第14話 鍵を使うエレベーター
備え付けの電話で呼び出されるとばかり思っていたのだが、ガードの一人がわざわざ部屋まで呼びに来てくれた。
特に支度らしい支度は必要ではなかったのですぐに部屋を出る。
精悍な顔つきのガードの横には、アロイスがヘルマンを守るように立っていた。
「わしのホテルの自慢の料理をご馳走してやろう」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言ったのはコルネリアだけだった。
アロイスは特に感想もないような顔、ローゼは毛を逆立ててないものの威嚇しているのがわかるほどがちがちだった。
ガード、ヘルマンとローゼ、しんがりはコルネリアとアロイスという順番で大勢で歩いているものだから目立ちそうだが、同じようにグループで歩いてる人物が結構いた。
「不思議そうな顔しておるな」
「あ、いや……」
「あそこにおるのもそこにおるのも有名な企業の偉いさんなんじゃよ。まあ、わしほどではないけどな!」
「は、はあ……」
ヘルマンの語気とは違い、柔らかな弾力が返ってくる絨毯が敷かれた廊下からは中庭が見える。
階の間に設けられているスペースだった。箱庭と呼んでも差し支えはなさそうだ。
樹木や花々もそこそこあり、いくつかのベンチとホテルにあるにしては大きく感じる噴水がある。
手入れが行き届いていないとあっという間に樹海になりそうだとローゼは思う。
横目に見ながら、ガードの背中を追いかけて歩く。
口数が少なく歯切れの悪いローゼに対して、珍しいこともあるもんだとコルネリアは面白がっているかもしれない。
押され気味のローゼが依頼主の言葉に疑問を呈す。
「地下? 地下まであるんだ……ですか、このホテル」
「そうじゃ、何もおかしなことはなかろう」
どうやらこのホテルには地下があり、その場所に招待されているみたいだ。
「アロイスさん、ここのホテルって地下があるんですね。知ってました?」
「いや」
短い返事にアロイスは警護に徹しているのかと思いきや意外な一言が返ってくる。
「だけど、ヘルマンが何を見せたいかは見当がつく」
「そうなんですか?」
「楽しみにしておくといいだろう」
アロイスが何を知っているのかわからないが、コルネリアは素直に期待してみようと思った。
ガードが止まったのは立ち入り禁止の看板が立てられた、大人が一人なら通れそうな扉の前。
何かの皮で出来た鞄から、古風で装飾過多の金色の鍵を取り出し使った。
開けた扉をガードは支え、ヘルマン、ローゼ、コルネリア、アロイス、最後にガードといった順番で入室する。
そんな鍵まで出して入った部屋にしては狭すぎる。
ローゼが何か言おうとする前にガードが音もなく移動し、窮屈な室内にあったもう一つの扉に鍵を差しこむ。
左にスライドして開いた先に確認出来たものはエレベーターにしか見えなかった。
「このエレベーターで地下へ行くんだろう」
アロイスが誰にともなく言葉にする。なるほどとそっと思うコルネリア。
ヘルマンは苦々しい顔をしていた。
ローゼはどうせ自慢でもしたかったんだろうに種明かしをされ面白くないんだなぐらいにしか思わなかったが、ヘルマンはエレベーターに乗り地下へ着くまでずっと難しい顔をしていた。
エレベーターを降りるとまた狭い部屋が待ち構えている。先程と同じ鍵で、部屋の中に一つしかない扉を開くとそこは海だった。
いや、海だと思わされた。
スクリーン型コネクトで作られた部屋らしく、壁一面、天井も、床も、海の映像が投影されていた。熱帯魚やサメやイルカ、淡水魚までいる。
「あれって、確かコイって魚だよな?」
「うん、そうだと思う。すごいね! この部屋」
「そうじゃろうそうじゃろう! 今日は貸し切りにしておるから、わしらだけで立食パーティとしよう!」
立食パーティと言われて気づく。
真ん中にテーブルが長く連なっていた。テーブルにも海が投影されている為すぐには感知できなかったらしい。
その机上には色々な食べ物であふれかえっていた。
水中に浮かんでいるように見える食べ物は完全に五人やそこらの人数で食べるような量じゃない。
「さあ、遠慮なく食べるんじゃ」
「あ、じゃあ、あ、どうも」
返事をしたタイミングでガードがお皿をローゼ達へ配る。
「俺はそれより酒がいい」
