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りんご

「もーるす! もーるす!」

   挿絵(By みてみん)

   イラスト:賀茂川家鴨

「えっと……メディア、さん?」

「なーに?」

「ここ、どこなんでしょうか?」

「ここは、そうげんだよ! 風が気持ちいいよ!」

「はあ、そうですか……」


 メディアさんは、そよ風を浴びて、うんと背伸びしています。

 これからどうしましょう……。


 僕が思案していると、メディアさんの獣耳がぴこぴこと跳ねました。


「あっ! こずえちゃん、わからないこと、たくさんあるでしょ? だから、案内してあげるよ。ボクに着いてきて!」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 行くあてもないので、メディアさんに着いていきます。


「ここは、ボクたちのナワバリだよ。それからー、ボクたち、いつもは木の上とか葉っぱの下とかで暮らしていたんだ。でも、最近、りんごが少なくなってきちゃって。僕たちを食べようとする、こわーいお化けも見かけるようになったし。気がついたらみんなどこかに行っちゃったんだ。みんな、新しいナワバリを探しに行ったのかも!」


 メディアさんは、元気よくスキップしながら進んでいきます。

 僕はメディアさんの獣耳の後ろを、とぼとぼとついていきます。


「えっと……。メディアさんは、りんごが好きなんですか?」

「うん。みずみずしくて、元気が出るりんごだよ。こずえちゃんも食べる?」


 メディアさんの言葉で、お腹がぺこぺこなことに気がつきました。

 自然とお腹を押さえてしまいます。


「僕……その……」


 僕が返事をする前に、メディアさんは木によじ登りました。ぴょん、と隣の木に跳び移り、また跳び移り。しばらくして、木の上から跳び降りてきました。


「あったよ! まだいくつか残ってた!」

「あ、ありがとうございます!」


 りんごを受け取ります。つるつるしていて、真っ赤なりんごです。

 表面を見て虫食い穴がないことを確認します。

 平らな岩の上にぺたりと座り、りんごにかぶりつこうとします。


「あ、食べる前に、りんごを持ったまま、ちょっと待ってね。うみゃ!」


 メディアさんがボクの持っているりんごを素早く引っかきます。


「ひええ……」

「でーきた。これなら食べやすいよ」


 りんごが綺麗な六等分になりました。ちょっと思考が追いつきません。


「は、はい、ありがとうございます」


 メディアさんが自分のりんごをスライスしているのを脇目に、りんごを一口頬張ります。瑞々しい甘味が口の中いっぱいに広がりました。


「どう? こずえちゃん。おいしい?」

「はい。甘酸っぱくて、くせになりそうです」

「よかった。こずえちゃん、ちょっと元気になったみたい」


 メディアさんはりんごをしゃくしゃくと食べ、飲み込んでは、しゃくしゃくと食べ、次々とりんごを胃袋に収めていきます。


「おいしかった!」


 メディアさんは、あっというまに、すべて食べ終えてしまいました。

 僕がなんとかりんごを食べ終えると、スクワットと横曲げの運動をかけ合わせたような不思議な体操をしていたメディアさんは、石の上でうつ伏せになり、うんと伸びました。


「いつもはもっとたくさん食べるんだけど、今日はあんまり、りんごがみつからないなあ。それとね、ときどき、たべものを持ってきてくれる、かたくて、すべすべした生き物がいるんだ。でも、こっちでは見かけなくなったなあ。キャンパスのところには来ているみたいだけど、どうしちゃったんだろう」


 かたくて、すべすべした生き物……機械のことでしょうか。

 メディアさんの細いお腹が、ぐう、と鳴ります。まだ食べ足りないみたいです。

 あの細いお腹の中のどこに、たくさんのりんごが入るのでしょうか。


「あの、メディアさんは、ねこさん……ですよね」

「みゃ? そういえば、ディエスから聴いたんだけど、ボクたちは猫の獣人で、猫獣人属っていうんだって」


 メディアさんは、右手で猫の手のポーズをとってみせます。「猫獣人属のあいさつだよ!」と付け加えました。僕もまねてみると、メディアさんは「わーい!」と叫んで、嬉しそうに、ふさふさの獣耳とふかふかの尻尾をぴんと立てました。


 ディエスさん、ですか。ヒトの名前でしょうか。


「メディアさんは、ねこさん……。ボクは何なんでしょう」

「う-んとね。えーと……うみゃ……わかんない!」

「あはは、ですよね……はぁ」


 一拍置いて、メディアさんの獣耳が、ぴん、と立ちました。


「あっ、そっか。キミは、大きな耳のないヒトのすがただから、ヒトの子だと思うよ? 僕は、大きな耳があるから、獣人属!」


「獣人属って、どんな種類があるんですか」

「えっとね。ボクみたいなネコの子の仲間のほかに、いろいろな子がいるよ。ボクが知ってるのは、ウシの子とか、リスの子とか、トリの子とかかな。あとは、ボクらを食べちゃおうとしてくるお化けとか、お化けが人型になった子とか、もともとこの世界にいたヒトの子とか……かな。ヒトの子は僕たちみたいに、みんなどこかへいっちゃったけどね。ほかにもあるのかな。よくわかんないや!」


 僕は目を瞬きました。メディアさんは地面の岩で爪とぎをしています。


「メディアさん、とっても詳しいですね」

「えへへ。昔、ディエスに教えてもらったんだ。むずかしかったら、ヒトの子とお化けの子以外は、最後に獣人属ってつけておけばいいって教えてもらったんだ。だから、牛獣人属とか、栗鼠獣人属とか、鳥獣人属になるのかな」


