038 久しぶりだな、お義兄様
「お転婆な性格は相変わらずだな」
公爵家の執務室にある立派なソファーに腰掛け、対面に座る壮麗な男性と向かい合っていた。心底呆れたと言わんばかりの表情で見下ろされている。
私の右隣にはステラ、さらにその右奥へフィオナが座っている。二人は頭をすっぽりと覆い隠すほどの長いコートを身に纏い、緊張でガチガチに固まっていた。二人仲良く顔を俯かせている。
風魔法で公爵領のお屋敷を目指したのは一時間前のことだ。当然、事前にアポイントを取っているはずもない。光を歪めて周囲からの視認を避け、まるで盗賊が押し入るように、人目を避けて執務室を訪ねていた。事実、ドアを開いた瞬間に、男性から殴り掛かられていた。
「性格は簡単に変わらないからな……仕方がないさ」
「お前も女なのだから、少しは言葉遣いに気を遣ったらどうだ?」
「無茶を言うなよ。この話し方を教えたのは、お義兄様だろうが。私に強くなれ、そう言ったことを忘れたのか?」
「忘れてはいないがな……間違えたとは想っているさ」
そう言ってお義兄様――ハインツはため息を吐き出す。
男勝りの口調が原因で、男性からの印象が悪いことも、ハインツがそれを気にしていることも、私は知っている。ただ、私は後悔していない。むしろ、感謝しているくらいだった。
だから、ガストンからハインツとの婚約を勧められたときも断っていた。罪悪感から私と結ばれて、ハインツを不幸にしたくはなかった。
「お前が連絡もなしに来るんだ、緊急事態なんだろ。親父からは大体の事情は聞いているからな、俺が親父の代わりに助けてやるよ」
「ガストンは、どこに行っているんだ?」
「三日前から王都にいるさ。お前が噂の渦中にいるからな、領地で大人しくなんてしていられなかったんだろ」
義娘としては嬉しいが、今は少し困ってしまう。想わず顔が右を向いていた。
私の動きに合わせてハインツも、ステラとフィオナの二人を見つめる。そして、悟ったような口調で言った。
「王女殿下と……もう一人は誰なんだ? そちらの方が重要なんだろ」
「ああ、お義兄様には保護をお願いしたいんだ」
「理由は、教えてくれるよな?」
「魔法使いが"憑依"して女性たちを操っていた、それが『偽物王女』の正体だったんだ。そこにいるのは、被害者の一人だよ」
私が断言した瞬間、ハインツの瞳がスッと細まっていく。室内の空気がピリピリと張り詰めていった。
「フィオナ、フードと目隠しを外せ。ステラ、お前は手伝ってやるんだ」
二人は名前を呼ばれて肩を跳ね上げ、慌てて私の指示通りに動き出した。俯きがちにフィオナは顔を上げ、ステラによってフードと目隠しが外されていく。フィオナのまぶたは固く閉ざされている。その身体は震えていた。
数秒後、恐るおそるにフィオナはまぶたを押し上げていく。堪えるように下唇を噛みしめていた。……残酷なことをお願いしている、その自覚はある。心の中で、フィオナに謝っていた。
「十分だ、もう目を閉じろ」
ハインツは短くつぶやき、身体ごと私に向ける。瞬間、私は「ステラ」と名前を呼ぶ。それだけで理解したのか、ステラはフィオナの目を再び布で覆い隠した。
「その女性は、俺が責任を持って預かる。構わないな?」
「感謝するよ、お義兄様」
私が頭を下げると、フンと鼻を鳴らす音が聞こえてくる。見上げると、ハインツから真剣な眼差しが向けられていた。
「これで終わりではないのだろう?」
確信めいた問いに想わず笑ってしまう。ハインツは当然と言わんばかりの態度だった。最後に会った一年前のときから、何も変わっていない。変に私を信用しているところは、昔から同じだった。
「今回の件、主犯の一人と想われる魔法使いを突き止めた。ただ、断定するだけの証拠がないから、調査をお願いしたいんだ」
「それは構わないが、公爵領にいる魔法使いはお前だけだぞ。いったい、どこの魔法使いの話をしているんだ?」
