番外編 第4話 二人の出会い編 4
ローズは焦げたアンダーマインを蹴り倒しワイヤーで縛り上げると素早くバッグから小瓶を取り出し、「少年一人捕縛」と呟き、捕獲した。
「なんかあんたが“助けて!”って言った気がして急いで戻ってきたんだけど、間に合ったみたいだな」
へへっと照れくさそうに笑った。何も言えずにいるコルネリア。
もしかして心の声が届いた?
まさか……。
まさか……聞こえるのは私の家族だけのはず……。
「まだあんな蹴りじゃアイツは倒せてないはずだ。アタシが時間を稼ぐからあんたは魔法を詠唱してくれ」
「え? でもあなたが詠唱した方が効き目があるのではないのですか……?」
悔しい気持ちを殺し、ローズの方がビルダーとして上だと認めた瞬間だった。
起き上がってきたアンダーマインを相手にしながら怒鳴るようにローズが答える。
「アタシは武器の扱いは得意だけど、魔法のセンスゼロらしくて魔法は使えないの! あんたにはそうは見えないかもしれないけど。って喋ってるんだから、邪魔すんな! ……今の蹴りが効いてるのもこの靴を武器として使ってるからなだけで、速く駆けつけられたのも風の魔法とかじゃない。“使えればいいな”と少しは思うけど、なっ!」
もう一度盛大な跳び蹴りを喰らわし吹っ飛ばす。炭坑の土壁にぶつかる音がやけに響く。衝撃でどこかで岩盤でも崩れたらしい。
コルネリアは魔法だと思っていたが、実際は靴型の武器のおかげでキックの威力やスピードが上がっているらしかった。
ローズの話し方から魔法を使える相手を“うらやましがっている”こともわかった。
コルネリアは自分が使える炎系の魔法の中で一番強力なものを詠唱し始めた。魔力はギリギリ。一人では詠唱する時間がもたず実戦では本来まだ使いこなせないレベルのもの。
コルネリアの姿を確認したローズが時間を稼ぎにかかる。詠唱の邪魔をさせまいとアンダーマインの攻撃を避けながら、腕に頭に蹴りを入れる、ふらついたところを足払いで盛大にこかす。靴型武器のくるぶし辺りにある宝玉に指一本で触れると、魔方陣のような蔦が絡んだ二丁拳銃に装備が換わりアンダーマインに撃ち込む。
見るとコルネリアは大きな炎の玉を作り出していた。
『危ないから逃げて下さい!』
「お、おう!」
烈火でアンダーマインを包み込んだ。咆吼が止むまで火は消えなかった。しばらくして火は自然と消えた。体中の水分が危険なレベルにまで達したのだろう。
起き上がってこないのを確認するととりあえずとローズはワイヤーで捕縛する。
ローズによるとこの青年がこの村に蔓延るアンダーマイン達の親玉だったらしい。見つからず困っていたところ白の声が聞こえたといった。ボスがいなくなれば炭坑にアンダーマインが集まってくることもなくなるだろうと。更にローズは重ねて言う。これで街は救われるな、と。
「私は助けてもらったんですから負けですよ」
「だから! あんたの魔法がなかったら倒せなかったんだって」
永遠に続きそうな不毛な言い争いに終止符を打つ行動に出るローズ。コルネリアから小瓶を奪い取るとアンダーマインを小瓶に詰め、コルネリアに返した。
「今回はあんたの勝ちだ。それでいいだろ?」
「そこまでいうならわかりました。次は不様な姿は見せません」
「そうこないとなっ! あと敬語はやめろ、年も変わらないってレナーテさんから聞いたし」
「善処します」
笑うコルネリア。
「じゃあ、街に帰るか」
「そうですね」
ローズが歩き出したのに対しコルネリアは距離をとったまま動かない。
「どうした?」
「あなたと一緒に歩くのが嫌なだけです」
「諦めな、違うルートで帰ろうとすると天井が降ってくるぞ」
戯けていったローズだったが本当に遠くで何かが落ちるような音が聞こえてきた。それは困るとばかりに「仕方ないですね……」と渋々ローズと歩き始めたコルネリアだった。
自分一人じゃ倒せなかったと思うと負けたという思いが湧く。そうだ、とコルネリアは後ろにいるローズに打って変わって笑顔で語りかける。
