第12話 特別室と依頼内容
十階に到着し、エレベーターのドアが開くとアロイスがこちらを向いて腕を組んだ状態で立っていた。
「早く行くぞ、お嬢さん達」
降りようとするローゼと違いコルネリアは立ち止まったままだ。
「コルネリア? なぁ、コルネリアってば!」
「…………」
なぜかぼうっとしているコルネリアを慌てて引っ張り、先に行ってしまっているアロイスのところまで行くローゼ。
「あ、ごめん。昔のこと思い出しちゃって……ううん、何でもない」
「ならいいけどさ……」
フロアにはドアが一つあるのみで、壁でぐるりと囲まれ室内の様子はわからないようになっている。
アロイスが躊躇いなくドアにつけられたリーダーにパスを通し特別室の扉を開く、続くローゼ達。
特別室には一人の女性が立っていた。
大きな机や重厚そうな椅子にソファに古風な書棚、そんな中で窓を見下ろすように立つ彼女は際立って見えた。
振り向き様に長い長い髪がふわっと舞った。
鮮やかな桜のような色の髪に白色のスーツ、まるで気高い狐を思わせる艶姿。
柔らかくも実は鋭い目を見開き、桃色のルージュをひいた唇が震えた。
「アロイス!? あなた帰って来てたの?」
レナーテが驚きを隠しもせず叫ぶように言った。
アロイスは何も答えない。
レナーテが取り乱す姿を初めて見たこと、アロイスと知り合いだということに驚きを隠せないローゼとコルネリア。
唖然としている二人に構わず続けるレナーテ。
「あら! ローゼにネリアちゃん久しぶりじゃない?」
「お、お久しぶりです。レナーテさんは相変わらずキレイですね」
「ああ、とてもさんじゅ――」
三十歳過ぎには見えないと言おうとして、レナーテがいつの間にか握ったらしい銃がローゼを捉えていたので言葉を飲み込んだ。
「いやぁキレイなお姉さんがリビルドにいると良いなぁ、なんて。あははは」
棒読みにしか聞こえない口調だったが許してくれたようで銃は下げてもらえた。
「じゃあ早速本題に入るわよ」
言いながら椅子に腰掛けるレナーテは様になっていた。
「あなたたちにはある人物を警護してほしいの」
「警護ですか?」
「そう。最近になってからよく狙われているらしくて、ここアンファングリビルドの“特別室”に依頼が入ったの。強いビルダーが追い払ってくれれば寄り付かなくなる……と考えたようね」
「依頼人は今どこにいるんだ?」
「リビルドにお越し頂いて、今は三階に居るわ。一応護衛をつけているけど、あなたたちがついていてくれる方が心強いわね」
「何日ぐらい警護すればいいんだ……ですか?」
先程のことが頭から離れず変な敬語になるローゼ。
「そうね、最低でも三日かしら」
「三日!? そんな短期間でいいのか?」
期間の短さに驚愕したローゼは敬語も忘れそう尋ねた。
「本当に三日で大丈夫なんですか?」
コルネリアも疑問を口にした。あまりにも突拍子もない話だったからだ。
レナーテの返答はこうだ。
「お相手の要望なのよ。詳しくは直接依頼主に聞いてもらえると助かるわ。それにあなたたちなら三日で片をつけてくれると信じてるの」
一驚するのはローゼとコルネリアだけで、レナーテはこんなのは驚く内には入らないと、アロイスは無表情、何にせよ二人の踏んできた場数の違いを感じたのだった。
「そうだ、その依頼主の名前は?」
怯んでいるのを悟られないようにとビルダーらしく質問した。
「ヘルマンさんよ」
そんなローゼの努力虚しく、時間にして数秒の沈黙を許してしまった。
ローゼの想像通りならとんでもない人物を警護することになる。
「まさか……大企業の創設者の護衛だとは思わなかったぜ。冗談だろ? レナーテさん」
「あなたの想像通りの人物よ。ヘルマングループ創始者のヘルマンさん」
開いた口が塞がらないという言葉は知っていたものの、自身が体験するとは思わなかったローゼ。
コルネリアはローゼほどショックを受けているようには見えなかった。
本当にその通りらしくさらりと言った。
「本当、びっくりだよねローゼ。アロイスさんは驚きませんでしたか?」
「いや、驚いたさ」
涼しげな顔でいい放つアロイスを見て、ローゼは嘘だと心の中で否定した。
ホテル業を主に営むヘルマングループ。
その名は少なくともこの国では知らないものがいないほど、有名で規模の大きい企業だ。
「ホテルを利用したことがある者なら、一度はヘルマングループのホテルにお世話になっているはずだ」と言われていることも、ローゼ達が今回のリクエストで泊まる予定のホテルもそのひとつだということも、もちろん凄いのだが――。
アンファングに来るまでにあった大通りの店のほとんどがヘルマングループ傘下であり、どういう経緯か全国各地のリビルドの支援もしている。
直接とは言わないまでもヘルマングループに関わりを持たないものなどいないとされている。
ヘルマン自身の総資産は某国の国家予算を上回るという噂もある人物で、本来ならビルダーのローゼ達と出会うことなどないはずだ。
ビルダーと大企業の創始者では接点がなさ過ぎる。
卑下をするつもりはないが、ローゼ達はたかだか何でも屋のビルダー風情なのだ。
三階に着くと会ったこともなく、顔写真を見たわけでもないのに一目でわかった。
コネクトに情報は載っていなかったのにだ。
こちらを真っ直ぐ見ているガード――リビルドからと多分元々ヘルマン付きの側近――がついているからじゃない。
そこに存在するだけで、何か他の人とは違う力を放っていたからだ。
見た目は強面のおじいさんといった感じで茶色のスーツ姿が似合うなといった感じなのだが……。
「あんたたちか!? 遅いじゃないかっ! わしを誰だと思っとる! げーっほげほっ……」
怒られた。初っぱなから怒られた。
勢いよく怒鳴ったからか咳き込むヘルマンらしき人物。
「あの、大丈夫ですか?」
コルネリアは背中をさすろうと近づこうとしたが、側近が近づけさせない。
ある意味で難易度の高いリクエストが始まろうとしていた。