けいりゅう
「おさかなー!」
「まて、まてー!」
メディアさんは魚を追いかけて遊んでいます。水に濡れても、へっちゃらです。
僕たちは、岩だらけの渓流にやってきました。
「つかれたー!」
メディアさんはすぐにバテてしまうので、岩場で少し休憩します。
冷たい岩の上でうつ伏せになったメディアさんの隣に小さく腰を落とします。
「こずえちゃん、どこから来たかも覚えてないの?」
「はい。覚えていません……自分がどこから来たのか、どうやって暮らしてきたのか。よく、覚えてないんです」
「そっか。こずえちゃんのナワバリ、見つかるといいね!」
メディアさんは、ぶるぶると身体を震わせて、水飛沫を飛ばしました。
「でも、故郷……ナワバリを探し当てても、今の僕には何の思い出もありません。ですから、新しくナワバリと呼べるような場所を探したいと思います」
水面に映る僕の顔を覗き込みます。僕って、こんな顔をしていたんですね。
肩に届かないくらいの黒髪、黒目、細身で、大きな獣耳も角も見当たりません。ひまわりの花飾りがついた麦わら帽子を被り、衣服は上下探検服のようなものを着ています。麦藁帽子を外すと、結わえられた
黒髪が一本、小さな馬の尻尾のように、肩辺りまで伸びているのがわかります。頭を横にしてみると、白い簡素なリボンで留められているのが、ちらりと見えました。
もし、僕がヒトだとしたら、メディアさんによれば、仲間はみんないなくなったことになります。いなくなったということは、いなくなる理由があるはずです。メディアさんみたいに、食料がなくなってしまったから場所を移動しただけなのでしょうか。あるいは……絶滅してしまったのかもしれません。
僕って何なんでしょう……。
「じゃあ、ボクがこずえちゃんにとって楽しい思い出を作ってあげる!」
はじめて出会った獣耳の女の子は、僕に元気を与えてくれます。
よし。僕もメディアさんみたいに誰かを元気にできるようにしてみます。
「ありがとうございます、メディアちゃん」
大きな獣耳が、ぴん、と背伸びしました。
「やっとメディアちゃんって呼んでくれた!」
メディアちゃんが僕に跳びつくように力強く抱きついてきました。頬を摺り寄せてきます。大きくてふさふさした獣耳が僕の視界を覆いました。
「こずえちゃん、大好き!」
「メディアちゃん、強い!」
「あっ、ごめんね! つい嬉しくて!」
メディアちゃんが腕の力を緩めます。
僕が一息つくと、メディアちゃんは両手で猫の手のポーズをとりました。
「ボクね、とっても力持ちなんだよ。見ててね! うみゃ!」
メディアちゃんは身長と同じくらいの大岩を軽々と片手で持ち上げました。
右手を離してみたり、左手に持ち替えたりしてみせます。
「ひええっ、メディアちゃん、危ないよ!」
「平気、平気! 重たいものを持ち上げるの、得意だから!」
大岩を渓流に向けてポイと放り投げ、僕のところに駆け寄ってきます。
僕はいま、ちょっと困惑した笑顔を浮かべていると思います。
レモンを口にくわえたような感じです。
「メディアちゃん、とっても力持ちだね。僕には真似できそうにないや」
メディアちゃんは大岩をポイと放り投げ、僕のところに駆け寄ってきました。
「でも、こずえちゃんにも、すごいところがたくさんあるよ。だって、こずえちゃん、文字が読めるし、体力あるし、僕が知らないことをたくさん知ってるもん。こずえちゃんは、むずかしいことでも挑戦するがんばりやで、とーってもすごいよ!」
「あはは、そうかな……。メディアちゃんは、誰かを元気にするのがとっても得意だと思うよ」
「ありがとう、こずえちゃん!」
メディアちゃんは、にっこりと笑って、屈伸運動をはじめました。
「こずえちゃん、あそぼ!」
