混沌たる世界で踊る魔狼と少女
混沌たる世界。
その星は巨大で確認されている国は数百を超えており、この星の名前は統一されていない。
三つの大陸があり、その一つであるアガルタ大陸だけでも大小100以上の国が存在する。
ヌヴェール王国――とある辺境の村
サリオン連邦軍の指揮官が右手を上げる。
「突撃!村人は皆殺しにしろー」この隊の指揮官であるアイル大尉が叫ぶ。
「ああぁ・・やめてっ、やめてっ」
母子が泣き叫び、一人二人と切り捨てられて行く。
村の自警団の男たちは応戦するが突然の奇襲に混乱し統率も取れない。
王国の騎士団は他の地域に戦力を割かれてこの村には居ない――村は成すすべもなかった。
村長の首が飛ばされるのを目撃した村の自警団の青年は「村長ー!」と思わず叫んだが、近づいてくる敵兵の影が横から剣で薙ぎ払うと青年の首も呆気なく飛んだ。
まさに地獄絵図だ。
「大尉、村の制圧はほぼ完了しました。村にヌヴェールの兵が居なくて楽でしたね。あ、それから村長らしき屋敷にこんな旗がありましたがヌヴェール王国の物でしょうか?」
部下の手にある旗を見ると天秤の紋章が描かれていた。
アイル大尉はどこかで見た事があるような気がしたが思い出せない。
「分からんな、情報部へ回しておけ。どこかの組織の可能性もある」
「了解です」
部下の報告を聞くと残りの村人の討ち漏らしがないか確認し指示を出す、昇進のかかった作戦だけに入念に抜かりなく実行する。
(この村に拠点を作ればヌヴェールへの進行も楽になるな)
大尉が物思いの耽っていると部下たちの怒号や悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃッ」「対魔障壁が効かない…」「嘘だろ」
「来るなッ頼む!見逃してくれ」「おいおい…冗談じゃねーぞ…」
大尉の側近が必死の形相で駆けてきた。
「大変です!ハァハァハァッ、人狼が出ました」
「何人だ?」
「1人です、ですがッですがッ」
部下が叫びながら混乱している様子に大尉は安堵した。
人狼――この世界には多種多様な人間、生物がいる。
人間の他にも獣人、エルフ、ドワーフ、吸血鬼、魔人、竜人、天人、魔王に勇者等など。
この世界の半分は人間だが半分は他種族であり人間だけの国の方が珍しい、サリオン連邦にも獣人やエルフやドワーフもいるし人狼も数は少ないがいる。
人狼は獣人に分類されるが強さが頭一つ抜けているので人間は区分している事が多い。
確かに人間に比べれば圧倒的に強い人狼だが、相手が1人であれば10人も居れば制圧出来る。
人狼は集団を好み1人は珍しい、はぐれの旅人かなにかだろう。
情報が漏れないように運が無かったと思って死んで貰おう、こちらには100人からの兵がいるのだ。
(はぁ、軍人の癖に何をそんなに焦っているのか)
そんな事を思案しながらも、余りの部下の必死さに呆れた顔で部下を見たが次の言葉で豹変した。
「魔狼だと思われます至急退避命令を」
「なんだと?!馬鹿な事…」
「対魔障壁が全く意味を成さず、その場に居た30人程の兵士が一瞬で殺されましたッ早く…早く退避命令を!!」
魔狼――強さを追い求めた人狼の成れの果て。
数百年に一度突然変異のように生まれる化物、真祖の吸血鬼と対を成す闇夜の超越者。
魔狼と事を構えるならサリオン連邦軍の全戦力を投入しないとならないだろう、そんな馬鹿げた存在とこの辺境の村で出くわすなど大尉にとっては青天の霹靂だった。
「有り得ん、この作戦はどうなる?」
ここに拠点を作り、昇進するハズだった目論見が一瞬で頓挫する可能性があるのだ。
