004 主人に隠し事とは、生意気だな!
私の命令に従い、ステラは冷たい床の上で正座をしている。当然、上着は剥ぎとり裸のままだ。耐えるように膝の上で両こぶしを作り、顔を俯かせていた。
フハハハハハ、いいぞ、実にいい! 生意気な召使いめ、存分に苦しめ! 完成まで後十分はそのまま座っていろ!
柱の陰からステラを覗くのを止め、私は台所へと戻っていく。すると、美味しそうなシチューの香りが漂っていた。リンゴだけでお腹が満たされるわけない。もう少しで楽しい晩餐の始まりだった。
絶望に染まるステラの顔を想像するだけで顔が綻んでいく。ニヤニヤと口元が緩んでいる自覚はあった。
来る至福のときに備え、私は鍋のシチューをかき回して中身を確認していた。
「この私が手ずから用意した食事だ。ありがたく食べることだな」
正座するステラの目の前に晩御飯を置く。パンを二個と、熱々のシチュー、簡単なサラダの三品だ。私とメニュー自体は全く同じだが……どうやら、ステラは気づいたらしい。
まじまじと晩御飯を眺めていたステラが泣き出しそうな顔で見つめてきた。
「私が、これを食べてもいいのですか?」
「主人の用意した食事に何か文句でもあるのか? お前みたいな召使いが食べる肉はないんだよ。……だけどな、私も鬼畜ではないから、今後の働き次第では褒美に肉を与えてもいいと想っている。だから、わかるな?」
これは悪魔の囁きだ。肉を山盛りにした――私が食べるシチューをステラに見せびらかせる。キュルルル、とステラのお腹が素直な反応を返した。
お腹を押さえ、ステラが顔を赤らめている。これは、ダメ押しが必要だろう。
私はステラの目の前に座り、熱々のシチューにスプーンを刺し込む。そして、細切れにしたお肉をまとめて掬い上げ、口の中へ放り込んだ。
一噛みで肉汁が溢れ出し、口内に幸福を撒き散らしていく。王国内でも特急にランク付けされるだけあり、極上の味わいだった。あまりの多幸感に、だらしなく口元を緩めてしまう。
ハッとして目の焦点をステラに合わせると、モノ欲しそうな顔していた。
「私の作った食事が冷めるだろうが、とっとと食べろよ!」
「――っ、申し訳ありません」
慌てた様子でステラが食事を始める。無様に床へ直接座って食べている。涙を溢れさせながら食べる姿は実に滑稽ではないか! ……いや、少しやり過ぎただろうか?
ステラから逃げるように、私はテーブルに着く。床に座るステラの姿はテーブルに隠れて見えない。私はホッと息を吐くが、罪悪感が胸の奥深くをチクチクと刺激している。どうしてか晩御飯が美味しくなかった。
「……あの、アンジュ様」
数分後、恐るおそるにステラが声を掛けてくる。その手にはシチュー皿が載せられていた。言い淀むように口をパクパクと動かしている。
特に考えるまでもなく、胸の罪悪感に背中を押されるまま、強引にステラのシチュー皿を奪い取っていた。
「……今回だけ、特別だからな」
一分後、台所から戻ってきた私はステラにシチュー皿を押しつけていた。今回は、本当に特別だ。シチューの底に何切れかお肉を沈めていた。
ステラとはまだ一日も過ごしていない。生意気な態度は一日で簡単に矯正されるものではないのだから、少しは長い目で見てもいいのだろう。事実、私の寛容さに感動したステラがポロポロと涙を流している。
立ち尽くすステラを無視して私は食事を再開する。スプーンで掬ったシチューは少し冷めていたが、それでも美味しかった。
「……主人を置いて勝手に寝るとは、召使いとしての自覚はないのか」
寝息を立てるステラに向かってボヤいてしまう。
食べ終えた容器を片付ける間、椅子に座って待っているようにとは言ったが、寝てもいいとは言っていない。まだ何も仕事をお願いしていないのに……なんて怠惰な召使いだ。
両腕を枕にしてステラは眠っているが、体調を崩したらどうするつもりなのか。眠るのならベッドかソファーの上で寝ればいいものを。
ため息を一つ吐き、私は指先を振るって風魔法を発動する――。
「……おいおい、何の冗談だ」
