003 主人の命令に従うんだよ!
「ステラ、さっそく命令してやる。今すぐ、上着を脱げ」
工房に戻った私は尊大に言い放つ。椅子に腰掛け、床に正座で座るステラを見下ろしていた。初対面で舐めた振る舞いをしたステラには罰が必要だろう。
私が主人であると、その心に刻みつけてやらねばならない。絶対の忠誠を誓うように、躾けるつもりでいた。
ステラの顔が羞恥で赤く染まる。不可解にも身体中に石ころや木材を貼りつけて置きながら、恥ずかしいと想うのか……実に、滑稽だった。
こんな醜いバケモノに欲情する変態は早々いないだろう。事実、私の心はちっとも反応しない。
だが、震える指先で上着を脱ぐ姿は実にいい。屈辱感に溺れ、私に歯向かう愚かさを実感できているはずだ。まずは、恐怖を植えつけてやる!
ドン、と地面を想い切り踏みつける。ビクンとステラの身体が跳ねた。
「遅い! いつまで、もたついているんだ!」
強い口調で叫ぶと、ステラが慌てて上着を脱ぎ捨てる。
「……申し訳、ありませんでした」
「私の命令には必ず従う。よく覚えておけよ」
額を床に擦りつけながら謝罪する姿に、だんだんと気分が良くなる。声が震えているのもポイントが高い。私に舐めた態度をとるから、そんな屈辱を味わうことになるのだ。
反省の色が見えるから、頭を踏みつけるのだけは止めてやろう。
「そのまま立て」
「……はい、アンジュ様」
言い淀みながらも、ステラは立ち上がった。大きな胸を腕で隠し、視線を遮るように身体を捻っている。想わずイラっとした。
「両手を下ろし、真っすぐに立てよ」
アッハッハッハ、実に気持ちがいい。ステラは躊躇いがちに両腕を下ろし、その瞳から涙を零している。……少しやり過ぎただろうから、特別に俯いたままでいることは許してやる。
「私に何をされても、ジッとそこで立っていろよ」
ぴょん、と椅子から飛び降りてステラに近づく。正面に立ち、見上げると俯くステラがギュッとまぶたを閉じていることに気がついた。
なるほど、これから自分に降りかかる絶望が理解できているらしい。同性の、それも年下から好き勝手にされるのだ。
無造作に手を伸ばし、ステラのお腹に触れる。人肌ではありえない硬質な感触は、貼りついた小石によるものだった。
コチンコチン、軽くノックをしてみれば甲高い音が響く。ちらりとステラを窺うが痛がっている様子もない。
ふむ、この様子ならば試しても問題ないだろう。
私は指先を振るい、土魔法を発動させる。隆起した床が大きな四本腕に変わり、ステラの身体を拘束していく。
気づいたステラが悲鳴を上げているが、聞き届けるつもりはない。私の予想が正しいならば、ステラが傷つくことはないのだから。
四本腕を動かし、ステラを万歳の状態で固定する。私は小さく息を吐き出し、右こぶしに炎を纏わせていた。そして、無防備に晒されたステラのお腹に向かい、力一杯に右こぶしを叩きつける――。
「……やっぱり、無傷か」
殴った場所を軽く手で払い確認するが、貼りついた小石たちは少しも砕けていない。炎の余熱すら残っていなかった。これが襲撃の際に、ステラが暗殺されなかった理由なのだろう。
次は木材が貼りついた場所で試したいが……今日はもう無理だろう。恐怖心に駆り立てられ、ステラの呼吸は荒い。頭の上から騒々しく聞こえていた。
ここは主人らしく、寛容さを見せるべきだろう。私に感謝の気持ちを抱けば、より忠誠心が高まるというものだ。
パチン、と一つ指先を鳴らして四本腕を消し去る。そして、前のめりに倒れてきたステラを抱き留め……られずに、下敷きにされていた。
ステラの身体は石や木材が貼りつき硬質化している。想像以上に重量があった。逃げることもできず、無防備に身体を押し潰され、私はあっさりと気を失っていた。
見慣れた天井が見え、私室のベッドで寝ていると気づく。次いで、小さな寝息が聞こえてくる。誰のものかは考えるまでもなかった。
「……主人の脚を枕にするとは、生意気な召使いだ」
ベッドの端に私は寝ている。ステラは床に両膝をつけ、上半身だけをベッドに乗せていた。頭は私の太ももの上にある。不自然な体勢で寝るとは、そんなに疲れていたのか。
