大事なものはココロ
「いざこうして来てみると、緊張するな」
もう少し期間が開くかと思ったのだが以外にも早く、その週の週末にはご挨拶に伺うことが出来た。
学院の制服を着て、用意した菓子折りを持って徒歩でここまで来た。以前の事件のこともあって何度か来てはいるが、状況はあの時とは違えゆえすごい緊張する。
「とにかく。失礼の無いように……」
門の前で一度深呼吸してから、インターホンを押した。
「すみません。黒宮蓮と申します。本日は……」
「お帰り願おうか」
「え、えぇと……」
ご挨拶しようと参ったら、いきなりこれだぞおい。紅葉からはこの日に来て欲しいってことは言われてるから、日にちは間違えてないと思うんだが。
念のスマホで今日の日付を確認してみるが、日を間違えたわけでは無さそうだ。まさかと思うが、もう既に向こうの奴らが手を打っているとかか?
「あの……先日お宅の娘さんを通して、ご挨拶にお伺いさせて頂きたいと」
「紅葉がか!」
あれ? なんか聞き覚えのある声のような。
「それだったら……あべぐぅ?!」
何事だ? インターホン越しに、なんか騒ぎってか乱闘が起こってるのだが。
「おい何をする紅葉! お兄様は今重要なお取り込みの最中で……」
「それを余計なことだって言ってんの。このバカお兄様!!」
「おい待て!? 屋敷の中でそれはやめろ!」
「うるさい!」
「……」
今度は男の悲鳴が聞こえた。こればかりはインターホンなしでも分かるくらいに。唖然として待っていると、今度は彼女の声が。
「ごめん蓮君! 今迎えの人を回すからそこで待ってて!」
「あ、あぁ。わかった……」
さっきのは、聞かなかったことにしておこう。
その後は紅葉に言われた通り、その迎えと思しきスーツを着た二人の男性がやって来た。
「ようこそおいでくださいました。黒宮様」
「先程は柊平様が何やら御無礼をなさったそうで、申し訳ございません」
「いえ。お気に、なさらず」
俺自身、あの人には気に入られてないことについては黙っておくことにした。
「旦那様のところにご案内致します。こちらへどうぞ」
屋敷内をしばらく歩いたところで二人の男性は止まった。向きを変え、襖に向かって言った。
「失礼します。黒宮蓮様をお連れ致しました」
その襖を開けた先の和室には、和服を着た威厳のある男性。そしてその横には紅葉が正座で座っていた。
案内してくれた男性の一人に、持ってきた菓子折りを渡して、一礼してからその部屋に入る。
「初めまして。紅葉の父親の崎田桐真という」
「は、初めまして。お父様。黒宮蓮と申します。本日は私の急な申し出を受けていただき、ありがとうございます」
「気持ちは分かるがそうかしこまりすぎんでくれ。こちらとしても話しづらい。ひとまず座りたまえ」
「は、はい! 失礼、します」
「紅葉からも、時折君のことは聞いているよ。色々と世話になっているようで」
その後は世間話も交えつつ紅葉のお父様と話をした。しばらくして、どうしても聞いておきたいことがあったので、覚悟を決めて聞いた。
「あの。気を害するようでしたら申し訳ないのですが、先日あったお見合いの件についてお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何、気にする必要は無い。遠慮なく聞いてくれ」
「ありがとうございます」
正座のまま一礼して、改めて伺った。
「この件については、紅葉から事情を聞きました。芝本家のほうから縁談の話が来たと。紅葉は受ける気はないとおっしゃっていたとのことなのですが、それについてお父様はどうお考えなのでしょうか?」
「……」
使用人の出してくれたお茶を一口すすってから、紅葉のお父様はこう言った。
