002 憐れむなよ、私がお前の主人だぞ!
「それが本題か? 急な話だとは想っていたぞ」
両頬をパンパンと強く叩き、私も表情を引き締める。睡眠不足で鈍った頭を急ピッチで再起動させていく。
「廃棄王女、と呼んでいただろ? 守る必要があるとは、想えないのだが」
「……王女殿下は宝石眼の持ち主、そう言えば納得できますか?」
「ああ、それで連れて来たのか。王族は、本当に面倒くさいな」
魔法を使える者と、魔法を使えない者。この世界は二種類の人間にわけられる。
私が前者で、ガストンをはじめ大多数が後者だった。
身体のどこかに宝石が浮かび上がる――それが、魔法使いの証明だった。
宝石のような瞳になるのは、直系の王族だけだ。歴代の国王は、全員が魔法使いだった。つまり、宝石眼は次期国王候補の証明に他ならない。
国王からの書状が届いた時点で察してはいたが、本当に面倒事へ巻き込まれる予感をひしひしと感じる。勘弁して欲しい。
「次期国王が決まるまでは、ここに避難させておく……で、合っているか?」
「ええ、そうなりますね。お願いできますか?」
「……私に、拒否権があるのか?」
「ありませんね。魔法使い殿に断られたら、私は縛り首ですから」
「……信頼しているのか、お前がバカなだけなのか、わからなくなるんだが」
呆れたため息を吐き出してしまう。勝手な信頼を押しつけないで欲しい。
思考を切り替えるように、私は眉を上下左右に揉み解していく。
「王女の宝石眼は知られているのか?」
「そう、でしょうね。先日、王女殿下を秘匿していた塔が襲撃されましたから」
「ああ、そこで公に王女を殺したわけだ」
秘密裏に王女を確保して逃がす。奴隷以下のゴミ扱いは周囲を欺くため、か。
「他に護衛はいないのか? 私一人に任せるつもりなのか?」
「他に必要なのですか?」
何を言っているのか、そんな表情でガストンはつぶやく。だから、信頼を押しつけるのは止めろ! ……期待に、応えたくなるだろうが。
「私だけで十分だ。王女を工房に閉じ込めておけば――」
「――いえ、外に連れ出して構いませんよ」
私の言葉に被せるように、王女の守護を依頼したガストンが言い放つ。
何を言っているんだ? 危険から守るために、連れて来たのではないのか?
「……どういう意味か、説明してくれるか?」
「言葉通りですよ。工房に閉じ込めるなんて、かわいそうだと想いませんか?」
「いや、王女を塔に閉じ込めていたって、さっき言ったよな……」
「ええ、そして王女殿下は死んだと言いました。……あれを見て、世間は王女殿下を連想すると想います?」
「否定はしないが、本当に不敬なことを言うよな」
私は想わずガストンを非難する。その瞬間、ガストンは不快げに顔を歪めていく。察しの悪い教え子に苛立つような眼差しだった。
「あいかわらず察しが悪いですね……だから、私が持って来た婚約話を、何度も無駄にしているのですよ」
「それは、相手の男が悪いんだ! 私は悪くない!」
「……まあ、魔法使い殿の話は置いておきましょう。貴方には、王女殿下の友人になって欲しいのです」
ガストンは曖昧な言葉を止め、ハッキリと要件を告げた。もったいぶらずに最初からそうしろよ。
「あのバケモノ王女と、友人ごっこをすればいいんだろう?」
「……だから、魔法使い殿はモテないのですよ」
あからさまに落胆した表情でガストンはため息を吐き出す。心底、不愉快な態度だった。
「ああもう、まどろっこしい! 結局、何が言いたいんだよ? 私をバカにしたいだけなら、とっとと帰れよ!」
一息に捲し立て、私は小さく肩で息をする。ガストンを力一杯に睨みつけた。
「王女殿下の見てくれは、その、バケモノですが……心根はとても優しい方です。魔法使い殿の、初めての友人にはピッタリです」
「……それで?」低い声で私は先を促す。
「魔法使い殿は、性格に問題はありますが、基本的には善人です。王女殿下の友人になっても問題はないでしょう」
「……つまり?」頬を引くつかせながら、私は訊ねる。