「よくわかりました。メディアさんって、とっても頭がいいんですね」

「えー、そうかな? ありがとう!」


 メディアさんの獣耳がぴこぴこと小さく跳ねました。


「その……ディエスさんは、どんな方なんですか?」

「えっとね。のんびり屋さんに見えて、物知りで優しいお姉さんなんだ。あと、最近は日向ぼっこをするのが大好きだって言ってた」


「そうですか。もしかしたら、ディエスさんに聴けば、僕のことが、わかるかもしれません」

「じゃあ、ディエスを探してみる? まちのほうにいると思うよ」

「街は、どちらの方角にありますか?」

「ほーがく? えっと……ごめんね。よくわかんない!」


「方角は、簡単にいえば、東西南北のことです。お日様がいちばん高くのぼるほうが南に当たります。南のほうを向いて、お日様の沈む、向かって右側が西です。お日様の昇る、向かって左側が東になります。南の反対側が北です」


「うーん……。難しくて、わかんない!」

「あはは……、そうですか。もうちょっとわかりやすい例を挙げますと、地図を見るといいと思います。普通、地図には方角が書かれていますから、コンパスを使わなくても、太陽の影の位置の差異から方角を調べれば、今、どちらの方角に進んでいるのかがわかるようになりますよ」


「地図ってなにー?」

「え、ええと……。地図は、地点や地名、地層、方角などが二次元上……紙などに記されたもののことです」

「へえー、そうなんだ!」


 メディアさんは、ひとしきり「うーん」と呻いてから立ち上がると、屈伸運動を始めました。獣耳がふわふわと揺れ動いています。


「えっと。ほーがくは、東西南北っていうのがあるんだね。お日様があるほうが……あれれ? お日様って、どこにあるときがいちばん高いの?」


「うぅ……、ごめんなさい、すぐにはわかりません。棒を地面に刺しておいて、日が昇る頃から、数時間おきに地面に印をつけてみてください。いちばん影が長く伸びたほうと反対の方向が、おおよそ南の方角になります……あれ? ここ、北半球なのかな……。そもそも地球なのかな……」


「ちきゅう……。きた……はんきゅー? なにそれー!」


「北半球は、太陽の通り道を基準にしたときの、地球の北半分のことです」

「うーん、難しいよ!」


「僕たちがいる地球は、ほとんど球状になっています。地球は太陽系のひとつで、太陽の周囲を回っています。惑星軌道を水平とすると、地球は少し斜めに傾いて自転しています。図にすると、こんな感じです」


 近くの木の棒を拾い上げて、だんごに串の刺さったような絵を砂上に描きます。


「こうやって地球をおよそ半分こして、太陽が僕たちから見て真上に来る赤道、太陽の通り道がここだとします。そして、こちら側が北半球とすると、もう半分が南半球になります」

「へー! そうなんだ! こずえちゃんは物知りなんだね!」

「えへへ、そうですか……?」


 メディアさんが、熱心に獣耳を傾けて聴いてくれています。


 方角、地図、半球、赤道など、漢字にふりがなを振って、メディアさんが納得するまで説明しました。

 東西南北の説明を復習すると、メディアちゃんの顔がずいと近づいてきました。


「こずえちゃん! どうすればほーがくがわかるの?」

「えっと……その……うぅ……」


 期待の眼差しが僕の心を直撃しました。尻尾が左右にゆっくりと揺れています。


「方位磁石があれば、方角がわかりますけど……うーん」


 ポーチを開くと、小さなコンパスを見つけました。どうしてこんなものが入っているのでしょうか。不思議に思いながら方位磁石のN極を北の印に合わせます。


「わかりました。こっちが南です」

「ええっ! やっぱり、こずえちゃんは、すごいや! なんでわかるの!?」

「あはは……。このコンパスのおかげです」


 メディアさんはコンパスを一瞥してから、僕の目を見つめて微笑みました。


「そうなんだ! こずえちゃんは、物知りなんだね! うーんと、南がこっちってことは……。まちって、どの、ほーがくにあるのかなー?」


「ええー。どうしましょう……。まちの方角がわからないと、どっちに進めばいいのかわかりませんよ……」


 コンパスをポーチの中にそっと戻します。

 僕が困り果てて呻くと、メディアちゃんはあたふたしました。


「あの、えっと、ごめんね。ボク、ほーがくは、難しくてわかんない。やっぱりこずえちゃんはすごいね! ボクなんかより、とっても詳しいよ!」

「僕が、ですか……?」

「うん! あのね。ボク、ほーがくは、わかんないけど、まちの場所なら、聴いたことがあるよ。まちは、この川を真っ直ぐいって、キャンパスのお店を超えた先にあるって、ディエスが言ってたんだ。あ、でも、危ないから近づかないほうがいいとも言ってたような」


「そうですか。……やっぱり、僕、足でまといみたいです……」

「ええっ、そんなことないよ! ほら、こずえちゃんは、とっても優しい子だよ!」

「メディアさん……」


 メディアさんのふっくらした尻尾が、左右にぱたぱたと揺れています。

 尻尾を目で追いかけていると、自然と心が和んで来ました。

 僕はおもむろに立ち上がり、メディアさんに一礼しました。


「親切に教えて下さってありがとうございました」

「えへへ、こちらこそ、教えてくれて、ありがとう!」


 メディアさんも真似してお辞儀してきました。

 そっと立ち去ろうとすると、メディアさんが先回りしてきて立ちふさがります。


「あ、待って、こずえちゃん」


 メディアさんは、ずい、と頬を寄せてきました。

 頬に吐息がかけられます。さっき食べていた、りんごの香りがしました。


「ボクが案内するよ!」

次回、第3話。

「けいりゅう」


さかながいっぱいいるらしいよ。


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