「あの話が来た時、最初は私の方から紅葉にこの件を言い渡したのだが、受けるかと聞いたら、即決で見合いはしないと言ってな。理由を聞いたら、もう付き合っている彼氏がいるからと。その後紅葉は嬉しそうに君のことを話すものでね。しっかり者で、他人に優しいと。執行班の方でも、何度も助けてもらったと。それ聞いて私は安心したよ。それもあって私は彼女の意見を尊重した」
「しかし、崎田家としての事情もあるのでは?」
一度呼吸を挟んでから質問をつづけた。
「崎田家は歴史ある名家だとお聞きしております。そういった家庭となると、付き合いや今後の将来というのには、色々と難しい事情も絡んでくるのではないかと思いまして」
俺の質問をお父様は黙って聞いていた。また少し考えこんだ後、向こうからも質問をされた。
「こちらからもひとつ聞いて良いだろうか」
「はい。なんでしょうか」
「君の御両親は、どういう仕事をしているのかね?」
いきなりこういうことを聞かれると、正直なところ困惑している。やっぱり家柄なんかは気にしているのだろうか。
「えっと、母は専業主婦で、父は能力研究所の研究員をしておりました。ですが、昨年の事件の際に、両親を亡くしてしまっています。今はこちらに住んでいる祖父母のもとで、お世話になっています」
「そうか。君としては心苦しいことを聞いてしまったな。申し訳ない」
「いえ。謝る必要なんてないです」
そしたら次に飛んできた質問はこうだった。
「では研究員であった生前のお父上に、将来自分と同じ研究員になれと、言われたことはあるか」
「いえ。そのようなことは一度もありませんでした。中学の頃スポーツが好きだったので、トレーナーかインストラクターになりたいと話したことはあります。その時も反対されることはありませんでした」
そう言うと、紅葉のお父さんはニッコリとこう言った。
「そうか。良い父親じゃあないか」
「良い……とは?」
「医者の子は医者。などという言葉もあったそうだが、私はそうは思わんよ。自分の願望や要求を子供に押し付けるのではなく、子供の望むことに対し応援し、手助けしてやるのが親の務めだと、私は考えている」
俺はなにか引き込まれるように、返事を返すこともなく話を聞いていた。
「家の出がどうだの、血筋や家系がどうだというのは、問題ではない。大事なのは本人の意思だ。我が子の人生を決めるは親でも誰でもない、自分自身だ。」
「もちろん以前は見合いをしようかという話もあった。しかし紅葉に愛人ができ、紅葉が見合いの相手とではなく君との付き合いを選んだ。娘がそう願っているのなら、私達は何も言わない。最もあとは、君次第かね」
そんな言葉が出てきたことが、意外だった。こういう家元となると、一個人の考えや意見で今後が決まるとは思えない。それでもこの人はそんなことを気にすることはなく、紅葉本人の意思を最優先に尊重している。それができるのは相当な覚悟が必要なはずだ。
それもあるけど、ここまで言われるとこの真意は裏切れない。
一回頷いてから紅葉のお父様に言った。
「娘さんがそうであるように、私自身も紅葉との付き合いを望んでいます。この度はお父様。貴方の娘様である崎田紅葉と、私黒宮蓮とのお付き合いを―」
そう言いかけたあたりで、部屋の外から忙しない足音が近づき、俺の言葉を遮断した。
「失礼します! 旦那様!」
「何事だ」
勢いよく襖を開けて、一人の男性がやって来た。
「大事なお話の最中申し訳ございません! どうしても旦那様に報告せねばと思った次第で。ただいま表の方に、芝本家の方々が参ったようで。お嬢様のご考えと、急な申し出故お引き取り頂くように言っているのです……」
「分かった。直ぐに向かおう。紅葉、騒ぎが済むまでここに居なさい。そして蓮君」
入ってきた男性にそういうと、今度は俺のほうを向いてこう言った。
「は、はい」
「一緒にいてやりなさい。一人では不安だろう」
「わかりました」
「余計な心配だよーお父さん」
「そういうことを言うな。蓮君。紅葉を頼んだよ」
紅葉のお父様は、足早に部屋を出て行った。




