桜咲き散る丘、去るキミ、ゆくボク
お久しぶりでございます。アウローラでございます。
前作から一年以上空いてしまいましたが新作、とはいってもこの短篇が完成したのは一年近く前で偶然見つけたので突貫工事でカタチにしました。
短編企画第二弾でございます。
後ほど同日に一作品投稿染ますのでぜひご覧ください。
暇つぶしにでもお使いください。
皆さんは、桜と聞くとどんな事を思うだろうか?
春、満開の中で迎える入学式に卒業式、仲間や家族とともに楽しく騒ぐ春の花見。
やはり桜といえば、皆、楽しい時間を想像することだろう。
しかし僕が桜と聞いて思い出すのは、遠い記憶の中、桜咲く丘の上で透き通るような白い肌と黒く長い髪をなびかせる彼女に僕は心を奪われたのだ。
あの時すでに彼女はこれから起こる事がわかっていたのだろう。
だから僕はあの日を忘れない。
いや、忘れることは許されない、そう...今も目を閉じれば.............
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「おはようございます。東雲夕輝さん、よく眠れましたか?」
窓から差す光とともに目を覚ました僕にナース服を着た女性はそう話しかけながらのぞき込んでくる。
東雲 夕輝?
一瞬、だれのことを示しているのかわからない。
しかしソレは僕のことを指しているようだ。
なんでも僕は記憶をなくしているらしい。
昨日目を覚ますと白衣を着た男たちやナースの女性、そしてまったく医者には見えない二人の男女がいた。
「えっと…ここはどこ、僕は誰?」
それが第一声。
今にも思い出すだけで笑ってしまいそうだ。
いかにも本や小説に出てくるようなセリフだったからだ。
だが両親を名乗る二人の男女はひどく驚いていた。
息子の記憶がいきなり無くなったのだ、それは驚くだろう。
よく話を聞いてみると交通事故に合い、この病院へ運ばれた来たのだそうだ。
幸い特に大きなけがなどはなく、骨折もない。
主治医曰く『一時的なものだろうから、何日か入院して様子を見よう』とのことだ。
そして今朝に至るのだ。
あれから五日、特に記憶に変化は無く、また朝を迎えてしまった訳なのだ、今日も朝からナースの班目恭子さんによる問診が行われる。
何か思い出しましたかー?どこか痛い所はありませんかーなど、そんな簡単な質問を終えると自由な時間が来る。
「あれ?今日は行かないんですか?九ちゃんの所」
そう、それだ九重九。
入院してからの五日間僕は彼女に振り回されている。
はじめは、同じ患者同士で年も近い彼女に興味があったが彼女の傲慢な態度や、それでいて的確に人の心を読む推理力のようなものに触れ恐怖し、あまり関わらないようにしようと思っていた。
しかしなかなかどうして僕は彼女に気に入られてしまった。
彼女からすれば僕は退屈な入院生活を楽しむために見つけた玩具なのだろう。
そうして毎日彼女のもとへ行き、暗くなるまで話し相手や遊びの相手をさせられている訳なのだ。
そんなに嫌なら行かなければいいじゃないかと思うだろう?
三日目の事だ、僕もたまには部屋でゆっくり読書でもしようと思っていたのだが、そんな静寂も彼女の怒号によってかき消された。
彼女は自分の病室から車椅子を走らせてきては怒鳴りつけてくる。
僕のいる部屋は相部屋だ、ほかの患者の方々に迷惑をかけてしまうとこれからの入院生活が辛いものになりかねない、僕が行かなくてはならない雰囲気である。
さらに僕を追い詰めるのはナースや医師のうれしそうな眼。
「いやぁ夕輝君が来てから九ちゃん楽しそうだよぉ。」
「そうですよねぇいつも寂しそうだったんですよぉ。」
医師やナースたちからいろいろと言われるのだ、なんだか断りづらくつい今日も彼女のいる個別の病室へとやってきてしまう。
時はもう昼時だ、できるだけ寄り道して遠回りしてきたからだ。
意を決して扉をノックする。
「東雲だけど...」
すると中からすごく不機嫌な声で一言
「どうぞ!」
恐る恐る扉を開くと病室の中にはベットが一つ。
少し空いた窓からの風に黒い髪をなびかせながら彼女はベットにいた。
満面の笑みで…
「随分と遅かったわね?何処で道草してきたのかしらァ?」
明らかに怒っている。
そういえば二日前、読んだ漫画の中で『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』と言っていたが、うん、今まさにその意味を知る事が出来たと僕は思う。
しかし、僕だって馬鹿ではないのだこうなるだろうと思いあらかじめ用意していたのだ。
彼女の病室への道すがらに売店へと行き彼女の大好きな甘いもの、『圧倒的糖分!苺クリーム蜂蜜きな粉サンド』なる一品を買ってきた。
正直見ているだけで胸焼けしてしまいそうな一品。
「いや、これを買いに行っていたんだよ?」
パンを彼女へと差し出してみる。
すると、彼女はパンを受け取ると包装を取り食べ始める。
