まだやることは残っていた
それからさらに数日経った頃。メリベールはルナロアこと、干場奈月の経営する喫茶店フォルテを訪ねていた。
「カルラ様はいつも君の作るお菓子を楽しみにしてくれていてね。先日頂いたエッグタルトもおいしそうに召し上がっていたよ」
「そりゃあどういたしまして。その話を聞いて、私がこう答えるこのやり取り。あんたが来るたびにしている気がするよ」
「それだけカルラ様が喜ばれているということだ」
「そう思っていただけるならこちらとしても光栄だよ」
何度同じ話をさせるんだと、干場奈月は半ばあきれていた。
「あれから三日ばかりしか経っていないが、何か動きはなかったのか」
「いいや。これといって変わったことはないよ。あいつも最近は別の仕事で忙しいとかで、だいぶ前にうちに顔出してからは連絡つかないんだ」
「そういう時は大体、放浪しているの間違いだ。ほっとけ」
「おやおや。相変わらず厳しいねぇー」
「腕かいいのは知ってるが、振る舞いには難があることは悩みものでな。会合にも中々顔を出さないわ、この前だって急にコンタクト取ってくるわで」
「あんたは連絡欲しいのかそうでないのかどっちなんだい」
「さぁな。真面目に仕事をして欲しいとは思っている」
カウンター席でコーヒーとサンドイッチを頂きながら、愚痴交じりにその店のオーナーと話をしていた。
入り口のドアにつけられたベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃいませー……っておやおや蓮君たちじゃないか」
「どうも」
「こんにちわー」
「おじゃまします」
「どうしたどうした。今日はえらく大所帯じゃないか」
「いろいろ話をしてたらあれやこれやと集まったので」
「お好きなところにどうぞー。ゆっくりしていきなー」
干場奈月はウキウキとしながらお盆にお冷とおしぼりを乗せている。
「その話し様を聞くに、やけに親しいんだな。あの少年たちと」
彼女のほころんだ表情を見たメリベールが、そう言った。
「あそこにいる六人全員ってわけじゃないが、あの中の三人は、この店始めた頃からの常連様だからねー。それにしてもどうした。彼らを見てそんな神妙そうな顔をして」
「何と言えばいいか。どうもあの少年たちを見ているとどことなく何かを思い出しそうな気がしてな・・・。記憶のどこか片隅に居るような気がしてな」
「昔出会った顔がいるかもしれないってか。そりゃあないって。世の中似てる顔のニンゲンなんて、世界中探せば十人くらいは見つかるんじゃないか?」
「そういうもんか」
「そういうもん」
皿に残っていたサンドイッチの最後の一切れを食べきり、カップに残ったコーヒーを飲み切ると、ポケットから財布を取り出した。コーヒーとサンドイッチの分の代金をきっかりとカウンターに置いた。
「ごちそうさま。私はまだ仕事があるからこれで失礼する。そっちも何かあればすぐに連絡を頼む」
「へいへい」
干場奈月はメリベールから受け取った代金を回収すると、蓮たちの座ったテーブル席までお盆を運んだ。テーブルにお冷を置いているところに、柏葉が質問してきた。
「干場さん。さっきカウンターで話していた人、ご友人さんですか」
「そんなところだ。この店よりも長いお付き合いをさせてもらっているよ。都合が着いたら紹介してやる。注文決まったら呼んでくれ」
その後蓮達は、放課後のティータイムを楽しんでいた。
週末の土曜日。俺はある人に呼ばれて、街にあるファストフード店でその人が来るのを待っていた。待ち合わせ場所に着いてからそれほど経たずに、その人はやってきた。
「悪いなぁ。休みの日とはいえ急に呼び出してよぉ」
「そんなぺこぺこしなくたっていいだろ。目上とか先輩ってわけじゃないんだし」
やってきたのは桐生泰牙。俺の小学生時代の友人で、今は山水高校で俺と同じように執行班に所属している。
「それで何だ。相談したいことがあるだなんて。また執行班がらみのことか?」
「いや。今回はそういうことじゃないんだ。お前を信頼できる友人として聞いてほしいことがあるんだ」
「でなんだ。もったいぶらないでさっさと言ってくれないか」
「あぁ」
一息吸い込んでからあいつはこう言った。
「俺。この前一目惚れしたかもしれないんだ。いや。間違いなくそうだ」
「……はい?」
言われたことがこういうことってなると、他にどう反応していいものか悩みものだ。
「いやいやそのリアクションはないだろう。思春期の男子ならば誰だって、二次元だろうが三次元だろうが恋心を抱くことだってあるだろう」
「まぁそうかもしれんがさ。ちょっと驚いてな。お前のことだから恋愛ってなったらも……崎田さんのことになると思ったんだが」
この前一目惚れってことは、相手は紅葉ではない他の誰かってことだろう。
一応のことだが、今俺が紅葉と付き合っていることについてこいつは知らない。まぁ知られたところで何ら問題はないと思うから別にいいだろうとは思うが。一応今は”紅葉”ではなく、”崎田さん”と呼称することに。
「んー。俺にとっての崎田さんってのは、恋愛対象っていうよりは、憧れの存在って感じだからな。俺なんかがお付き合いするっていうのは恐れ多いってか、つり合いが合わんっていうかな」
「そうかい。そんな時に一目惚れするようなことがあったと」
「そういうこった」
「それで俺に相談して何になるんだ。てかその相手ってのはどんな人なんだ」
頼んだフライドポテトとコーラをつつきながら泰牙の話を聞く。
「その人に会ったのは先週のことだったかな。その日はちょいと任務で朝から動いていたんだが、その時のちょいとしたアクシデントからきっかけで話をしてたんだが……」
ほうほう……。ん?
「いやぁー。思い出してみれば可愛い人だったなぁ……。でも背丈は俺とそんなに変わらないくらいだったから大人っぽい感じでもあったし……」
何故だろう。なんかこっちの記憶にも引っかかるような……。
「それで。どういう人なんだ。容姿とか、見た目の印象とかは」
「んー。大人しそうで和やかな感じで黒髪の……崎田さんのようなポニーテールだったかな」
「!?」
嫌な予感は的中した。むせてしまい飲んでいたコーラを吹き出しそうになってしまったが、とっさに口を左手で抑えて、コーラを巻き散らかす被害は免れた。
「おいおいどうした?!」
「わ、わりぃ。ちょっと勢いよく飲んじまったみたいだ。手ぇ洗ってくらぁ。」
「お、おう……」
お手洗いまで行って、洗面台でべとべとになった手を洗った。感触が問題ないことを確認してから元の場所に戻った。
「そ、それで。どういうところにお前は惚れこんだんだんだよ」
「おうおう聞いてくれよ! 何といってもなぁ……」
うん。間違いなくそれ俺です。蕪城ゆずになった俺です。
ウチの生徒の性別が逆転する事件は、解決した。後何とかするべきことといえば、泰牙には蕪城ゆずのことを諦めてもらい、一日でも早く記憶から抹消してもらうことだ。
「この前の崎田さん。私見てみたかったです」
「いやーかっこよかった。ワイルドっていうか王子様って感じで」
「へぇー。それは私も気になるわねぇ」
「今度あの子に頼んで見ようかな。結構面白かったし」
「なぁ悠。女子ってなんであんな笑い話みたくこの前のこと話せるんだろうな」
「さぁ。僕らとしては、あまり思い出したくないけどねぇ……」
考えは異なります。




