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さいごのまち

   挿絵(By みてみん)

   イラスト:賀茂川家鴨


「メディアちゃんは、僕と会う前は、普段何を食べていたの?」

「りんご!」

「そっか。おいしいもんね」

「あとは、お水! それから、たまーにだけど、キャンパスのところでお菓子とかお茶とかをもらうよ。そのくらいかなぁ」

「そ、そうなんだ……」


 メディアちゃんは、ねこさんですが、やっぱり、りんごが主食みたいです。


「特に、最近は、きかい? を、ぜんぜん見かけなくなったから、じぶんで探さないとね!」

「その、機械っていうんは、どういうものなのかな」

「うーん? 地面を走ったり、空をとんだりして、変わった食べものを運んでくるよ。たとえばー、真っ白などろどろする粉とか、赤くて口の中が痛くなる粉とかがあったよ!」

「もしかして、小麦粉と唐辛子かな? メディアちゃん。それはきっと、お料理するときに使う調味料だと思う。調味料っていうのは、食べ物の味を調えるためにつかうもののことだよ」

「そっか、そのまま食べるだけじゃないものもあるんだ! さっすがボクのこずえちゃんだね!」

「あはは……。こんど、キャンパスさんのところで、一緒にお料理してみようか。そうすれば、きっとお勉強になると思うよ」

 鬱蒼とした細い下り坂を進んでいきます。

 太陽が沈みはじめ、もうすぐ夕暮れになりそうな時間です。

 暗くなる前には、街に着きたいところです。


「こずえちゃん、なんだかぼうっとしているけど、大丈夫?」

「うん。ちょっと、ふらふらするけれど……。風邪ひいちゃったかな?」


「かぜ? もしかして、こずえちゃん、元気がないの?」

「うん、ちょっとね。メディアちゃんは平気?」


 メディアちゃんは、口をぽかんと開いて、空を見上げていました。


「何だか鼻がつーんとするけれど、平気だよ。こずえちゃん、元気がないときは、のんびりと休憩して、キャンパスのお菓子を食べるといいと思うよ」


 メディアちゃんの言葉に頷いて、先に進みます。

 道中で10分ほど休息をとりながら、お菓子を口にしつつまちへ向かいます。

 お菓子を食べると、ちょっとだけ息が楽になる感じがしました。


   *


「これが、街……?」


 僕の呟きに、メディアちゃんは、僕の手を握る力を強めました。


「うん。そうみたい! はやくディエスを探そう!」


 僕は小さく頷きました。


 鉄骨がむき出しになったビルと、崩れ落ちた外壁が僕たちを迎えました。

 ここに来る前より息が苦しくて、胸がどきどきします。

 草木のない砂と灰色の大地を踏みしめ、奥へと進みます。


 敗れた衣服、罅割れたアスファルト、シャッターの下りた商店通り、静かな住宅街などを通り過ぎていきます。剥き出しの屋台には、孔雀さんの羽が高価な値段で売られていました。けれど、店員さんはどこにも見当たりません。


