048 それで、どうしてここにいるんだ?
「お前たちは、どうしてここにいるんだよ?」
フレンの隣まで歩きながら訊ねる。すると、心配そうな顔つきから不快げな顔に変わっていった。軽く膝を折り曲げて目線を合わせた後、フレンの口が耳元に寄せられていく。
「お前、王女殿下ではないな?」
「以前に説明しただろ。もう忘れたのか?」
挑発的な口調で言えば、フレンは「忘れていないさ」と小さくつぶやき、呆れまじりに息を吐き出した。
「王女殿下に"吸収"された、それで合っているんだな?」
周囲の騎士たちを窺うようにフレンは訊ねる。私は間髪入れずにうなずいていた。ステラが人間を"吸収"できる事実、それを公表することには反対だった。だから、フレンが秘密にするならば、私に否やはない。下手に知られ、再び『バケモノ』と誹りを受けては堪らない。
「ステラを元に戻す手段が、これ以外になかっただけだぞ」
「王女殿下を害するつもりはない、か。……信じてもいいんだな、魔法使い?」
「お前の好きにすればいいさ、騎士。その判断を下すだけの目利きはできる、そう信じさせてくれよな」
「ふん、減らず口をたたく奴だな」
そう言ってフレンは苛立ちのままに舌打ちを打つ。私への辛辣な態度は以前と変わっていない。この姿でも、態度を変えないことはありがたかった。
「村から報告が挙がったのか?」
嫌味な口調を止め、短くフレンに訊ねる。すると、フレンの表情も真剣な顔つきに変わった。
「ああ、そう言うことだ。感謝しろよ、魔法使い。早朝、報告が届いてから、即救援に向かってやったんだからな」
「ちょっと待てよ、早朝と言ったのか?」
想わずフレンに訊ね返してしまう。冗談だと想いたかった。
私が洞窟に着いたのは、深夜だったはず……今は、いったい何時なんだ?
数秒後、納得したようにフレンがうなずき、私の両肩に手を置きながら身体ごと向き合ってきた。
「驚かないで欲しいが……半日が経過している。今は、真昼だよ」
「――待てよ、こいつらの仲間は逃げているのか!?」
時間を認識した瞬間、叫んでしまっていた。地面に転がる"憑依"の魔法使いの死体を指差す。ステラの元へ進む道中で、手当たり次第に魔法使いの仲間を昏睡させている。しかし、半日もあれば十分に覚醒できるだろう。逃げられて、再起を図られては堪らない。
「それは、心配しなくていい。お前が倒した連中は、全員捕まえたさ」
答えるフレンはどこか誇らしげだった。そして、唐突に顔の向きを変える。視線の先には、背中を向けて整列する騎士たちの姿があった。
「この場には、私が信頼する精鋭しか連れて来てはいない。王国への反逆者を見逃すような、軟弱な者は一人もいないさ……そうだよな、お前たち?」
大声で訊ねるフレンの声に応えたのか、騎士たちが同時に地面を踏みつけて音を立てる。まるで獣の咆哮のように大きく響いていた。
「前に来ていた騎士たちとは、全く違うみたいだな」
「今回連れているのは、私直属の精鋭部隊だ。前回と一緒にしてくれるなよ」
私のつぶやきを否定するように、フレンが得意げに答える。素人目にも、騎士たちは鍛えられているように見えた。だから、疑問が口から衝いて出てる。
「『本物の王女』と認められたわけでもないのに、よく直属の騎士たちを連れて来られたな? まさか、お前の独断だとは言わないよな?」
「今回は特別な要請があったから可能だったんだ。私の独断ではないな」
「それは、本当のことなのか? 『本物』だと定かではないのに、そんな要請が認可されるとは、到底想えないのだが……」
思案顔のフレンは、数秒黙り込んだ後、魔法使いの死体を指差した。
「詳細を話すことはできないが、そこの魔法使いが『偽物王女』の件に関与していると報告が挙がったんだよ。それで、極秘に調査を進めていたのだが、私的に"憑依"を扱ったと想われる不審な点が見つかったのさ」