「そういえば、あなたの方が先に進んでいたのに、私アンダーマインに出遭いましたよ? ちゃんと倒せてなかったんじゃないですか?」
「ああ、そうだよ」
もっと突っかかってくるかと思いきや、あっさりと自身の落ち度を認めるローズに二の句が継げない。
「アタシだけじゃ倒せなかった、それだけだ」
とまで、聞いてもいないのに言う。これはどういうことだ? と首をかしげるコルネリア。
「それにしてもあんたビルダーに成りかけっぽいのに、すっげー魔法使うな!」
「成りかけじゃなくてな成り立て、でもなくて、ビルダーですよ! 一応」
魔法を褒められるのは素直に嬉しいらしく上機嫌に返事した。
「それに心というか頭というか直接言葉を伝えれるのも魔法士としては有利なんじゃないのか? 詠唱とかそういうのに」
よく喋るなと言いたかったが、それを上回る問題が浮上してしまった。
そう、これも言霊なんですと嘘を吐いてしまえば楽なのはわかっている。けれど、何故かこの事に関してはローズに嘘を言う気になれないのだった。
「それ、魔法じゃないんです」
「へ?」
驚いた顔をするローズ。きっとこれ以上を語るともっと歪んだ顔にさせてしまうに違いない。見たくない。けどもう話し出してしまった。
「私の家族にだけ届く『心の声』なんです。多分魔法や言霊で行うとすれば魔道士か作り手の錬金術クラスの人にならないと難しいんじゃないかと思っています。もしかしたらそれでも無理かもしれない。こんなの気持ち悪――」
「すっげー! すっげー! そんな声聞けるアタシってかなりスゴくない!?」
「は?」
「だって、あんたの家族以外には聞けた奴いないんだろ? ならやっぱアタシスゴい! あ、もちろんあんたもな!」
「は、ははは。あははははは!」
「な、なんで笑うんだよ……」
「あははははは! あはは、あは、はは……うぅ……わぁぁああ!」
コルネリアは久々に目一杯笑って、泣き声を上げた。
ローズがおろおろと困ってるのがこれもまたおかしかった。
「あ、アタシ傷つけるようなこといったか? アタシ口が悪いからいつも――」
「違うんです。嬉しくて泣いてるんです。私のこの能力、気味悪がられることが多かったから」
すたすた歩くとトロッコの近くでローズはは立ち止まった。つられてコルネリアも足を止める。
「ふーん、そんなバカな奴もいるんだ」
「ば、バカな人ですか……?」
ローズはトロッコに積まれていた原石の一つを手に取り、投げたり受けたりを繰り返している。
「だって世の中には自分には思いつかないようなことたくさんあるじゃん。あんたもビルダーだっていうなら言ってる意味わかるだろ?」
「そう、ですね」
思ってたよりローズという人物は嫌な人ではないのかもしれなかった。ローズは投げて落ちてきた原石を殴り壊した。「アタシもこんな力があるしさ」と言うように。
コルネリアはまだ自分の名前を名乗ってもいないことを急に恥じた。
「あ、すみません、私名乗っていませんでしたね、私の名前は」
「コルネリアだろ? 悪いけど聞こえちまってた。でも長いしビルダーは渾名や愛称で呼ばれる方がカッコイイ。あんたは今日から“ネリア”だ」
「ネリア、ですか? 何でそんな愛称を?」
「いくらあまり激しい動きを求められない魔法使いとはいえ、そんな白のワンピース姿の奴見たことないからだよ。畏まった名前より愛称の方がらしい感じするから、だからネリア。アタシは可愛いよりカッコイイ方だしちょうどいいだろ?」
何が丁度良いのかはわからなかったが、ネリアという愛称、悪い気はしなかった。
「じゃあ、ネリアでいいです。ありがとうございます」
「だーかーらー! 敬語やめろって。アタシら仲間だろ?」
「仲間……。仲間っていうのは私とあなたのことですか?」
「他には小瓶の中のアンダーマインぐらいしかないぜ。ってかもうローズって呼び捨てしてくれりゃいいよ」
「ローズ」
「うん、その方が良い」
「そういえば貴方はどんな愛称で呼ばれているんですか?」