「そんな事を言ってる場合ですか全滅しますよ!」部下も必死だ。
こんな場所で死ぬなどゴメンだろう。
暴れる大尉を引きずりながら村を出ようとしたが――
「うッ・・ぁぁぁぁぁぁ」大尉の首は既に無かった。
その日、サリオン連邦軍のウーイ村掃討作戦部隊は一瞬で全滅した。
∞ ∞
ウーイ村――
死体だらけの辺境の村に佇む2メートルを超える大柄な男と、しゃがみこみ泣いている10歳くらいの人間の少女。
奇妙な二人だが何がどうなっているのか男の方は参っていた。
偶々通りがかった村で戦闘に巻き込まれ思わず皆殺しにしてしまったのだ…少女は村の子供なのだろう。
男は少女に声を掛ける。
「おい、何があった?」
「…」
「もう誰も居らん、敵は…村の人々も死んでるがな」
少女は顔を上げ、声のする方へ見ると大柄な人狼が居た。
少女は「ヒッ」思わず声を上げるが、男は片手を少女の方へ突き出して落ち着けというジェスチャーを取る。
「俺は敵ではない。偶々、村を通りかかっただけだ。」
襲って来た謎の敵は殺してしまったが…と肩を竦める。
「パパもママも…村長もアーちゃんも殺されて…グズッ…村のみんなも…怖くて走って家に逃げて…」
「分かった、分かったから泣くな。死体を片付けるからお前の両親も埋めてやろう」
少女の話ではこの国の兵ではない、何処かの国の兵士が急に来て村人を殺していったと言う。
それから死んだ村人達を穴に埋葬し、簡単な墓を立ててやり敵兵は一つに纏めて魔法で消し炭にしておいた。
一息ついた処で少女に尋ねる。
「これからお前はどうするんだ?こんな場所に一人で居たら一日も立たずに攫われるぞ」
「わかんない…村長が困った事があれば最後の大森林に行けって口癖のようにいつもみんなに言ってたけど場所もわかんない…」
「最後の大森林?聞いたこともないな」
「…」
少女はしゃがみこみ顔を膝に埋めている。
はぁ…人狼は途方に暮れていた、暗くなった空を見上げ星を眺める…仕方がない。
転がって居た兵士の兜を手にとり
「おい娘、その大森林までは連れていってやる。ただし場所が分からんから途中寄り道するがいいか?少し長い旅になるかもしれんぞ」
少女は顔を上げ最後の希望に縋るような顔で答える。
「本当?おじさん?」
「おじ…ああ、荷物を纏めろ。直ぐ出る」
「ありがとう…でもこれからどこにいくの?」
「吸血鬼の国だ」
「え?」
少女は顔面蒼白で後ずさる。
「何も食ったりせん、知り合いが居てな大森林とやらの場所を聞くだけだ。吸血鬼と言っても俺や人間と変わらん」
人狼が「俺や人間」と言ってるが説得力が全くない、一瞬で100人を殺した化物なのだ。
「そ…そうなの?」
「あぁ、奴らは血を吸って生きてるが人間の血に拘ってる訳ではない、その辺りにいる魔物の血でもいいんだからな」
支度を終えた少女は家の入口で立ったまま動こうとしない、どうしたのか聞こうとすると少女が小さな声で呟いた。
「疲れて歩けない」
確かに今まで穴を掘ったり死体を片付けたりしてスッカリ夜だ、人間の10歳程度の少女は疲れ果てて寝る時間だろう。
夜行性の人狼とは違うのだ。
仕方がない…
「荷物を貸せ、それからお前も抱えてやるから寝ていろ」
「いいの?」
荷物と少女を抱えて人狼は走り出した。
「うわぁ速い速いー馬より速い」
余りのスピードにやたらとテンションが高くなった少女。
色々な事が有り過ぎておかしくなっているのだろう。
暫くすると、はしゃいでいた声が静かになった。
眠ったようだ。
それでも人狼は駆ける、闇夜の中こそ本能が冴え渡る。