「調査を知られて逃げられてしまった、そんなところだろ?」
「まあ、そうなるが……王都にいた『偽物王女』どもが突然暴徒化するなんて、お前に想像できるのか? どれだけ混乱したと想っているんだ!」
いや、私に怒るなよ。声を荒げ始めたフレンに心の中でだけ突っ込むが、酷い混乱だったことは十分に伝わった。よくよくフレンの顔を見れば、薄っすらと目の下にくまができている。王都に何人の『偽物王女』を捕えていたかは知らないが、フィオナたちのときのように自爆でもされたのなら混乱して当然だろう。
フレンに両肩を痛いくらいに掴まれ、力任せで前後に揺り動かされていく。この身体の本当の持ち主が『本物の王女』であることも、フレンはすっかり忘れているようだった。
数秒が経過した後、ようやく正気に戻ったのか、フレンが両肩から手を放した。
「途中で振り切られたとは言え、逃げた方角くらいは把握できたのさ」
つぶやくフレンの声はどこか悲しげだった。顔は伏せられていく。
「予定通りにステラがターゲットになった、と」
黙り込んだフレンに代わり、私が言葉を引き継ぐ。最初から誘き出すつもりでステラへ命令が下されていた以上、ステラが村に滞在していることは公然の秘密となっていたはずだ。
王国に追われた"憑依"の魔法使いが、ステラを人質に取って生存を図ってもおかしくはない。……いや、ステラに"憑依"して成り代わるつもりだったのかもしれない。咄嗟の判断とは言え、恐ろしいことを考える奴だ。"憑依"されたステラを見抜けるのは、私くらいしかいないのだ。『本物の王女』を主張し、その立場を悪用されれば堪ったものではない。
"憑依"されたステラを想像するだけで、胸の奥深くから嫌悪感が噴き上がっていく。考えてみれば、気持ちの悪い話だ。惚れた女の身体を奪って利用する、心はどうでもいいと想っているのだろうか?
今、私はステラの身体の中にいるが……自分の身体にしたいとは想えなかった。
ステラの身体には、ステラの心が一番相応しい。今の状態で良いとは、ちっとも想えない。私は『私』のまま、ステラは『ステラ』のまま、そんな関係でともに過ごしたいと想うのだ。
「王都を混乱させた魔法使いの逃走……お前たちが動くには、十分過ぎる理由だったな。それで、村に捕らえておいた一味は確保したのか?」
「ああ、捕まえたな。今ごろは、村に残した騎士から事情聴取を受けているさ」
そう答えた後、フレンは唐突に自身の両頬を、パンパンと叩き出す。真剣な顔つきで私を見下ろした。
「お前が殺したわけではない、そう想っていいのか?」
「私は殺していない。この男が勝手に自殺しただけだ」
「それは、本当なのか?」
「そこまで疑うのなら、私も事情聴取を受けようか? 私の答えは、今と何も変わらないだろうがな」
フレンに対抗するように、私も睨み返していた。重苦しい沈黙が漂う。
「……これは、何かあるかもしれないな」
数秒後、警戒心に満ちた声でフレンが独り言ちた。
「何があるんだよ? もう、終わっただろ?」
「そこの魔法使いが、簡単に自殺するような性格だと想うか? 私の知る限りでは、自己顕示欲の塊みたいな奴だったんだ。だから、自殺したと言われても、どうにも信じられないんだよ」
「……お前は、何か思惑があると言いたいのか? だが、死んでしまった後にできることなんて、何ひとつないぞ」
諭すような口調で言うが、言葉の矛先はフレンだけではなかった。自殺した場面を想い返したとき、確かに引っ掛かりを覚えてしまった。私への殺意を滾らせていた男が、戦わずに敗北を認めるとも想えないのだ。しかし、男が死んでいるのは間違いのない事実だ。死者は生き返ることはない。どんな計略を想い描いていたとしても、死んでしまえば全てが無駄になる――。
「まさか、本当に生きているのか……?」
想わず疑問が口から衝いて出る。ゾクリと背筋に悪寒が走った。