「お酒もあちらのバーカウンターで様々なものをご用意致しております、ヘルマン様、私はこちらの方とあちらにいますので、何かあればいつでもご用命を」
「うむ、頼むぞ、リーンハルト」
リーンハルトと呼ばれたガードは目や髪色と似た焦げ茶色のマントで身を包み、腰には剣を提げている。
マントの中には様々な武器が隠されていそうな重みをローゼは感じ取っていた。
このガードはバーテンダーもやれるとヘルマンから聞き、感心しているコルネリアに更に続けて自慢げに語る。
「あやつは何でもこなすぞ。マッサージも上手い」
「わぁ、本当にすごい人なんですね。ヘルマンさんはお酒はいいんですか?」
「わしはこっちにあるフルーツの方が魅力的でな」
照れ笑いしながらキウイやリンゴやパイナップルなどで埋まり始めている皿を見せる。
すでに食べ始めていたローゼがコルネリア達の会話に気づき近寄ってくる。
「なぁ、ヘルマンさん。このキウイってヌル産じゃね……、じゃないですか?」
「ほう! よく気づいたの。ヌル産のキウイは甘みが強くて好きなんじゃよ」
「アタシもアタシも! 酸っぱいだけのキウイは好きじゃないんだけど、ヌルのは食べれるんだよね」
すっかり敬語も忘れ、話に没頭し始めるローゼだが、気は許していない。警護も忘れていない。こんな逃げ場所のないところ……いや、逆に敵も袋の鼠にできる。
「あ、このローストビーフおいしい」
「これもあやつが用意した」
顎でくいっとバーカウンターをさす。アロイスとリーンハルトは静かに語らっているらしく、すでに相当数の酒の空き瓶が転がり始めている。アロイスは見た目通り酒に強いらしい。
「どうしてここらの街の奴らは愛称で呼びたがるんだ?」
「ここ数十年ですっかり定着したみたいですが、ここらで濃厚な説は、“もっとお近づきになりたい”“貴方を加護したい”という気持ちから生まれたというものみたいですよ。キウイワインのおかわりはいかがですか?」
ヘルマンがいつの間にか持っていた機械をいじると、海から蒼穹に変わった。
空に浮かんでいるような錯覚。今にも落ちてしまいそうな。雲の動きが妙にリアルで目で追ってしまっていた。
「つまらん。お前たちは誰も恐がらんのじゃな」
再び、映し出されるものが碧空から星空に瞬く間に変化した。雲一つない、澄み切った夜空。
「綺麗だね、ロージィ。あれがね、スピカでね」
「ふーん」
手に持った骨付き肉を頬張りながらコルネリアの話を聞く。魔法や錬金術に繋がりがあるとかないとか。
夏の大三角形ぐらい覚えておかないとダメだよと説教をくらったりしていると、ふいに夜空の映像を見上げながら話すのをやめて、ローゼに向き直る。
「フェリクスにも見せてあげたいね」
「ああ、そうだなぁ。あいつだったら上空の演出に竦み上がるんじゃないか」
「どうだろう? ロージィと一緒で食べるのに夢中かもよ?」
「そんなことを言うのはどの口だ? 引っ張ってやる!」
「ごめんごめん」
笑い合う二人を見つめるヘルマン。コルネリアはそんな視線をキャッチした。
「どうかしましたか?」
「フェリクスとかいう少年もビルダーなのかね?」
「いや。あんな優しい奴にビルダーは向いてないし、そもそもあいつはエンジニアだ。でもよく男だってわかったな」
「そうか……。いや、わしは勘で会社を興した偉大な人物だから、結構こういうことは当たるんじゃよ。それよりも敬語で喋らんか! ……それにしても、あまりに楽しそうに話すものじゃから気になってな。ビルダーなら今回のリクエストにも参加するんじゃないかと思ったんじゃが」
「そういう意味ではアロイスは頼りになると思うぜ、じゃない。思いますよ、だ。悔しいけど」
「それはどうじゃろうな」
予想しない言葉に思考が止まるローゼ。何とか絞り出せたのはたった一文字の感情の吐露。
「……え?」
ヘルマンはコルネリアと料理についての会話に興じていた。
さっきの発言がひっかかるままのローゼだったが、今ひとつ興味の持てそうな話題に聞こえなかったので、もくもくと食事を続けた。
食事が終わり、交代で寝ずの番をしようという風に話が決まると、それぞれ宛がわれた自室へと戻ることになり解散となった。
ローゼは食べ疲れたのか部屋に戻るとシャワーだけ浴びて寝てしまった。コルネリアに何かを話そうと思っていたのも忘れて。