 まっすぐ道を進むと、半壊した工場にたどり着きました。


「ううっ……。ここから、とっても臭いにおいがする……」


 メディアちゃんが目に見えてくらくらしています。


「メディアちゃん、ちょっと休憩する?」


 僕が声をかけると、メディアちゃんの耳がぴーんと伸びました。


「へ、平気だよ! えーと、ディエスはね、暇なときは、いつも、この研究所にいるって言ってたよ」

「じゃあ、入ってみようか」


 キャンパスさんのお菓子は、メディアちゃんと一緒に食べるうちに、底を着いてしまいました。空になったバスケットには、レシピ本が入れられています。


   *


 僕の身長の10倍くらいの高さの工場の奥には、直径2メートルくらいの大きな穴のあいた容器が天井まで聳え立っていました。


「あっ、ディエスだ!」


 黒髪で背の高い細身の女性が、本を手にして壁にもたれかかっています。黒いスーツ姿のディエスさんは、出るところが出ていて、目が赤く輝いていました。


 挨拶をしようとしてお辞儀をした僕は、そのまま前のめりになって倒れてしまいました。メディアちゃんが慌てて支えてくれます。


 胸が苦しくて、頭がぼうっとします。

 視界がぼんやりとして、2人の声が頭の中に響いてきました。


「こずえちゃん、大丈夫? 顔色悪いよ……?」


 メディアちゃんは僕を両手で支え、そっと地面に寝かせました。

 僕は意識を繋ぎとめて、メディアちゃんの右手を両手で包み込みます。


「誰かいるのか?」


 砂に塗れた黒いスニーカーが、硬質な廊下に小さな音を響かせてきます。


 ディエスさんは、僕の顔を覗き込み、小さく溜息を吐きました。

 そのまま思案顔になって、じっと動きません。


 メディアちゃんは、じれったくなったのでしょう、ディエスさんに叫びました。


「ねえ、ディエス! こずえちゃん、風邪ひいちゃったみたいなんだ。どうにかならないかな」

「ええー……、そんなこと急に言われてもなあ……」


 ディエスさんは困り顔になって、首を傾げました。

 メディアちゃんは獣耳を震わせて、焦っているのが伝わってきます、


「違うの? こずえちゃん、どうなっちゃったの?」

「どうって言われてもなあ……普通に風邪じゃないのか? 風邪じゃないとしたら、ここの臭いで気持ち悪くなったんじゃないのかな」


「うーん、ボクも臭くてたまらないよ。こずえちゃんはどう?」

「いえ、平気です。なんというか、頭がぼうっとして、息がくるしくて……」


「あー、なるほど。なんとなく分かった気がする。……うーん、でも、この状況を説明するとなると、ちょっと難しいなあ」

「うう……。確かに、ボクはあんまり頭よくないし、文字も読めないけれど、でも、こずえちゃんを助けたいよ」


 ディエスさんは、後ろ頭をかいています。


 僕はディエスさんの言葉に引っかかりを覚えました。


「あの……ディエスさん。僕からもお願いします。僕は、一体、どうしてしまったんでしょうか。僕は、何者なんでしょうか」


 ディエスさんは、後ろ頭をぽりぽりとかいて、困り顔になりました。


「たぶん普通のヒトなんじゃないかな。ここに来て気分が悪くなったんだろう?」

「はい。そうなんです。メディアちゃんは平気みたいなんですが……」


「ねえディエス、何とかならない?」

「ええー……。こういうときは、ニジイロチョウっていう鳥の羽を砕いて、吸い込めばいい……んだったっけ?」


 ディエスさんは腰のポーチから虹色に輝く羽を出してみせます。


「それがあれば、こずえちゃんが助かるんだね!」


 メディアちゃんは今にもディエスさんの元にジャンプします。

 ディエスさんは、ちょっとだけ、あたふたしています。


「いや、合ってるかわかんないからさ。ちょっと待って、思い出すから……」

「うー、早くしてよー! こずえちゃんがー!」

「わかった、わかった! ほらよ。砕いて吸い込ませてみろ!」


 ディエスさんが中腰になって、メディアちゃんに虹色の羽を見せます。


「貴重なんだぞ?」

「ありがとう! 一枚もらうね!」


 メディアちゃんが爪で一裂きすると、虹色の羽は粉々になりました。

 力の限り息を吸い込むと、びっくりするくらい呼吸が楽になりました。


 身を起こそうとすると、メディアちゃんが……お姫様抱っこをして、僕を持ち上げます。


「待ってて、こずえちゃん。ボクがキャンパスのところまで運ぶから!」

「えっ、うん……あはは……」


 お言葉に甘えて、素直に従うことにしました。


「あ、待って、メディアちゃん」


 メディアちゃんは跳び上がろうとした姿勢のまま、ぴたりと止まります。


「あの、ディエスさん。ありがとうございます」


 ディエスさんは、短く「おう」とだけ返しました。


「あと、ここの歴史や僕のことについて聴かせてほしいのですが、教えてもらえませんか?」

「いいよ、また今度な」

「はい。お世話になりました」


「気分が悪くなったら、とにかく、りんごを食べるといい。生物学的な因果関係は不明だが、獣人属がニジイロチョウの羽を砕いて溶かした水で育てたものだから、多少は薬効があるだろう。……そのうち効かなくなるかもしれないけれど、そのときは諦めろ。もっとも、あたしが画期的な新薬を開発できていなければの話だが」


