リコリスさん
僕たちは洞窟を抜けて、しばしの休憩をとります。
「メディアちゃんがいて助かったよ」
「えへへ、こずえちゃんに教えてもらったからだよ」
「そ、そうかな……」
メディアちゃんは、ずいと顔を寄せてきました。
「そうだよ。こずえちゃんはとってもかしこいから! それからー……」
メディアちゃんは僕のことを力説します。
むず痒い気分になってきて、たまらず地図を広げます。
「え、えっと、今はどのあたりかな」
ディエスさんの地図には、「リコリスがいる」と走り書きされていました。
リコリスというのは、おそらく名前でしょうか。似顔絵らしきものが文字の隣に描かれています。辛うじて、目・鼻・口・獣耳があることはわかります。
メディアちゃんの獣身が、ぴこぴこと左右に動きました。
「ねえ、こずえちゃん。誰かいるよ!」
よく目を凝らすと、誰かの後姿が遠目に見えました。
「ええと……誰だろう?」
「うーん、わかんない。とにかく、行ってみよう!」
「あ、待って、メディアちゃん!」
メディアちゃんはぴょんぴょんと跳ねながら山を登っていきます。
僕たちは、背後から近づいて、声を掛けました。
「あの……すみません」
「ん? よっ。見かけない顔だな」
大きな鉄製のシャベルを携えた獣耳のお姉さんが、こちらを振り向きました。シャベルは土にまみれて錆付いていました。
地面に付くくらい長い赤茶色のポニーテールに目を惹かれます。
頭のてっぺんには、メディアちゃんやキャンパスさんよりも小さくて、少しだけ丸みのある獣耳が生えていました。
「あの、リコリス……さん、ですか?」
「そう、あたしがリコリス。あんたらは?」
「こっちが、こずえちゃんで、ボクはメディアっていうんだ。リコリスちゃんは栗鼠の子なんだね。よろしく!」
メディアちゃんが猫の手のポーズで挨拶をします。メディアちゃんによれば、リコリスさんは栗鼠さんみたいです。
僕は普通にリコリスさんと握手を交わしました。
リコリスさんが着ているジャケットのポケットは、ぷっくりと膨らんでいました。メディアちゃんがつんつんと突きます。
リコリスさんはシャベルを軽く振り回しました。細かい砂が飛び散ります。
「ひえっ、ふ、振り回さないでください!」
「あ、ごめん。んー。さっき拾ったんだけど、これ、何ていうんだろうな」
「シャベル、または、ショベルです。一般的にはスコップともいいます」
メディアちゃんが僕にずいと顔を寄せて尻尾をぴんと立てました。
「シャベル? ボク、はじめて聴いたよ! へぇー、これ、シャベルっていうんだ。ねえ、こずえちゃん。シャベルって、食べられる?」
「あはは、食べられないよ。土を救ったり、穴を掘ったりするのに使います」
リコリスさんの獣耳がぴくりと動きます。
「これで穴を掘って、食べ物を貯めておくんだ。冬の寒い時期は、木の実がなかなかとれないからねー。たとえば、こんなふうに……んしょっ」
リコリスさんはその場で地面をざっくりと掘り返しました。
硬そうな土に見えたのですが、いとも簡単に穴ができました。
「こんなもんかな」
リコリスさんはパンパンに膨らんだ服のポケットから木の実の山を取り出して、穴に入れました。シャベルで土を被せ、一息つきます。
「あれっ。どこに埋めたかな」
メディアちゃんが色の変わった地面を指差しました。
「ええーっ、さっき、ここに埋めたばっかりだよ!」
「そうだっけ?」
「もう忘れてる!」
リコリスさんは小首を傾げています。本当に覚えていないみたいです。
「あの……、やっぱり、もうちょっと目印になるところの近くに置いておいたほうがいいと思います。それに、無理に埋める必要はないかと」
「えっ、埋めないの?」
「はい。雨風を凌げる倉庫のような場所があればいいと思います。もしくは、横穴を深く掘って、入り口を岩で塞いでおくというのはどうでしょう。僕の力では難しいですけれど、メディアちゃんとリコリスさんの力なら、できるかもしれません。こんな感じに……」
