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明日への対時

 この日最後の試験、数学の終わりを告げるチャイムが教室に響いた。解答用紙を後ろから集めるうち、教室内の生徒の緊張感は解れていく。解散となった後、黒宮希愛は教室を出て、学院の食堂で待ち合わせをしていた。



「希愛ちゃーん。お待たせー」


 食堂の入り口から、希愛の姿を見つけた真琴姉が歩いてくる。


「蓮は?」

「なんかまた用があるから無理だーって」

「ふーん。まぁいいや。今日はガールズトークってことで」



 紙コップのジュースを飲みながら二人で談笑。今日の試験のこと、これからの学院生活のことについて様々な話題で盛り上がっていた。話し込んでから十五分くらい経ってからだったか。



「……い! ……が…………てよ! 地下の……!」



 外の廊下のほうから何か叫んでいる男子生徒の声と、多くの生徒が動いているのであろう、どたどたとした足音が聞こえてきた。


「なんだろ真琴姉?」

「さぁ?」



 気になったので二人で食堂の外に出てみると、話を聞いた生徒達が同じ方向に移動しているのが見えた。そして男子生徒が何を言っているのかがわかった。


「おい! 編入生が執行班の班長となんかおっぱじめるって話だ。地下の訓練場だってよ!」

「おいおいおいマジかよ!?」


「マジだそうだ! 新聞部の女子がそんなこと言ってた!」

「ホントなら早く行こうぜ!」

「なんだよそれ! 俺も気になる!」


 二人の男子生徒がそんなことを叫びながら廊下を走っており、それを聞いてなんだなんだと興味を持った生徒達がそれを追っている光景が見えた。


「編入生って十中八九、蓮のことだよね」

「うん。お兄ちゃんのことだね」

「あいつ編入早々なにやってんのよ」

「また変なことに首突っ込んだのかな?」

「知らない。でも放ってはおけないわ。地下の訓練場ね。希愛ちゃん、私たちも行こう」

「うん」


 ここいらじゃなかなか体感できないような人混みの中を進んでいく。光が見えて二人の目に映ったのは、階下で向き合う蓮ともう一人の男子生徒。そしてそれを今か今かと観戦する多くの生徒であった。



「なんか、凄い大事になってない?」

「お兄ちゃん、一体何したんだろう?」

「とにかく私たちには、見守るしかないわね……」

「というか何でこんなことになってんの? お兄ちゃんケンカ売るような性格じゃないのに。」

「そうよねぇ。あいつケンカに首突っ込むことはあっても、自分からケンカ吹っ掛けることはしないもん」

「じゃああの人がケンカ売ったの?」



 希愛は蓮との反対の方に立っている男子生徒の方を指差す。




「いや……それもないと思うけど。班長さんがそんなことはしないと思う」

「ならなんで……」


 その会話の途中、下の広い空間で一発の乾いた音が響く。それを皮切りに巻き起こった歓声によって、もう会話をするような雰囲気ではなくなる。


 二人はただ、蓮を無言で見守り続けた。蚊帳の外である以上、そうすることしかできないのだから。




 近い間合いでの格闘戦。互いに一歩も引かない白熱した様相であった。その模様を上から、他の生徒とは違う場所から観戦する四人の人影が。無論執行班のメンバーである。



「いい動きをするな、あの編入生」

「こういてみると……やっぱりすごい」



 邦岡と崎田が二人で話しながら、観戦していた。



「しかし見たところ、まだ能力は使ってないみたいだな」

「そうですか?」

「昨日ああいう話をした本人が何を言っているんだ。あいつがあの時何をしたのかこの場で一番知っているのはお前だろう」

「そうでした……」

「しかし、あの身体能力だけでも十分な素質があるな。どんな能力を有しているのか、興味がわいてくるな。」

「ですね。私もまだ黒宮君の能力については、はっきりとはわからないので」

「そうか。にしても……」


 少々呆れた顔をしながら邦岡は向こうの二人の生徒のほうを見る。



「あれは……いいねぇ。いい絵になりそう。ふへへへへへ……」

「ふっふっふ。我が記憶の経典(アカシックレコード) に、また興味深い一ページが生まれようとしている」

「これはまたいい作品が描けそうねぇ……。カメラに収めねば……」

「我はこの幻想の瞳に収めるとしよう」



 もはやこの二人以外が聞くと意味の分からぬ会話が繰り広げられる。というか、会話なのだろうかこれ。


「あいつらはまともに分析しようとはしないのか」

「分析はしてると思うん……ですけどねぇ」

「腕がいいのはわかっているが、言動の問題なのだろうか……」

「もういつものことだって、邦岡さんは諦めてませんか?」

「言わずもがなかもな」


 二人揃ってため息をついていた。





 ところ変わって。開始から三十秒くらいは生身での格闘戦を繰り広げていた。互いに決定的な一撃はまだなく、膠着としていた。



「いい動きをするな、黒宮君」

「それはどうも。天王寺さんこそっ、話をする余裕がっ、あるんですか?」

「まさか。……小手調べはこんなものでいいだろう」


 後ろに跳んで間合いを少し離した次の瞬間。



「――!?」



 先程まで目前にいた天王寺さんが忽然と消えた。それでも取り乱さず、あの人の気配を感じ取ろうとする。その刹那――



「……!!」



 不意に体が右に動き、自分の身体の左横を人影が通り過ぎて行ったのを感じた。その直後、再びその姿を視認した。


「ほう。いい反応センスだ」

「運がいいだけですよ。悔しいですが長期戦はきつそうです」



 殺気というには大げさだが、冷や汗をかきそうな身震いが生じた。

 まだちゃんと物理を習ったわけではないのでよくわからないが、速さが大きくなれば、力の大きさも大きくなるという。正確には加速度になるらしいがまだよくわからない。


 あの速さでの一撃をまともに食らっていたらと思うとまた身震いが起こる。



「弱音を吐くのか。だが遠慮はしない」



 再び天王寺さんの姿を見失う。おそらくあの高速移動が天王寺さんの能力だろう。あぁも向こうを捉えられないとなると厄介だ。




 だが落ち着け。策はある。

 あの人の速さを殺せばいい。俺の能力ならば、使いようによってそれが可能だ。


 しかしそのためには俺の能力の使うタイミングがカギとなる。


 一瞬だ。その一瞬の見極めが結果を決める。

 その一瞬で叩き込め。 


 天王寺さんが素早い動きで俺を錯乱させ、隙をうかがってこちらに仕掛けて間合いを詰めてくる瞬間。


 視覚情報に頼るな。神経を、五感のすべてをを研ぎ澄ませろ。

 先程からとらえられずに二、三撃は食らっているがそんなことは関係ない。集中を乱すな。



「(今だ!!)」



 耐えながらもタイミングを見極め能力を発動。その瞬間――――――



「?!」



 こちらに高速で向かってきた天王寺さんが、俺の右横で急ブレーキをかけられたように動きが止まる、というより一瞬だけスローモーションのような動きになる。


 その瞬間を逃さず、モーションをとって右足で回し蹴りをお見舞いする。俺の蹴りをまともに受けた天王寺さんは突っ込んできたときの勢いも相まって、かなり遠くのほうまで吹き飛び、壁の寸前まで後ずさる。



 飛ばされた天王寺は、突然のことで驚いた。だがそれよりも湧き上がるものが、彼の中にはあった。



「(面白い男だ。黒宮蓮)」

「天王寺さんの目、本気モードって感じですね」

「気合い入りすぎて本来の目的忘れてなきゃいいんだが」

「なんかありそうです、それ」


吹っ切れてはいけません。

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