そして、あの糖分の塊のようなパンを食べきった彼女からは先程までの怒気は感じられない、どうやらお気に召したようだ。
「まぁ、今回遅かった事は水に流しましょう。」
ふぅ、良かった。あのパンに感謝だな。
「だ、け、ど!次はもっと早く来なさいよ。」
あぁやっぱりか。
このやり取りだって毎日のようにやっているのだから一語一句覚えてしまっただが、この時間ももうすぐ終わりだ。
「わかった、僕も正式に退院する日取りが決まったからね、あと3回くらいちゃんと早く来る事にするよ。」
そうなのだ、先程医院内を歩いていた時だった担当医の先生が僕を見つけると『あぁ、東雲くん正式に君の退院日が決まったよ、三日後には退院して大丈夫だから。荷物の整理など始めておいて下さい。』との事だ。
つまり残すところあと3回くらいしかこの病室に足を運ぶ機会はない。
一瞬、彼女の顔に悲しみが見えた気がしたが気のせいだと思いたい。
そして、何か決意したように頷くと。
「桜...桜を見に行きましょう!!病院の裏、丘の上の桜が満開だそうよ。」
「はぁ..はぁ、だからって今日じゃなくたっていいだろう?」
太陽はすっかり沈み暗くなった中、僕は彼女をおぶりなおかつナースや医者にばれないよう進んでいく。もし見つかりでもしたら大問題だ。
「仕方ないでしょう。桜が今、見に行きたくなったのだからそれともなぁにもうへばったのかしら?」
楽をしているくせに、随分と上からの物言いだ。
嫌々ながらも、自分も男だ普通ならば女性の感触に嬉しがる所だろう。
しかし今の僕はそんなことを思うほど、体力に余裕はなかった。
今思えば、この時この瞬間の彼女の息遣いや温度を覚えておけば良かったと後々に後悔することになる。これも彼女の呪いの一つだったのかもしれない。
そんなこんなで桜のもとにたどり着く、暗闇の中月明りを受けて妖艶に輝いている。
その木の根元に彼女が座るとさながら別の世界に迷い込んでしまったかの様に感じてしまう。
「やっと着いたわね。ねぇ知ってる?桜の木の下には死体が埋まっているらしいわよ?」
僕が隣に座ると、そんな事を言ってくる。
そして様々な話を九は話してくれる。
今まで知らなかった彼女の家族や過去の話、そして僕との思い出話などまるで、もう一生会えないかのよう。
事実僕はもう少しで退院する。
もう彼女に振り回られなくて済む.....そう、思っていたはずなのにこの心地の良い空間の中、もう彼女に会えなくなると思うとひどく悲しくなり、つい僕は言ってしまったのだ。
「もし、もしもだよ。キミが望むのなら、僕はまた会いに来るよ。」
桜舞い散る中、これは僕の誓いだ後になって思えば、この時には僕はもう彼女に心奪われていてしまっていたのだろう。
「そう、そうね......」
そう言いながら彼女の両目からぽろぽろと雫が落ちてゆく。
初めて見た彼女の涙に困惑してしまう。
何かおかしなことを言ったのだろうか。
「会いに来れなくてもいい、ただ私が居た事を忘れないでほしい。私との日々を、この時間を、この瞬間を忘れないで、ただ一人初めて愛した、あなただけあなただけさえ覚えていてくれれば私はきっと…」
その、最後の言葉を聞くことはできなかった。
病室にいない僕たちを不思議に思ったナースの方々に見つかってしまい、その声にかき消されたのだ。
桜咲く丘、去るキミを見つめながら僕も行くことにする。
「駄目ですよ、勝手に病室を抜け出しちゃ、あまり心配させないでください」
班目さんに注意されながら部屋へと戻るが、九の最後の言葉が気になり班目さんの話は頭に入ってこない。
今まで自分を振り回し、傲慢で自分勝手だと思っていた彼女が泣いたのだ。
なかなか眠ることが出来ず、空が少し白み始めてきたとき朝彼女のもとへと行き、話を聞こうと思い、眠りについた。
しかし、彼女とはもう会う事は出来ない。
あの時、病院で彼女と出会い過ごした日々は長い人生の中からすれば短い時間だったのかもしれない。
それでも彼女の存在が、言葉が、願いが僕という人間を作る中で大きな影響を与えたことは確かだ。
そうして今日、僕はまたあの桜の元へとやって来る。
瞬間、丘に一陣の風が吹き抜ける。
桜舞い黒い髪をたなびかせる彼女が見えた気がする。
それは幻だ。
それでも、何度でも僕は約束する。
「大丈夫、絶対に忘れないよ。」
桜咲き散る丘、去った君を思い、僕はゆく。
「会いに来れなくてもいい、ただ私が居た事を忘れないでほしい。私との日々を、
この時間を、この瞬間を忘れないで、ただ一人、初めて愛したあなただけ
あなただけさえ覚えていてくれれば私はきっと…生き続けると思うから。」
ご覧いただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
面白いとおもっていただけたら幸いです。
同日にもう一作品投稿しますのでよろしければご覧ください。
もちろん連篇も現在プロットの製作中です。
来年の夏ごろには連篇も投稿できるといいのですが、こちらに関してはプロット作成の人と話が必要ですね。