あっと言う間に一国を通り抜け、気がつけば朝日が出る時間まで走っていたが疲れた様子は全くない、もう直ぐ吸血鬼の国だ。
平原と森の狭間の街道脇で止まり荷物と少女を下ろし寝かせると、薪を集め火をおこし近くにいた兎を2匹捕まえて爪で綺麗に捌く。
そんな事をしているといつの間にか少女が目を覚ましていた。
「飯の時間だ。お前は生で食えるか?」
少女の腹がぐううと鳴った。
首を左右に振り
「生はおなか壊すよ」
「焼いたのもある。これなら食えるだろう」
焼いた兎を手渡す、丁寧に捌かれて丸焼きにされたその兎を見るだけで涎れが出てくる。
少女は手に取りカブりついた。
「おいしい!初めて丸焼きなんて食べたよ」
「生が美味いんだがな」
「そういえばここはどこ?」
「お前の村の国から1つ越えた国だ」
そんな雑談をしながら少女は聞く。
「吸血鬼の国ってとおいの?」
「いや直ぐソコだ、今日には着くだろう」
「え?こんな近くに?」
少女はビックリした顔で聞き返した。
無理もない、自分の住んでいた国から然程離れていない場所に吸血鬼の国があるなど知らなかったのだ。
∞ ∞
ロレーヌ王国――そこは吸血鬼の国。
その国は絶えず霧が掛かっており陰気な感じのする国だ。
しかし街に入ると建築物は城下町ですら全てゴシック調で作られており深い芸術性があるのが分かる。
肉体は遥かに人間や獣人に比べても凌駕している吸血鬼だが実は知的でクールだ、無駄な争いはせず敵意が無ければ襲ってきたりもしない芸術を愛する種族なのである。
うわぁ…石畳を歩きながら村住まいだった少女は感嘆な声を上げた。
「まるで物語に出てくる街みたい」
少女の目には全てが珍しく映った。
人狼に手を引かれキョロキョロと周りを見ながら歩いていると「おい、そこで止まれ」と声がかかった。
後ろから5人の黒い軍服を来た吸血鬼の兵士らしき者達が駆けつけてきた。
大柄な人狼と小さな人間の少女の組み合わせは傍から見れば奇妙なのだから必然だった。
「お前は人狼だろ?なぜ人間の娘と一緒にいる?どこで攫った?」
少女は咄嗟に人狼の後ろにしがみつき隠れた。
兵士たちは勘違いしているが人狼にとってはいつもの事なので慣れた様子だ、憤慨する事もなく素直に答える。
「この娘の村が襲われてその生き残りだ。保護してとある場所へ連れて行く途中なのだが場所が分からんからニコラエに聞きに来ただけだ。争う気などない」
「貴様!それは王の名前だ、分かってるのか?」
「そうだ、ここの王に会いに来た。魔狼のガイルが来たと伝えてくれれば分かる」
「魔…魔狼だと!?」
吸血鬼の兵達は魔狼だと名乗る男の話を聞いて後ずさりする。
いくら屈強な吸血鬼の肉体でも相手が魔狼ではひとたまりもない。
「わ、分かった…そこで待て確認する。決して暴れるなよ」
黒い軍服の兵士は怯えながら懐から魔道具らしきものを取り出し何やら話しだした。
「あれはなに?」少女は珍しそうに見ながら人狼へ聞くと、人狼は「遠くにいる人と通話する魔道具だ」と答える。
通信用魔道具――本来吸血鬼同士は念話が出来るが距離が限られる、それをより遠くへ出来るように開発した物で、更に応用し人族等にも使えるように適応させたものだ。
まだ一般的ではないが各国の重要人物や大手の商人等の間で使われている、この国は通信魔道具を特産とし各国へ出荷している。
そんなやり取りをしていると兵士から声が掛かった。
「確認が取れた、私が城まで案内するがくれぐれも暴れるなよ」
何度も暴れるなよと念を押し兵士が先頭を歩き、その後ろを魔狼と少女は付いていく。
暫く歩いて下町を抜けると巨大な城が姿を現した。