 ディエスさんは本に挟まっていた一枚の用紙を、バスケットの中へ無造作に突っ込みました。

 メディアちゃんの耳が、ぴーんと伸びました。


「こずえちゃん、行くよ! しっかりつかまっててね!」

「ひえっ、やっぱり自分で歩くよ、メディアちゃん!」


 僕が悲鳴を上げたときには、メディアちゃんは高く跳びあがっていました。


   *


 朝日が眩しいです。

 僕が目を覚ますと、木製の天井が見えました。おそらく、キャンパスさんのお店に泊めて貰っているようです。窓の外の景色から察するに、ここは2階のようです。


「すう……すう……」


 メディアちゃんは、布団の中で、僕にぴったりとくっついて眠っていました。

 湯たんぽみたいで、あたたかいです。

 ふと、忍び足で階段を上っているキャンパスさんの獣耳が見えました。


「おはようございます、キャンパスさん」


 僕が小声で呼びかけると、キャンパスさんの耳がぴこぴこと動きました。

 と同時に、メディアちゃんの獣耳もぴこぴこと動きます。


「あれ? メディアちゃん、起きてる?」

「お……起きてないよ?」

「あはは……。やっぱり起きてた」


 メディアちゃんの獣耳の先をつんつんします。


「う……やめてよこずえちゃん、くすぐったいよ……むにゃむにゃ」


 よく見ると、ヒトと同じ耳もあることがわかります。……耳が4つあります。

 メディアちゃんのヒトと同じ耳たぶを、親指と人差し指でマッサージしてみました。


「うみゃ……そっ、そこはだめだよ、こずえちゃん……!」


 メディアちゃんは、なかなか狸寝入りから醒めません。

 ちゃんと効いているようです。


「えっとお……もうそろそろ、いいかなあ?」


 紅茶をお盆に載せたキャンパスさんが階段を上がってきました。


   *


「メディアちゃんはね、ずっとこずえちゃんのことを看病してたんだよお。疲れて、寝ちゃったみたいだねえ。かわいいから水を差したら悪いと思ってねえ」


 僕はメディアちゃんの獣耳を両手でそっと蓋をしました。


「キャンパスさん。あの、ありがとうございます。ベッドを使わせてもらってしまい、すみません」

 僕は軽くお辞儀をして、フルーツの香りがする紅茶を受け取りました。蓋の外れたメディアちゃんの獣耳が、もぞもぞと動きます。


「いいよぉ。お礼ならメディアちゃんに言うといいよー! あのね、メディアちゃんね、こずえちゃんの自慢話をずっとわたしにしていたんだよ。こずえちゃんのことが心配だったみたいだねえ」


 キャンパスさんは朗らかに言いました。僕は苦笑いをして、キャンパスさんに重ねてお礼と謝罪を述べました。ちょっぴり恥ずかしいです。


 僕は紅茶を一口啜ると、メディアちゃんの背中を撫でます。


「今度はボクがメディアちゃんのためになることをしないとね」


 僕はメディアちゃんに聴こえないように、小さな声で語り掛けました。

 メディアちゃんの頬を人差し指でつんつんします。


「また寝ちゃったのかな?」


 メディアちゃんは小さくあくびをして、僕の人差し指にかぶりつきました。


「うわぁっ! メディアちゃん!」


 甘噛みをやめて、身を起こすと、ジャンプして跳びついてきました。


「あっ、こずえちゃん、元気になったんだね! よかった!」

「ひえっ、メディアちゃん、舐めないで。舌がちょっとざらざらしてるよ!」

「あっ、ごめんね。ボク、つい嬉しくて」


 頬についたメディアちゃんの涎をハンカチで軽く拭きます。

 1階に下りて、メディアちゃんとキャンパスさんとの3人で改めて紅茶を呑み、ひと息つきます。部屋中にフルーツの甘い香りが広がりました。


「そういえば、こんなものを貰ったんだ」


 バスケットから一枚のA4用紙を取り出し、机の上に広げます。


「何これー! 何か書いてあるよ。こずえちゃん、読める?」

「真ん中の図は、街で見かけた大きな機械らしきものの設計図みたいです」


 メディアちゃんは紙に穴があくほど設計図とにらめっこします。


「まちで見たきかい? あっ、わかった! あのでっかいやつだね。あのきかいってやつ、穴があいてたよ。怪我してるのかな。助けてあげたほうがいい?」

「あはは……。メディアちゃん。機械は生き物とは違うよ。……たぶん」


「そっか。じゃあ、痛かったり、しんじゃったりしない?」

「さすがに、しないと思うよ?」

「そっか! なら安心だね」


 メディアちゃんが左右に揺れると、ふさふさした獣耳も左右に揺れました。


 キャンパスさんは両掌で頬杖をついて、僕たちのことをのんびりと観賞しています。僕はフルーティな紅茶を一口啜り、小さな湯気を口から吐き出しました。用紙を手に取り、小さな文字を解読しようとします。ところどころ専門用語が出てきますが、大体のことはわかりました。