「ええっ。いいけど、何しようかな……」
僕は手ごろな平たい石を拾い上げて、川に向けて投げます。
石は水面を跳ねて、20くらいの波紋を作り出しました。
「えっ! どうやったのー!」
「石を投げて、水の輪っかをたくさん作って、遠くまで跳ねさせる遊びだよ」
「ボクもやるー! えーい!」
メディアちゃんはごつごつした岩を拾い上げて、水面に叩きつけました。
水しぶきが飛び散り、メディアちゃんにちょっぴりかかります。
「つめたっ! ……うまくいかないや!」
「もうちょっと平たくて、手のひらサイズの石を探してみて」
「うーんと……あったよ!」
「体勢を低くして、こんな感じで若干斜め上に投げると、よく跳ねると思うよ」
「わかった! てーい!」
メディアちゃんは僕の動きを真似て、小石を勢いよく投げました。川面にとんでいった小石は、渓流の上を越えて、対岸の岩にめりこみました。
小石が砕け散り、川面に波紋を作ります。
「ひえっ……。メディアちゃん、す、すごい力だね」
「あれー? うまくいかないや」
「メディアちゃん。もう少し低めに、力を抑えて投げてみようよ」
「よーし、もう一回!」
*
小石が水面を10回ほど跳ねて、対岸に届きます。
「メディアちゃん、上手!」
「やったー!」
僕が拍手すると、メディアちゃんは満足そうに微笑みました。
メディアちゃんは、再び屈伸運動をはじめます。
「おいっちに、さーんし」
ふと、獣耳がぴこぴこと動いて、メディアちゃんの屈伸が止まります。
「あっ、見て、こずえちゃん! クジャクがいるよ!」
「孔雀さん?」
「うん。飼育員さんにジャックって呼ばれているんだって」
「ジャックさん……。強そうな名前だね」
メディアちゃんが指差す方向を振り返ると、僕たちに向けて煌びやかな羽を広げる孔雀が立っていました。
「この子はこずえちゃん。えっ? まだヒトの子と決まったわけじゃないし、ヒトの子だからって怒ることないよ。もう、そんなに威嚇しなくても平気だってば!」
「えっと……。ごめんね。僕には、ジャックさんが何を言っているのかわからないけれど、メディアちゃんにはわかるのかな?」
獣耳が、ぴくぴく動きます。
「そっか。こずえちゃんは、獣人属とは違うみたい。だとしたら、ヒトの子か魔人属か、どっちかだと思うよ。でも、ヒトの子はいなくなっちゃったし、魔人属ななんてほとんど見ないし。うーん、わかんないや!」
僕は返答しかねて、「うぅ……」と呻るばかりです。
メディアちゃんは朗らかな笑みをたたえています。
「まあいっか。ジャックは、こずえちゃんのことをヒトの子だと思って警戒しているみたい。なんでも、昔、同じような服を着たヒトの子たちに、えっと……追い回されたことがあるからなんだって」
メディアちゃんの獣耳は、力なく、ぺたん、としています。
それからすぐに、ジャックさんのほうを向いて、ぴーんと鋭く伸びました。ちょっぴり怒っているみたいです。
「だから、平気だって。何もしないよ。こずえちゃんはジャックを食べたり、羽をむしったりしないよ! こずえちゃんは、とってもやさしい子なんだから!」
「あはは……。孔雀さん。僕は、そんな酷いことしませんよ」
……僕の言葉、通じているのでしょうか?
「ほらね。だから、安心して! ……え? それはもういいって? じゃあどうして威嚇しているの?」
何だかジャックさんが羽を見せびらかしているような気がしてきました。
「えっと……。ジャックさん、とても綺麗な羽で、格好いいです」
すると、ジャックさんは羽を閉じました。
「ええっ。褒めてもらいたかったの? えー、ごめんね?」
ジャックさんは満足そうに、林の中へと去っていきました。
次回、第4話。
「キャンパスさん」
なんか埋めたっけ?