「王女殿下に普通の生活を楽しませてあげて欲しい、そう言っているんですよ。時に仕事をし、時に遊びに出掛ける。特別なことをさせる必要はありません。当たり前のことをさせてあげてください」
私は探るようにガストンを見つめる。言うだけ言った後、沈黙を決め込んでいた。ただ、真剣な顔で私の答えを待っている。
自然と大きく息を吐き出してしまう。肩の力を抜き、私はひらひらと書状を扇いで見せた。
「まあ、いいけどさ。友人になると、あまり期待するなよ」
「いえ、なれますよ」
ガストンは安心したように言う。一応、断る可能性も考えていたのか。
「王女がバケモノになっている理由は?」
水風船の中でぷよぷよと浮く王女――私の友人候補を見ながら訊ねる。
「原因不明ですよ、魔法使い殿。五歳の誕生日を過ぎるころには、今のゴミだらけの姿になっていました。……さて、解明できますか?」
ガストンが挑発的な笑みと供に訊ねてくる。私を誰だと想っているのか。
「解明するさ。"分解"は、私の得意分野だからな」
私は不敵に笑って見せる。好奇心で口元が綻んだのが、自分でも自覚できてしまった。
言うべきことを言い終えたのか、ガストンは満足そうに帰っていった。残されたのは、私と水風船の中で漂う王女の二人だけだった。
パチン、と指先を軽く弾いた瞬間、水風船は散っていく。そして、王女の身体を温めるように暖風を貼りつかせる。
一秒……二秒……三秒……。
王女の身体が水で濡れていないことを確認し、ゆっくりと地面へと降ろす。全裸の王女にガストンの上着を被せる。
すると、キョトンとした顔で王女は私を見つめてきた。
「……ありがとう、ございます」
辛うじて聞き取れる程度の小さな声。しかし、耳に心地よく聞こえる。
「名前は、何て呼べばいいんだ?」
「えっ?」
「名前だよ、名前。お前の名前を教えろ。『召使い』として働くのなら、名前を知らないと不便だろうが?」
「私の、名前……私、ステラです」
「ステラ……ステラ、ステラか」
王女の名前を何度も舌先で転がしていく。ゴミだらけの容姿に似つかわしくない、愛らしい名前だと想った。
「あの、貴方様の……お名前は?」
おずおずと王女――ステラが訊ねてきた。被せた上着で身体を隠し、両膝を折り曲げている。軽く身体を屈ませて目線を私と合わせていた。
その姿を見て私は……想い切りステラのお尻を蹴り飛ばしていた。
「お前、私をバカにしているのか!」
額を地面に打ち、痛みでステラは蹲る。しかし、私にはどうでも良かった。
ステラの腕を掴み、無理やりに立ち上がらせる。怯えて身体を縮めるステラの背中に目掛け、手のひらを叩きつけていた。
慌てて背筋を伸ばすステラに満足し、私はその正面にまわり込んだ。……内心、苛立ちながらステラを見上げる。今にも泣き出しそうな顔だった。
「私を、憐れむなよ……背が低くて、何が悪いんだ!」
目線を合わせるように相手が身体を屈める……なんて屈辱的なんだ。
私はもう十四歳だ。男爵位も得た、立派な大人だ。子供扱いされるいわれはない。ましてや、目の前にいるステラは『王女』ではなく『召使い』だ。主人の私の方が偉いのだ。
初対面で舐めた態度を許せば、今後の関係に響くに違いない。主人としての威厳を示さなければならないだろう。舐められるわけにはいかないのだ。
ガストンには悪いが、ステラを友人にする気は失せた。脳内の友人候補リストに大きなバッテンを描いた。
「ステラ、次に同じことをしてみろ……お前を、私の研究の実験体にしてやるからな! よく覚えておけ!」
怒りに任せて叫ぶ。そして、指先を動かし、土魔法を発動する。足元の土が隆起し、ステラよりも一メートル近く高くなる。堂々とステラを見下ろし、威光たっぷりに告げた。
「私の名前は、アンジュ! ステラ、お前の偉大な主人だ! 崇めるといい! これから私の『召使い』として、たっぷりとこき使ってやるからな!」
ふん、と一つ鼻を鳴らして達成感に打ち震える。偉大な私の姿に感動したのか、ステラは嬉しそうな笑顔と供に涙を溢れさせていた。