことでもあるのか」
「いえいえ、こういった仕込み杖はある程度成熟した年齢に達していないと違和感があって使えないものですからね」
要は老人にしか使えないってことだろうによく口が回るなとローゼは感心した。
「でもこっちの仕込み杖ならコルネリアでも使えそうだな」
「私は使わないよ」
「知ってる」
すっかり気を取り直したローゼは倹約家のコルネリアがいるというのに、モーリスに新しい武器を求める。
「アタシにおすすめはねーの?」
「うーん、この間のが一押しだったからね、他のは褪せて見えちゃうと思うよ。またいいの仕入れておくから」
「頼むよ。もっと火力の強い武器もこいつにインストールしたいからさ」
物騒なことを依頼主の前でいうローゼにコルネリアは更にふくれた。
「もう行くよ、ローゼ」
「痛てて、そんな強く掴まなくても自分で歩けるって」
二人の様子に笑う三人の男。それぞれ笑う意味は違うのかもしれないが。