000 プロローグ
いつからバケモノと呼ばれることに慣れたのだろう。子供時代からの記憶を想い起こしていくが、ピンと心に響くものがない。
鉄格子の嵌まった窓から見下ろす世界と、定期的に届けられる本の世界。二つの世界が私の全てだった。
『……キモチワルイ』『……キタナイ』『……バケモノ』
寝ても覚めても、クスクスと頭の中で笑い声が響いている。右を見ても左を見ても、私以外は誰もいない。隔離部屋の中で、私は一人ぼっちで過ごしていた。五歳を過ぎてから、私の知る景色は酷く狭くなっていた。
ただ、どうして私が閉じ込められているかはわかっている。
私の肌を『モノ』が覆いつくし、人間の外見から遠ざけているからだ。
一人……二人……三人……。私の近くから人がいなくなっていく。
この数年間、私との面会を求めてくれるのは、たったの一人だけだった。お兄様だけが、私の大切な人だった。
『ステラ、運命を信じるか?』
運命を変える出会いが待っている、それがお兄様の口癖だった。しかし、運命なんて信じようとは想わなかった。もう諦めてしまっていた。お兄様の前でだけ、私は信じる振りをしていたのだ。
私は狭い部屋の中で、死ぬために生きる。それが『王女』として生きられない、『バケモノ』に与えられた唯一の役割なのだから。
だから、部屋に火の手がまわったとき、私は死を受け入れていた。いつか処分される予感はしていたのだ。『バケモノ』として役割を果たす、それが私の運命なのだと想っていた――。
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「私の名前は、アンジュ! ステラ、お前の偉大な主人だ!」
魔法で高く隆起させた土壁の上で、一人の少女がふんぞり返る。見上げていると、首が痛くなるほどの高さだった。お兄様以外に名前を呼ばれるのは初めてかもしれない。
怒りに燃える瞳は、『バケモノ』を――『私』を捉えていた。裸を隠していた上着は脱げてしまっている。しかし、汚い肌を隠す気にはならなかった。
「これから私の『召使い』として、たっぷりとこき使ってやるからな!」
ああ、私に役割を与えてくれるんだ。荒々しい少女の優しさに、想わず笑ってしまった。『バケモノ』でも『王女』でもなく、ただの『召使い』。王宮から追い出された、何も持たない私に役割を与えると言う。
『バケモノ』をどこかの部屋に閉じ込めるのではなく、『召使い』として関わってくれる。それが単純に嬉しかった。
もう二度と会うことのないだろう、お兄様の口癖を想い出してしまう。
お兄様、これが私の運命の出会いなのかもしれません。主人となる少女――アンジュ様を期待を込めて見つめてしまった。
私の身体にベッタリと貼りついた『バケモノ』のレッテルが少しずつ剥がされていく、そんな感覚を味わい続けていた。
『反抗期の娘みたいなものですよ。ぜひ友人になってあげてください』
私とアンジュ様を引き合わせた公爵様の言葉が想い出される。友人になれれば嬉しい、そう素直に想った。