少女は余りの迫力に呆気にとられる、村で育った少女は城を見るのは初めてなのだ、白銀の巨城の門がギギギと音を立てて開いた。
門を通り、左右には金に変えると途方もない程の調度品が飾らえている。
長い廊下をカツカツと歩きながら突き辺りの扉が開くとそこは謁見の間のような場所だった。
「久しいなガイル、その娘はなんだ?人攫いでもはじめたのか?」
声の主は謁見の間の真ん中にある芸術の極地のような椅子に座っている男だ。
ロレーヌ王国の王にして真祖の吸血鬼である男、それがニコラエ・ル・ロレーヌ。
その隣には執事のような老人と切れ長の目をした青年が立っている。
「10年ぶりか、ニコラエ。相変わらず陰気な国だなココは。」
「無礼だぞガイル!」
お互いに軽口を叩き合っていると、隣に立っていた執事のような老人が怒りを顕に叫ぶ。
「お前も変わらんなリッカルド」
「ふんっ」
魔狼のガイルがそう返事を返すと鼻息を荒くしそっぽを向いた。
このリッカルドなる老人はこの国の公爵で宰相、つまり国王ニコラエの側近且つ言わば爺的な存在だ。
ガイルとニコラエは喧嘩友達と謳ってるいるが真祖の吸血鬼と魔狼が喧嘩をしたら地形が変わるだろう。
爺の立場でそんな二人を知っていてニコラエを誑かすガイルを快く思っていない様子だ。
「話が逸れたな、聞きたい事があって訪れたんだが大森林と言う場所を探してるのだが知らないか?」
「最後の大森林の事か?」
老人のリッカルドが思わず聞き返す。
「知ってるのか?」場所が分かれば直ぐ向かうんだがと言いかけ――「知っているが死ぬ気か?」とニコラエから返ってきた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ、あんな恐ろしい場所へ行くのは頭のおかしな奴か自殺願望者だけだ」
「吸血鬼の真祖たるお前に恐ろしい物等あるのか?」
「鉄仮面が居る」
鉄仮面と聞いて魔狼は驚愕の表情をした。
「なんだと!?50年前に姿を晦ましたと聞くが死んだのではないのか?」
「奴が死ぬわけがなかろう、お前のような脳筋共の親玉のような奴だぞ」
「脳筋だと…しかしこの娘の希望だから聞かないわけにはイカン」
ニコラエはガイルの後ろに隠れている娘を見た。
相変わらず難儀な性格だなと思いながら娘に問う。
「娘よ、名前はなんと申す?」
「み、ミーシャです」
「ではミーシャ、何故大森林に行く?」
「は、はい…村が無くなって…村長が困った事があれば大森林に行けといつも言ってたんです」
なるほど。ニコラエは暫く考え、その村長は大帝国の事を知ってたようだと結論付ける。
確かに荒くれ者にとっては地獄のような場所だが逆にあそこ程安全な場所もないだろう。
「そうか。場所はここから東へ2つ程国を跨いだ場所にある、大森林が覆っているから直ぐ分かる」
「東か」
「大森林の中には大帝国があるんだがそこへ行けば保護してもらえるだろう」
「大帝国?」
「そうだ、そこに鉄仮面もいるが…」
「鉄仮面の国か?」
「いや違う、皇帝は別にいて鉄仮面はそこの側近のような立場のようだが詳しくは知らん。皇帝は話が分かる方だから問題ないだろうが…」
これを持っていけとニコラエは石を2つガイルに投げた。
「なんだこれは」
ガイルが受け取った石を見るとキラキラ光っている。
「移転用の石鍵だ、街を出た所に移転石があっただろう?1つは大森林への移転方陣が組み込まれていて唱えると大森林まで飛べる。もう1つは森林から大帝国まで飛べる石だ」
「助かる、では行こうか」
さっさと謁見の間を後にする魔狼と娘、魔狼は少女の手を握り出口の方へ歩いて行く。