指先を振り、魔法で風を巻き起こす。そして、ステラの身体を持ち上げてベッドの中央に寝かせる。代わりに、私がベッドから降りていた。ステラの献身に少しくらいは報いるべきだろう。
掛け時計を見れば、午後八時半を刻んでいる。外はすっかり暗くなっていた。
睡眠時間を前借りして働いた分の帳尻合わせなのか、私は爆睡していたようだ。
ベッドの脇にある小机を見れば、不揃いに切られたリンゴが並んでいる。王女は刃物の使い方なんて知らないだろうに……本当に、生意気だ。
「……酸っぱい」
一齧りだけでもわかる。このリンゴは美味しくない。
「酸っぱい、本当に酸っぱい」
シャリシャリ、と仕方なく切られたリンゴを全て食べてしまう。食べ物を粗末にするのは、主人としても不味いと想ったのだ。本当に、それだけだ。
リンゴを食べ終え、眠ったままのステラの腕に触れる。
ステラ自身の肌に触れれば、柔らかさも温かみもある。それは、バケモノではなく人間であると、私に感じさせるには十分だった。
ベッドで眠ったままのステラから上着を剥ぎとる。風魔法で宙に浮かびながら、晒されたステラの裸体を眺めていた。
手足から身体の中心に向かってゴミが貼りついている。水魔法で一度丸洗いをしているからか、埃や髪の毛は剥がれ落ちていた。それでも、身体に埋め込まれた小石や木材は剥がれそうにない。
身体全体の一割がステラ自身の肌だろう。それ以外はゴミが貼りつきデコボコしている。シルエットが太めの服以外は、とても着せられそうにない。
そもそも、顔中に石を貼りつけたステラを外に出してもいいものか……。ステラを見世物にするほど、非情な主人になるつもりはなかった。
「病気か、何かの魔法か……魔法の可能性の方が濃厚だな」
病気であればステラだけが発症するのはおかしい。同じ症状の人間が二人三人現れても不思議ではないはずだ。
一方、魔法であればピンポイントでステラを狙うこともできる。ただ、どんな魔法が使われたのかは見当もつかない。
ステラが邪魔ならば殺せばいい。生かす必要があったとも想えなかった。
「……ガストンめ、とんでもない厄介事を持ち込んだな」
舌打ちしてしまう。次に会ったときには、あの太った腹へ全力でこぶしを叩き込んでやると、今決めた。ガストンの腹を殴るのは、次で三度目になる。本当に懲りない男だ。
ストン、と床に降りる。そして、眠ったままのステラの身体の上に布団を掛け直した。しかし、数秒後には嫌がるようにステラは寝返りを打ち、ベッドの端へ寄ってしまう。左向きでステラは横になる。私に無防備な寝顔を晒していた。
主人の善意を無下にするとは……忠誠心のない召使いめ。
苛立ちのままに、ベッドから床へと垂れたステラの右手に触れる。力任せに右手を掴み、ステラの身体をひっくり返すように奥へと放り投げる。ステラのお腹の上に、私の上半身は乗ってしまっていた。
不味いと想い、慌てて身体を起こす。ステラが目を大きく開いていた。
「ふん、主人に起こされておいて、礼の一つもないのか?」
ああ、言い掛かりも甚だしい。最低かよ、私……。
両手で顔を覆い隠したくなるが、口から出た言葉はもう戻らない。主人らしく振る舞うべく、侮蔑的にステラを見下ろす。
「おい、いつまで呆けているつもりだ!」
繋いだままだったステラの右手をベッドの上に叩きつける。ようやくステラの瞳が、私の姿を捉えた――。
「離して!」
「――ッ」
ガバリ、と勢いよくステラが起き上がる。その勢いのままに手を振り払われる。
スローモーションで天井から壁に視界が切り替わっていく。そして、ドンと音が鳴ると同時に、後頭部から鈍い痛みを感じる。ズキズキとした痛みで、目尻に涙が浮かんできた。
いたい、イタイ、痛い…………ステラ、やってくれたな!
「主人に反抗する、その意味がわかっているのか?」
目元を手早く拭い、私は立ち上がる。腕を組み高圧的に睨みつけた。
今更後悔しても、もう遅い。青褪めた顔で身体を振るわすステラを許すつもりはない。生意気な召使いには、厳しい罰が必要だろう。
主人に反抗する愚かさを、たっぷりと身体に教えてやる!