 ディエスさんが言っていたことと照らし合わせると、僕は結構ピンチかもしれません。


「僕、どうなっちゃうのかな……」

「こずえちゃん、どうしたの? 元気ないよ? もうちょっと休む?」

「へ、平気だよ」

「そっか。でも、無理しないでね。……あっ!」


 メディアちゃんは首をもたげて、じっと用紙の裏を見つめています。


「メディアちゃん、どうしたの?」

「裏にも何か書いてあるよ!」

「裏?」


 用紙を裏返して、机に広げました。

 簡単な地図のようなものが描かれています。子どもの落書きみたいで可愛いです。


   *


「これはディエスさんが書いた地図……かな。たぶん、キャンパスさんの名前と似顔絵、ログハウスが書かれているところが、僕たちが今いる場所だと思うよ」


「こずえちゃん、すごいね。ボクにはわかんないや!」


「えへへ……、ありがとう。草地とメディアちゃんの絵、メディアちゃんの名前が書いてあるところが、僕たちがメディアちゃんと出会った草原かな。草原の反対側にあるのが、ディエスさんと出会った、まちだと思うよ。まだ行っていないのは、山と、海と、鉄塔のあるまち……かな。どこに行こう?」


「こずえちゃんのことを調べるには、ほかのまちにいってみようよ! あっ、でも、危ないかな……」

「僕は大丈夫だよ。じゃあ、まずは山を越えようか」


 僕が言い終わると、メディアちゃんのお腹がぐうと鳴りました。


   *


 僕はキャンパスさんのキッチンで見つけた食材を集めて料理をしています。


 僕とメディアちゃんは、キャンパスさんから借りたエプロン姿になりました。僕は白地に桃色、メディアちゃんは白地に橙色の交差した線の入ったエプロンをしています。色に合わせて、頭には三角巾をしています。


「メディアちゃんは、トマトを切ってくれるかな」

「わかった!」


 鍋にたくさんの水を入れて、パスタを茹でます。お水は中火で沸騰させ、途中で火を消して、5分ほど寝かせます。その間に、トマトを親指大に切って小さな鍋に入れていきます。中火でトマトを炒め、トマトソースをつくります。隠し味に昆布茶とオリーブオイルをトマトソースに加えます。


 茹で上がったパスタを麺の先がお皿から飛び出さないように盛り付けたら、トマトソースをパスタの真ん中にかけます。お好みでパルメザンチーズやモッツァレラチーズ、バジル、タバスコなどをかけたら、できあがりです!


「わーい、できた! なんだかおいしそう!」

「キャンパスさん、お待たせしました!」


 もくもくとした白い湯気とともにトマトの香りが広がっていきます。


「美味しそうな香りがするよぉ」


   *


「こうやって巻いて食べます」


 僕はパスタをフォークで巻いて、食べてみせます。


「前に練習したけど、難しいよぉ」


 キャンパスさんは、不慣れな手つきでパスタを巻いて食べています。


「こう?」


 メディアちゃんはパスタを巻いて、にぎりこぶし大にしてしまいました。


「あはは……。メディアちゃんの口には、ちょっと、大きすぎないかな……」

「そっか。むずかしいよー」


 僕がお手本を見せますが、メディアちゃんはフォークを回すのが苦手みたいです。なかなか巻けそうにないので、僕が食べさせてあげます。


 メディアちゃんは猫舌なので、息を吹きかけて、少し冷ましてからあげます。


「はい、どうぞ」

「むぐっ。おーいしー! さっすがこずえちゃんだね!」

「えへへ……、そうかなぁ」


 メディアちゃんの声がキャンパスさんのお店中に響き渡りました。

 ちょっぴり恥ずかしいです。


   *


 僕は、お皿とフォークを片付けて、洗い物を済ませました。


「はい。お友達に会ったら、みんなで食べてねぇ」


 キャンパスさんにりんごのお菓子をバスケット一杯にいただきました。


「ありがとうございます! お世話になりました」

「ありがとう、キャンパス!」


 僕はキャンパスさんにお辞儀します。右手で猫の手のポーズをしていたメディアちゃんも、僕に合わせてお辞儀しました。


「パスタ、おいしかったよぉ。またいつでも遊びに来てねぇ」


「うん。こずえちゃんの料理とキャンパスのお茶菓子、とーってもおいしかったよ。また作ってほしいな!」

「えへへ……。がんばるよ」


「またきてねぇ。まってるよぉ」

次回、第6話。

「やまこえたにこえ」


このあたりは、あなほりにちょうどいいかたさの地面だよ。

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