相変わらずの突発的な行動にその後ろ姿を眺めながらニコラエは思う、本当に難儀な男だなと。
ニコラエは大森林の会話で思い出したのか、ふと鉄仮面に追い回された記憶がよみがえり顔を顰める。
「どうされました?」
と隣に立っていた切れ長の目を持った吸血鬼。
この青年はこの国の近衛騎士団の長である。
「少し鉄仮面の忌まわしき記憶が脳裏を掠めただけだ」
「ああ…」
青年は納得し、爺は顔を顰めて、あのような場所でお戯れをするからとブツブツ小言が始まった。
「爺、ワインを持ってきてくれ。上等なのを頼む」
リッカルドは「畏まりました」とその場を後にした。
∞ ∞
最後の大森林――
移転でここまで飛んできた魔狼と少女の二人は森の前で佇んでいた。
魔狼はもう1つの移転用の石を片手に吸血鬼の王ニコラエが、大帝国なる国に鉄仮面がいる事を言ってたのを思い出し躊躇する。
鉄仮面の噂はこの数百年でいろいろ耳にしていた。
当時、大陸に3割もの信徒を持つ言われたマルス教会の聖騎士団の団長で戦闘は苛烈を極め、悪党ならまだしも時の英雄や勇者さえも殺して回ったという悪魔のような人物だ。
この世界では英雄や勇者と言っても必ずしも善人な訳ではない、その国にとっての英雄であったり勇者なだけであるがそのような称号を持つものを殺すなど外聞は良くないだろう。
「どーしたの?」
「いや何でもない。行くか」
少女から声をかけられ我にかえる。
出来れば会いたくはないが何とかなるだろう、そう決意し移転石を使うと一瞬で大帝国の街の前まで飛んだ。
テロッサ大帝国――
うわぁ…少女は声にした。
正面には巨大な街だ、後ろを見ると何処までも大平原が広がっている。
魔狼であるガイルも目を見開いた、大森林の中にこのような大帝国が有るなど信じられないのだ。
「凄い場所があったものだな」
街の門前で360度見渡しながらクルクル回る少女に感嘆な言葉を返す魔狼。
と、そこへ門番のような若者が訪ねてきた。
「どうしました?」
若者は丁寧な言葉で事情を聞く。
「この国に用があるのはこの娘だ、何者かに住んでた村を襲われて生き残ってたのを保護して連れてきた。出来ればこの国に住まわせて欲しい」
「なる程、孤児ですね。勿論この国はそういった保護もしておりますし大人になるまで勉学等も教えていますから――」
そこへズシズシと何者かが大股で歩いてきた。
魔狼よりは小さいがそれでも人間にしては大柄な人物、背中に天秤の紋章が描かれた白い外套を纏っている。
一瞬で鉄仮面だと分かった、鉄の仮面を付けているので当然だが、そんな物がなくても魔狼の自分を凌駕する程の圧倒的な力の気配が漂っている。
「えっ?イ…イザベラ様?何故このような場所に」
「貴様か!ふむ。ふむふむ!」
鉄仮面は一人で納得しふむふむと頷いている。
「あ、あの…イザベラ様」
「む。貴様!魔狼ではないか?どうりでここ数十年でも居ない骨のある輩がこの国に来たと思ったが、ふむふむ」
「え?魔…魔狼?」
鉄仮面の魔狼という言葉に門番の若者は目を剥いた。
「争いに来た訳ではない、この娘をこの国で保護して貰いたいとお願いしに来ただけだ」
それを聞いてふぅと一安心した顔の門番。
「なんだと!!決闘をしに来たのではないのか?勝負はしないのか?」
鉄仮面は地団駄を踏んで喚き散らしている。
地団駄を踏む人間など初めて見た魔狼と少女は呆気に取られた。
魔狼は「お前のような脳筋共の親玉」というニコラエの言葉を思い出して、こんな脳筋と一緒にされた事に憤慨していた。
「と、兎に角この娘の保護を頼む」
「よかろう。貴様のような男は久々なのでなつい取り乱してしまったようだ、陛下に叱られる」