「『金獅子』の部隊にいる魔法使いだよ。お義兄様は知っているか?」
数秒間、ハインツは目を閉じて記憶を探る。しかし、すぐに首を横に振った。
「『金獅子』は知っているが……そんな魔法使いのことは知らんな。だが、爵位を得るほどの功績を挙げてはいない、それは間違いないな」
ハインツの言葉は想定通りだった。一度頷いた後、私は「ステラ、手紙を」と隣のステラに声を掛ける。
「お義兄様、ステラの手紙を『金獅子』に届けてもらえるか?」
「……最近、『金獅子』が王女殿下の生存を報告した、そんな噂を聞いているのだが、お前が仕組んだことなんだな」
おずおずと手紙を差し出すステラから、ハインツは丁重に手紙を受け取る。神妙な顔でステラにお辞儀をした後、私に呆れた眼差しを向けてきた。
「危ない橋を渡って欲しくはないんだがな……もう少し大人しくできないか。王女殿下のためにも、お前自身のためにも」
「できるかよ。私は、こんな生き方しかできないんだ」
「恩返しに拘らなくてもいいんだぞ。お前は十分に頑張っている。俺も、親父も、お前の幸せを願っているんだ」
知っているさ、心配されていることは。でも、二人の役に立てることが嬉しいんだ。それが、私の幸せでもあるんだよ。
「わかっている。この一件が終わったら、何か問題が起こらない限りは、大人しくしているさ」
「それならば、俺のもとで領地経営の勉強でもしてもらおうか?」
「…………ああ、別に構わないぞ。私も一応は男爵だからな」
「わかりやすい奴だな、お前は」
ハインツが向ける優しい眼差しが何となく不満だが、反論せずに強く口を引き結ぶ。口喧嘩で勝ったことは一度もない。勝てない相手に挑むほど、無謀にはなれないだけだ。……別に、逃げたわけではないんだ。
「――王女殿下」
唐突にハインツが笑顔を消し、真剣な顔つきで声を掛ける。その視線はステラへ向かっていた。呼ばれると想っていなかったのか、ステラの肩は跳ね上がる。しかし、すぐに背筋を伸ばして見つめ返していた。
「私の義妹を、助けてやってください。もうご存知でしょうが、魔法使いとしては優秀でも、心はまだまだ子供です。不敬とは想いますが、王女殿下に義妹を導いていただきたく」
瞬間、私はハインツを睨みつけるが、完全に無視されていた。
「いえ、私の方が助けてもらっていて……でも、アンジュ様の役に立ちたいと、大切な友人だと想っています」
「友人、ですか……本当に、ありがとうございます」
「あ、頭を上げてください。私の方こそ、アンジュ様に出会えたことが幸せで……引き会わせてくださった公爵様には、感謝の気持ちしかありません」
ハインツは嬉しそうに笑っているが、子供扱いが気に入らない。
私は『主人』で『師匠』なのだ。保護者の立場にいるのは、ステラではなく、私のはずなのだ。ハインツの対応は、間違っている!
不意に、視線を感じて顔を上げる。見つめた先では、ステラが微笑んでいた。内心で首をかしげている間に、交わった視線は離れていった。
ステラは真っすぐにハインツを見つめる。そして、ハッキリとした口調で、一音ずつゆっくりと話し始めた。
「アンジュ様は立派な魔法使いで、私はとても尊敬しています。お言葉ですが、アンジュ様は何も知らない子供ではありません。頼りがいのある、立派な『主人』で、私の『師匠』なんです」
言葉を区切り、ステラは小さく息を吐き出す。
「でも、誰の力も必要としないような、そんな完璧な人間ではありません。一緒に過ごしたから、私は知っています。失敗もするし、悲しんだりもする……魔法使いとしての優秀さが目立つだけで、アンジュ様にも弱いところがあるとわかっています。だから、私が支えて……いつか、支えられるようになります! 絶対に!」
強く言い切ったステラの横顔を見つめてしまう。いつになく凛々しかった。