ステラの身体は宙に浮いているが、そこにおまけがくっついているのだ。テーブルまでもが一緒に浮かび上がっていた。
力の抜けたステラは手足をだらりと垂らしている。しかし、その左手のひらがピッタリとテーブルと接着していた。
試しにステラの身体を上下に揺らしてみるが、テーブルが落ちる気配はない。
ステラの左手のひらを横から覗き込む。手のひら全体が接着し、テーブルとの間にはわずかな隙間しかなかった。
初めて見る光景に好奇心が刺激されてしまう。気づけば台所に戻って洗ったばかりのフォークを持ち出していた。握りしめたフォークを見て笑ってしまった。
「喜べよ、召使い。お前の初仕事だ」
一声かけてフォークの先をステラの肘に触れさせる。
一秒……二秒……三秒……。
心の中で秒数をカウントしてフォークの先を離す……ステラの肘とはくっついていなかった。
くるりと手でフォークを回転させるが、特におかしい部分は見られない。
それならと、肘から手のひらに向かい順番に刺していく。数ミリずつ先をずらすのは根気のいる作業だが、原因を突き止めるためには仕方がない。
自分自身の身体のことも理解できないとは、役に立たない召使いだ。
罰として一度だけフォークの先をグリグリと捩じるように押し当てていた。
「……手のひら限定みたいだな」
わずかな隙間からステラの手のひらに触れたフォークは固定されてしまった。持ち手をピンと指で弾くが、抜け落ちる様子はない。押しても引いてもビクともせず、結果は変わらなかった。
ステラの右手のひらに別のフォークで触れてもくっつきはしない。どうやら左手のひら限定らしい。
次は、発動条件を確認したいところだ。まあ、それは本人に聞いてみようか。
風を纏い、私は宙に浮き上がる。そして、ステラの耳元に口を寄せた。
「いつまで寝ているんだ! とっとと、起きろ!」
「――ひゃ!」
瞬間、ステラの身体が飛び跳ねる。同時に、ドスンとテーブルが床に落ちていた。見下ろすと、テーブルの上にはステラの手形がくっきりと残っている。表面が剥げていた。
テーブルに傷をつけるとは、愚かな召使いにはお仕置きが必要だな。
指先を音楽団の指揮者のように振るい、風でステラを拘束する。両手のひらを私に向ける形で、十字を描くようにステラを磔にしてしまう。キャンキャン、と喚くステラの鼻先にフォークの先端を突きつけていた。
一秒……二秒……三秒……。
うるさい口が閉じた後、ステラの左手を確認する。剥げたテーブルの木片はくっついてはいなかった。一体どこに消えてしまったのか。試しにフォークで突いてみるが、フォークの先は手のひらと接着しなかった。
「ステラ、お前はどこまで知っているんだ?」
「……何のこと、ですか? 私は何も、知りません」
真っ青なステラの顔だけで、何かを知っていると悟るには十分だった。
主人に隠し事をするとは、まだ召使いは立場を理解していないらしい。
さて、どうやって聞き出そうか。
ここはひとつ、尋問でもして私の恐ろしさを教えてやろう。幸いにもステラの両手のひらには、『モノ』が貼りついていない。ステラ自身の肌が晒されているのだ。これを利用しない手はない。
ステラが自ら話したいと想うほどに、こちょこちょするのはどうだろうか。限界が来たとき、ステラは泣き出して許しを請うはずだ。そこを許さずに続けてやれば……ステラの反抗心は完全に折れる!
まさに召使いを躾ける主人の姿だ。私とステラの関係にふさわしいではないか。
「もう一度だけ聞くからな。ステラ、知っていることを素直に話せ。お前だって、苦しい想いはしたくないだろう?」
最大限に残忍な笑みを浮かべ、ねっとりとステラの頬を撫でる。しかし、ガタガタと小石や木材ばかりに触れ、ステラ自身の肌に触れていなかった。
恐怖を煽る、嫌がらせのはずが……こ、これでは……意味がないじゃないか! 生意気な召使いめ!
「……知りません! 私は、知りません!」
ギュッと目を閉じたステラの身体は震えている。
これは、結果オーライなのか? なんだか納得しかねるが、まあいいだろう。愚かな召使いめ、尋問の恐怖に震えるがいい!




