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誰も望んでいない

「……」


 そう言われて最初は言葉が出てこなかった。お見合いってことは、紅葉の婚約者になるかもしれない人と会うってことだよな?


「昨日の夜、お父さんからその話を聞かされて驚いたの。私達、どうすればいいのかなって。そもそも……」


 紅葉が話している最中であったと言うのに、俺は無意識のうちに彼女に近づき、両手を握っていた。彼女はそれに驚いて、口が止まってしまう。


「何とかする。俺が紅葉の両親説得してみせる。それで……」

「ちょ、ちょっと待って蓮君。あの……」

「お見合いがあるからってだけで、諦められるわけないだろ!」

「そうじゃなくて、その……」

「確かにまだ付き合いは短いかもしれないけど、だからって!」

「黒宮蓮!」


 北島さんの叫びが応接室に響き、その後数秒、室内に静寂が走る。突如として突き刺さった言葉に驚き、手を離していた。


「不安になる気持ちは分かるけど、まずは紅葉の話を最後まで聞いてやりなさいよ。彼氏が彼女困らせてどうすんのよ」


 そう言われてやっと頭が冷えた。俺は北島さんの方を向いて謝った。


「わりぃ」

「謝るなら、私じゃなくてあっち」


 彼女は右手の人差し指で、紅葉の方を指差す。それを見た俺はまた紅葉の方に身体を向けた。


「ゴメン紅葉。突然こんなこと言われて、我を忘れてた」

「そうだよね。仕方ないよね。いきなりこんなこと言われたら驚かないわけないもんね」


 一回深呼吸を挟んでから、紅葉はこう続けた。


「そのお見合い、もちろん私は望んでない。でも私だけじゃないの。お父さんもお母さんも、うちの人は誰一人、このお見合いには反対なの」


 お見合いに反対? それも家族全員がってことか。そんな事例が果たしてあるものなのか? でもさっきお父さんからその話を聞いたって言ってたよな。

 でもその当人も望んでないってどういうことだ。向こうになにか気に入らない要素でもあったのか? ・・・だぁーもう?! 考えてもわかんねぇよ。とにかくまずするべきことはひとつだ。


「紅葉。そのお見合いの話について、詳しく聞かせてもらってもいいか?」


 まずは詳しく知ることだ。無知で突っ走ったって意味が無い。俺の要望に、彼女は黙って頷いて応えた。


「立ち話もあれだから、座りながらでもいい?」

「構わない。いや、むしろ助かる」


 二人でソファに向かおうとしたところに、北島さんが話しかけてきた。


「あの、私邪魔だったら退室するけど?」

「いいよいいよ。そんなことないよ。どのみち執行班のみんなには言うことになるかもしれないから」

「あらそう。じゃあ失礼して。このままだと落ち着かないから紅茶でも淹れるわね」

「ありがとう李梨華ちゃん」

「悪いな」



 紅茶を淹れてもらってからソファに。紅葉の向かいに、俺と北島さんが座る。紅茶を頂き、落ち着いたところで紅葉から話を聞いた。


「お見合いの申し出が来たのはこの前の週末のこと。家にその話を持ってきたそうで、ひとまずご検討させていただきます。って形で、ものは受け取ったの」

「お相手はどういう人なの?」

「名前は芝本秀幸。芝本グループ代表取締役である芝本利治の息子さん。年齢は二十三」

「芝本グループか。これまた凄いとこから来たものね」


 その芝本グループってのについてよくわからない俺は、その事について紅葉に聞いた。


「って、どんなとこなんだ。名前くらいはテレビとかで聞いた事あんだけど」

「あんたそれも知らないの! 地元じゃ知らない人は居ないくらいの有名企業よ!」

「そういう難しい事考えるようになった頃には、俺はこっちにはいなかったんでね……」

「まあまあ李梨華ちゃん。落ち着いて。そこは、私が説明するね」

「済まないな。頼むよ」


 紅葉は紅茶を一口啜ってから、芝本グループについて説明してくれた。



 芝本グループは地域の技術開発、主に建設業を生業とする企業。高い技術力と優れた人材によって評価を獲得していき、今の代表取締役である芝本利治がたった一代で大きく成長させて行った。十数年ほど前まではほぼ無名であったその企業を発展させた彼の功績は、広く語られることとなった。



「まぁ簡単に言うと、芝本グループはこの辺りじゃかなりの影響力のある企業ってことね」

「崎田家はこの辺りじゃ長い歴史と伝統のある家元。それに紅葉の父親もいくつかの企業グループを抱える責任者の立場でもある。両家とも名の通った家柄なのよ」

「そうだよな。初めて紅葉の家に行った時は、そのスケールに圧倒されたからな」

「でもそんな話を断るってことは、相当な理由があっての事よね」

「もー! 何言ってるの李梨華ちゃん。理由なんてもう決まってるじゃん!」


 そう言って紅葉は俺の近くに来て、今度は俺の手を彼女が握った。


「だって私にはもうお付き合いしてる彼がいるんだもん。このことはお父さんにも言ってあるし。だからそんな話は必要ないの! だから断ったってのに、またその話持ってくるんだもん! だから尚更嫌になってくるのー!」

「ははは。そりゃどうも。……って待てよおい」


 苦笑いしてたけど、さっき紅葉に言われたことを思い出して勢いよく立ち上がった。


「てか俺……」


 さっきの話の流れで、あることに俺は気がついた。それは――



「まだ紅葉の御両親に、ご挨拶にも行ってないじゃん!」


 この先結婚とかするのかどうかなんてわかんないけどさ!仮にも俺が今お付き合いさせて頂いてるのは名家のお嬢様だぞ!挨拶もなしに気づけば付き合ってましたー。なんて言い訳通用するわけなかろう!こうなったらすぐにでも連絡入れて、それで――――


「なら、週末にとりあえないかお父さんに頼んでみるよ」


 紅葉に一言そう言われて固まった。そしてすぐさま次の行動に移す。


「すまない。本当は全てこっちが用意するべきことなのに」


 気づけば俺は、紅葉に土下座していた。ここまでしてくれる彼女に対し、今は顔も上げられぬくらい感謝の念でいっぱいなのだ。


「そんな土下座なんてしなくてもいいよー。さっきも言ったけど、蓮君のことはもうお父さんにも話してあるから安心して」

「ただ俺がご挨拶に行くとして、そのお見合いの話はどう片付けるんだ」

「もちろん断るよ! でも向こうがしつこいから困ってるの!」


 お見合いに納得がいっておらず、不満そうにしていたが、表情は朝とは変わっていたように見えた。


「でも良かったよ。怒ってるっていったって、やっと紅葉の明るい顔が見られたからさ。やっぱりその方が似合ってる」

「あ、ありがとう」


 彼女は恥ずかしがって顔を隠してしまう。やっぱり紅葉には暗く沈んだ顔よりも、いつもの明るい晴れやかな顔が似合う。


「と、とにかく。ご挨拶の件については私の方から言っておくから安心して」

「なんか、申し訳ない」

「いいのいいの。今日はもう遅いから帰ろうか」

「もう、そんな時間か?」


 部屋の時計を見ると、五時半を過ぎていた。


「じゃあそうするか。また明日な」


 まだ先のことは解決していないけど、少しでも彼女の心が晴れたというのなら、それはそれで良いことだ。


シリアス入ってくると、この枠でさえ何書いていいものか。

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