平常心に戻った鉄仮面は仮面を外し舌なめずりをしながら人狼に手を差し出しす。
仮面を外したその人物を見て魔狼は驚愕した、鉄仮面は女だったのだ。
一見人間のように見えるが何処か違う、エルフに似た雰囲気もあるがエルフとも違う。
魔狼は鉄仮面の手を取り握手をしながら「お、お前が鉄仮面か?」と問うと――
「その名は嫌いだ!私にはイザベラと言う名前があるのだ!」
鉄仮面はそう言いながら握手した手に力を入ると、魔狼の岩を殴っても壊れない強靭な手の骨がギシギシと軋む。
ただの握手でこの力である、余りの激痛に魔狼の顔も歪む。
「わ、分かった。分かったから手を離してくれ」
「よかろう!この娘の事は私に任せろ、例え神の攻撃でさえも守ってやろうではないか。ハッハッハ」
魔狼は思う、この女は頭がおかしい。
数々の噂は聞いていたが一瞬で理解した、会話が成り立たないのだ。
このような真性の化物がいる国に預けるのは果たして大丈夫なのか?不安になるが隣にいる好青年を見て考え直す。
魔狼は思い出したように村で回収した兵士が着けていた兜を取り出して門番の青年に尋ねる。
「この兜にある紋章はどこか分かるか?村を襲った兵士が身につけていた物だ」
「確かサリオン連邦とか言う新興国家の紋章だったような」
「何!!この娘の敵か?!それは神罰を下してやらんとな、私が直々に天誅を食らわしてやろう」
相変わらず鉄仮面は一人で盛り上がっている。
魔狼はもうこの鉄仮面に全てを任せようと思った、鉄仮面が暴れればサリオン連邦とやらはこの世から消え去るのだろう。
国が消えようが知ったことではない、それよりも長居してこの女がいつ無茶を言い出すかの不安の方が大きい。
兎に角この鉄仮面から逃げ出したい気持ちになっていた。
「分かった、帰りはどうやって帰ればいいんだ?」
「これを使ってください、森の前に出ますよ」
門番の青年は石を魔狼に渡す。
「では、頼んだ。俺はもう出ていくが達者でな」
「おじさん…行っちゃうの?」
少女は涙目で魔狼を見る。
両親や村の人々が殺され知らない国へ来たのだ、この数日とは言え安心出来る魔狼の存在は少女の中で大きかったのだろう。
「また来る」
「本当?絶対だよ」
「ああ、必ずな」
「ありがとう…ガイルおじさん」
魔狼は少女の笑顔を見て移転の石を使い消えていった。
∞ ∞
大森林の入口――
大帝国から大森林の入口まで移転してきた魔狼。
さてこれから何処へ行くか。
「お前が今代の魔狼か」
魔狼は声が掛かった方へ振り向いて思わず尻餅をついた。
凄まじい覇気の女がそこにいた。
「…貴方は?」
「妾はテロッサ大帝国の皇帝アレクサンドラ・フォル・ テロッサである」
魔狼は冷や汗をかいていた、鉄仮面が可愛いと思える程の圧倒的な存在がそこにいたのだ。
種族は不明だ。
「イザベラから聞いたが中々骨のある男よ、その気概あっぱれ。褒美にこれをやろう」
そう言って皇帝アレクサンドラは黒い布らしきものと石を投げ渡した。
受け取った魔狼は聞く。
「これは?」
「大帝国への移転の石とマントだ。そのマントを着ていれば大帝国では顔パスだ。たまには連れてきた娘とやらに顔を出すがよい」
魔狼が布らしきものを広げると黒いマント、背中には天秤の紋章が描かれてある。
羽織ってみると着心地はよく邪魔にもならないようだ。
「中々似合っているではないか。かっかっか」
皇帝アレクサンドラは変な笑い方をしながら消えていった。
恐ろしいお方だ…皇帝の覇気に当てられ足が震えている事に気づく。
魔狼も気を取り直しマントを閃かせながら西へと歩きだした。