好きな子をいじめるようなそんな笑顔でコルネリアは尋ねた。
「べ、別に良いだろ! アタシの愛称なんか……」
「良くありません、ううん、良くない! だって私だけ愛称で呼ばれるのはフェアじゃないよ?」
「うっ……」
どんな愛称なんだろう、想像がつかない。
「じゃ、じゃああれだ、勝負で決めようぜ」
「さっきの勝負なら私の勝ちだって言ってたよ?」
「うっ……、確かにな……。じゃ、じゃあこうだ! あんたがあのでかい青年アンダーマインクラスのアンダーマインを倒せるぐらいのビルダーになったら教えてやるよ」
「本当にそれでいいの?」
「いいぜ」
ローズはコルネリアの魔法士としての潜在能力を舐めていた。今はまだ体力が追いつかないけど、体力を上げれさえすれば詠唱力ももっと上がるはずなのだ。そうなれば使える力も底上げされる。さっきももっと体力があれば、もう一段階威力の高い呪文書に載る魔法を覚えて使えたはずなのだ。お金と体力に余裕がなく買えずにいたが必死になって稼いで覚えようと決意した。
二人で歩き出すとすぐに炭坑の出口に着いた。そこには街の人が集まっていた。どうなっているのか心配だったのだろう。ローズが気を利かし、白のバッグから小瓶を掲げる。おお! という歓声が上がる。
「もうボスは倒したから大丈夫だ! 長老の姉ちゃんはいるか?」
「あ、はい」
そういって長老代理がローズの前に出て、ローズがいくつかジェスチャーをすると、集団から離れる。
何事か話しているがコルネリアは別の街の人に捕まり、もう大丈夫ですよ、心配ないですよというのが精一杯だった。
ただ盗み見る限り、ローズが何かを企むように話している感じがし、長老がオーバーに手を顔の前で振り、驚いているように見えた。
「そ、そんな……。そんなことできません! それでなくてもあなたたちのような若い方を危険にさらしたのに……」
「だからだよ。これをヌルの鳥屋って名前の質屋で売れば、魔導士を雇うぐらいの金にはなるから。街の中の澱んだ空気を浄化してもらえばいいよ。それだけで厄介な連中は来づらくなるはずだぜ?」
「そこまでしてもらうわけには……」
「いいから、受け取っておけって。あ、質屋でアタシの名前をだしな。四割ぐらいおまけしてくれるから、あとそうだ、リビルドからガードでも派遣してもらうのも手かもなー」
ローズは不敵に笑う。
「……何を言っても聞き入れてもらえそうにないですね。本当に何から何までありがとうございます。何かあったときは絶対恩に報います」
「じゃあさ、早速なんだけど、あっちにいる白いのと二人分の飯でもお願いできる?」
「はい! よろこんでみんなで用意させて頂きます!」
長老とローズは何かの話を終えたらしく、長老は街の人たちの中心に戻り、慌ただしく何事か指示していた。
「ロージィ、何の話してたの?」
「ああ、腹減ったからごちそうよこせってな」
「食い意地はってるんだね、ロージィって」
「否定はしないけど、なんだその“ロージィ”ってのは」
「私が決めた愛称」
「何で、愛称を知る為の勝負中に愛称がつくんだよ……」
けどローズは嬉しそうに笑うのだった。
「そういえば、靴型の武器から銃に変化させてたのは魔法じゃないんだよね?」
「……あんた“ショートカット機能”も知らずにビルダーやってたのか……、ある意味あんたスゴいよ」
コルネリアは律儀に長老代理に長老の住むところまで案内してもらった。ローズもついて行くことにすると、今日という良き日を祝ってパーティだ! と街の人達はお祭り騒ぎに変えてしまった。
シックザールでごちそうを堪能した後、リビルドのあるベゲーグヌングまで戻り特別室へ。
ローズは報酬を受け取らなかったが、次のリクエストを受注していた。特別室ではなく、通常のカウンターで。
コルネリアは報酬を貰うとローズを見返す為、ローズに認めさせ愛称を教えてもらう為に、色々な魔法を試しに魔法屋を目指していろんな街へ走るのだがそれはまた別のお話。