メディアちゃん
ディエスさんは首を傾げます。
「何か、変な音がしないか?」
硬い石が砕けるような音が響いてきます。
ふと、工場の屋根が砕け散りました。
はじめに見つけたときよりも一回り大きくなった怪物が、顔を覗かせます。
「出てきたよ! ええー、何で? でっかくなってる!」
メディアちゃんは、びっくりして飛び上がりました。
「えぇー……。しょうがない、岩を転がそう」
ディエスさんの長い黒髪が冷たい風に揺られました。
メディアちゃんは、ディエスさんとキャンパスさんを交互に見やります。
「……うん。みんな、お願い。こずえちゃんを、ボクと一緒に助けて。ボクの大切なお友達だから!」
「わかったよぉ。みんなー、岩を転がすよー!」
「はーい。いくよー!」
「枝の先を押せばいいの?」
「大岩、ごろごろー!」
キャンパスさんの号令を合図に、メディアちゃんやキャンパスさんを含めた猫耳さんたちは、てこの原理を用いて、一斉に岩を転がしました。
メディアちゃんの身長の倍くらいある、たくさんの大岩が、怪物目掛けて転がっていきます。
岩はだんだんと勢いを増していき、工場の壁を突き破り、怪物に直撃します。
怪物はたくさんの岩に呑まれて、どう、と倒れました。
けれど、すぐに起き上がり、のっしのっしと、こちらに向かって来ます。
怪物は、いままでよりも速い速度で、ぐいぐい迫ってきます。
「げっ。あいつ、こっちに来たぞ」
ディエスさんや猫耳さんたちの間に動揺が広がりました。
「ど、どうしよう? どうする?」
「岩でも倒せないみたいだよ……?」
「みんな、食べられちゃうの? おいしくないよー……」
「まあまあ、こんなときこそ、落ち着いていこうよぉ」
キャンパスさんは、猫耳さんに呼びかけます。
「何としても食い止めるよぉ!」
「おー!」
「がんばるー!」
キャンパスさんが声を上げると、猫耳さんたちは臨戦態勢をとります。
「ねえディエス、何とかならないの?」
「そうは言っても、もう岩はないし……」
ディエスさんは、すばやく頭を回転させますが、何も思いつきません。
「ひとまず、あの怪物を止めないとまずいと思う。そしたら、一斉に突撃しよう。無謀だけど、こずえを助けるなら、近づかないといけない」
「わかった。まずは、動きを止めるんだね。……うーん」
メディアちゃんは俯いて、思案します。
怪物は崖をまっすぐ上り始めていました。
「こずえちゃんがボクに教えてくれたこと……。あの工場からこずえちゃんを助け出せばいいんだよね……」
メディアちゃんはおもむろに、足元の小石を拾い上げます。
尻尾を膨らませて左右に振り、毛を立てて、怪物をにらみつけました。
「こずえちゃんを、返せっ!」
低い体勢から放たれた小石は、怪物の足のような部分を引き裂きます。
怪物は崖を転がり落ち、地面に頭をぶつけました。
ずん、と地響きが鳴り、土煙が舞い上がります。
「今だよ!」
「よーし、突撃!」
メディアちゃんとディエスさんのかけ声とともに、みんな一斉に怪物へと飛び掛りました。
猫耳さんたちは、鋭い爪で怪物の表面を細切れにしていきます。
麦藁帽子とポーチを身につけたメディアちゃんは、怪物に突進します。
「こずえちゃん、いま行くから、待ってて!」
メディアちゃんのひときわ力強い爪の一撃が、怪物の外皮を突き破りました。
そのまま、メディアちゃんは怪物の中へと入ってしまいます。
*
怪物の中は見た目よりも広く、六畳間ほどありました。
月明かりと猫耳達が表皮越しに透けて見えます。
何かに気づいて、メディアちゃんの耳が、ぴん、と立ちました。
「こずえちゃん! しっかり!」
メディアちゃんの夜目には、はっきりと映りました。
こずえちゃんは、倒れてぐったりしています。
メディアちゃんは駆け寄り、こずえちゃんを両手で抱えました。
そのままジャンプして、怪物から飛び出します。
*
「お待たせ!」
メディアちゃんの掛け声に、猫耳さんたちは歓声を上げます。
ディエスさんは、怪物の傷口が徐々に塞がっているのに気がつきました。
「やばい、いったん逃げるぞ!」
「みんなー、いったん離れるよぉ」
「はなれよー!」
「あぶないぞー!」
猫耳さんたちは、ぴょんぴょんと撤退し、メディアちゃんの周りに集まります。
「みんな避難したか?」
最後にディエスさんが怪物から目を離さずに身を引きます。
「……おろ?」
ディエスさんは、怪物の足のような部分だけ再生していないことを見逃しませんでした。目をこらしてみると、摩擦で焼け焦げた痕があります。
怪物はバランスが取れずに、身体を引きずっていました。
「もしかして、燃やせばいいのか?」
メディアちゃんの獣耳がぴん、と立ちます。
「燃やせばいいんだね!」