木の枝で地面に簡単な図を描きました。
メディアちゃんとリコリスさんが顔を覗かせてきます。
「横穴? よーし、やってみようか」
「なるべく穴の断面が円くなるように掘ってください。そのほうが頑丈になると思います」
「オーケー。んしょ」
リコリスさんはひょいと立ち上がると、手ごろな地層に駆け寄って、壁面を勢いよく掘り始めました。
「じゃあ、ボクは、おっきな岩を見つけてくるね!」
メディアちゃんはひょいとジャンプして、木々を伝って見えなくなりました。
1分くらいして、メディアちゃんが大岩を抱えて空から舞い降りました。
「とってきたよー!」
「ひえっ」
メディアちゃんが、ずしん、と地面に着地します。大岩の半径は、僕やメディアちゃんの身長くらいあります。
「こっちもできたぞー」
斜めに彫り進められたトンネルから、リコリスさんが顔を覗かせました。
リコリスさんに大岩のおおよその設置場所を伝えてシャベルで掘ってもらいます。そうして、メディアちゃんにお願いして、リコリスさんが通れるほどの隙間を残し、大岩を設置しました。この大岩は目印になります。
僕とメディアちゃんは、リコリスさんと一緒に中へ入ってみました。屈まなくても入れるくらいの、ちょうどいい横穴でした。僕にはちょっと暗いです。
リコリスさんは片側ポケットをひっくり返して、木の実をばらまきました。そのまま地面に寝そべります。
「これなら雨風凌げるし、寝泊りにも使えそうだな。ありがとよ。木の実、食べなよ。美味しいよ。あと、ちゃんと殻は割って食べなよ」
リコリスさんは、もう片方のポケットから木の実を差し出しました。見たところ、甘栗やどんぐりなどがありました。
「ありがとうございます。じゃあ、これを2つ」
僕は虫喰い穴がないかどうか見極めて、甘栗を2つ貰います。指先で押しつぶし、2つとも剥きます。ほんのり大きく見えるほうの甘栗の剥き実を、メディアちゃんに1つ手渡しました。
メディアちゃんは目を丸くして、獣耳をぴこぴこと上下に跳ねさせました。
「はい、メディアちゃん」
「わーい、ありがとう! こずえちゃん、器用なんだね!」
「えへへ、そんなことないよ……」
僕とメディアちゃんは、同時に甘栗を口に運びました。
メディアちゃんはにこやかに、殻を握った右手を挙げました。
「おーいしー!」
リコリスさんは前歯でどんぐりの皮を剥いて実を食べています。
「ほら、こっちの木の実も美味しいよ?」
「あぅ、僕、どんぐりはちょっと……」
「じゃあ、ボクが食べる!」
メディアちゃんは、素早い爪捌きで、どんぐりを半分に切りました。
そうして、半分になった小さな剥き身を、口の中に放り込みます。
「うーん……なんだろう……。ちょっぴり、に、苦い?」
メディアちゃんが目を白黒させている傍らで、リコリスさんはいくつかの実をひと掴みして、殻ごと口の中に放り込んでいきます。
「どうよ、美味い?」
「うん。どっちもおいしいけど、ボクはこっちの実が好きかな」
「あはは……、そうだね。はい、どうぞ」
僕は甘栗の剥き身をメディアちゃんの口に近づけます。
「わーい、こずえちゃん、ありがとう!」
メディアちゃんはのんびりと甘栗を咀嚼しています。
「リコリスさん。よろしければ、キャンパスさんのお菓子、食べてみて下さい」
「お? どれどれ? これは、ウサギかな? なんだか、食べるのがかわいそうだけど……。食べていいのかい?」
「はい。中にりんごが入っていて、甘くて美味しいと思いますよ」
「んじゃ、遠慮なく……」
リコリスさんはお菓子を一口で頬張ると、顔を綻ばせました。
「へぇ、こんな美味いものがあるのか」
「たくさんあるので、好きなだけ食べて下さい」
「いいのか? ありがと。じゃ、もうひとつ貰うよ」
「ボクもたべたーい!」
僕たちは、木の実とお菓子を食べて、30分ほど、のんびりと過ごしました。
次回、第8話。
「うみ」
潮風がきもちいいんだ。おぼれないように気をつけなよ。