メディアちゃんはキャンパスさんにこずえちゃんの身体を預けました。
ぴょん、と高くジャンプして移動し、林に落ちている木の枝をかき集めていきます。茂みに生えている、つるを一本ひきちぎり、頭を使います。
「えっと……こうやって巻けばいいのかな?」
つるで乱雑に束ねた木の枝を携えたメディアちゃんは、猫耳さんたちの輪の中に降り立ちました。
メディアちゃんは、ポーチからマッチの箱を取り出します。
「こずえちゃん。マッチ、借りるね!」
メディアちゃんは、こずえちゃんに教わった通りに、火を点けました。
メディアちゃんの周りが仄かに照らされます。
ディエスさんとキャンパスさんを除いた周囲の猫耳さんたちは、びっくりして、後ずさりしました。
メディアちゃんは獣耳を震わせながら、火種を束ねた木の枝に移します。
やがて、ひときわ大きな炎と煙が立ち上りました。
メディアちゃんは燃え盛る木の枝を一本拾い上げます。
「ちょっと、かわいそうだけど……みゃーっ!」
メディアちゃんが投げた燃える枝木は、怪物に当たると、怪物の全身まで大きく燃え広がりました。
みなさんは、怪物が炎の心地よい音とともに焼失するのを見届けます。
やがて、怪物とともに炎が消え、静かな時間が流れていきます。
「こずえちゃん……」
メディアちゃんは、こずえちゃんに抱きつきます。獣耳を震わせ、熱いものをぽろぽろと伝わせていました。こずえちゃんは目を閉じたまま動きません。
「こずえちゃん、起きて……。しんじゃ、やだよ……」
猫耳さんたちの耳も、メディアちゃんに合わせて、しょんぼりしてしまいました。「みゃ……」と、何か言いかけては、口を閉ざしてしまいます。
キャンパスさんは、メディアちゃんの頭をそっと撫でました。
「……きっと、だいじょうぶだよぉ」
「……うん」
けれど、言葉とは裏腹に、メディアちゃんが目を何度拭っても、熱いものは、ぽろぽろと流れ出てきます。
「……元気、出さなきゃ、いけないのに」
メディアちゃんの獣耳には、海の静寂な波音が、やけに大きく聴こえてきました。
*
ディエスさんは、じっと海の向こうを見つめています。
朝日が昇り始める頃でした。
「あれ、ニジイロチョウじゃないか?」
猫耳さんたちの視線が、海の向こうに引き寄せられました。
七色の羽を羽ばたかせる、クジャクさんの3倍くらいの大きさのニジイロチョウは、メディアちゃんの頭上を舞いました。
うずくまるメディアちゃんの頭上に、虹色の羽が煌めきます。
僕は、急に呼吸が楽になって、ぱちくりと瞬きしました。
メディアちゃんにぎゅっと抱きしめられています。
「メディアちゃん……く、くるしいよ。……でも、ありがとう」
「こずえちゃん? こずえちゃん!」
メディアちゃんから零れ落ちる熱い雫を、親指の原でふき取りました。でも、とめどなく溢れる言葉にならない言葉たちは、水滴となって、僕の頬を濡らしていきます。
*
僕とメディアちゃんは新しいナワバリ……木造の家を草原に建てました。メディアちゃんが木を運んできて、僕の言ったところに置いていきます。家を建てるのはとっても大変でしたけれど、お友達のみなさんが手伝ってくれました。
ディエスさんが設計図を手直ししてくれたり、リコリスさんが基礎をつくってくれたりしました。それから、キャンパスさんがお茶を淹れてくれたり、猫耳さんたちがメディアちゃんと一緒に家を組み立ててくれたりしました。
家が完成した後は、みんなでかけっこや水切りで遊んだり、僕とキャンパスさんで新しいお料理を披露したりしました。
メディアちゃんは、スプーンやフォーク、お箸の持ち方をお勉強中です。お箸はちょっと難しいみたいですけど、スプーンとフォークの扱いはだんだん上手になりました。今度、お料理のつくりかたも教えてあげるね。
それから、キャンパスさんのところで、猫耳さんたちを交えてお茶菓子をいただいたり、リコリスさんと木の実狩りをしたりしました、
ディエスさんは、まちを転々として、研究に没頭しているみたいです。ときどきキャンパスさんのところに遊びに来ます。
ボクには、思い出せないことが、まだ、たくさんあります。
でも、いまの僕には、過去の記憶よりも大事なものができました。
だから、メディアちゃんやみなさんと楽しい思い出を作りながら、ゆっくりと思い出すことにします。
こうして、僕は、メディアちゃんと一緒に楽しく暮らしました。
「こずえちゃん!」
ばん、と木造のドアが開かれます。
「ひえっ、びっくりした。……メディアちゃん?」
メディアちゃんは僕の右手首に尻尾を巻きつけてきました。
「今日は何して遊ぼっか? それとも、また探検する?」
「えへへ、じゃあ……」
次回、おまけ。
「あとがき」
おーい、落とし穴掘ったぞー!
……あれ、もう終わった?