目覚めの音
「て、天王寺さんが直接……ですか?」
茶髪の中性的な見た目の男子生徒が声を上げる。
「あぁ、なにかあるのか草薙?」
「いえ、なんというかその……」
室内にいた俺と天王寺さん以外の五人がざわざわとし、室内の緊張感が高まる。内情を知らない俺にとってはよくわからないのだが、ここまで落ち着かない状況となるとよっぽどのことなのだろう。
むしろ此処に来てまだ二日の俺が、学院の重要組織に関わるやもしれないという状況のほうがなおさらな気がするのだがな。
「それでどうする? 黒宮君。もちろん無理強いは言わない」
改めて天王寺さんに俺の真意を確認される。しかし、俺の結論はもう出ている。
「わかりました。受けましょう」
ここまで来た。いまさら後ずさりをするわけにはいかない。と言うよりも、そうするしか選択肢がない。
「自信のある返答をありがとう。無論ここでやるとは言わない。場所を変えよう」
七人の生徒一同は応接室を出てとある場所へと向かう。天王寺さんを先頭として、他四人、俺と崎田さんが一番後ろを歩く。
「この学院、地下があるんですか」
横を歩く崎田さんに耳打ちするように尋ねる。
「そうだよ、といってもこれから行くとこ以外は用具庫とか配電室とかだから、一般生徒はあんまり立ち入らないんだけどね」
学園地下に行きついてしばらく歩いた先の大きな扉の先が目的地だろうか。扉を開けた先に見えたのは、体育館のような空間であった。上のほうはガラス張りになっており、上から見下ろせるような構造になっている。
「ここは?」
「特別訓練場。文字通り学院所有の訓練場だ。最新技術を織り込んだ設計によって高い耐久性と防音性を兼ね備えている」
「はぁ。なんで学院内にこんな場所が」
「もうわかっているだろうがうちにはこういう組織が存在しているんだ。班員の技能向上の為に作られたものだ。この部屋以外にも様々な施設が用意されている」
もはや軍の訓練施設かよ。と思いたくなるが、そういうことを口に出すのはやめておくこととしよう」
「まぁこれ以上の説明を今するのはいいだろう。早速始めようか。といってもいきなりというのも酷だろう。十五分やるから用意をしておいてくれ」
「わかりました。失礼します」
ひとまずこの場を離れることとした。気持ちを落ち着けたいというのもあるが、流石にいきなり激しい動きをするのはよくないだろう。という思いもあった。ストレッチくらいはしたいと思っていたので、ありがたかった。
近くの小部屋で、二人の生徒が話をしている。草薙という男子生徒と、天王寺であった。
「でもどうして天王寺さんが」
「そもそもこういう事態は今までなかったからな。スカウトこそ何度かあったが、ここまで至ったことだなんてなかったかもしれんな」
「なかったというか、今回が異例なだけなのでは?崎田さんもしかりだけれど」
「それもそうだな」
「だからって、どうしてそこまで」
「話を聞いた時も、少なからず興味も沸いたし、さっきもなんとなくなんだが、只者ではないって感じがしてな」
「ですが……」
「主任にも、事前に許可は取ってある」
「そうは言ってもですね……ってなんだか騒がしくないですか?」
「言われてみれば」
さっきまで静かであったはずだったが、次第に部屋の外がざわざわとするようになった。妙な予感がするなと思っていると、バイブレーションとともにスマホの着信音が鳴った。
「邦岡からか。こんな時に、というよりこんな時だからか」
「かもしれませんね」
天王寺はそのスマホを手に取った。
「俺だ、いったいどうした」
『おい。何処から噂が広まったのかは知らんが、さっきから一般生徒がなだれ込んできてる。どうする?』
「「……」」
「あぁ。騒がしかったのはそういうことですか。どうするんですか天王寺さん」
「……」
しばらく沈黙してから天王寺が返事を返す。
「今更門前払いというわけにはいかなそうだな。むしろ客の目があったほうがいいだろう。整理誘導はそちらで頼む」
『わかった。くれぐれも高を括らぬようにな』
「そういう風に見えるか?」
『いいや。余計だったか』
ふふっと笑いながら天王寺は通話を切った。
「いいんですか? 騒ぎが大きくなるだけなのでは?」
「どうせどちらに転ぶにしても、このことはいずれ公のもとに晒されることとなる。公表するのが今この場になるというのなら、そのほうがいいだろう」
「そうですか」
「そうこう話をしていたらもう時間か。行こうか」
「はい」
洗面所で顔を洗ってから鏡に向き合う。気持ちを落ち着けようと思い深呼吸。自分の身体能力にはそれなりの自信はあるが、相手の実力、その差は未知数。執行班の班長ということは、かなりのものだろう。腕試しとはいえ、楽な手合わせとはいかなそうだ。まぁ楽に済むことはないだろう。
相手も俺と同じ能力者。お互いの能力が今現在わからない以上は、いち早く自分の得意な立ち回りをする必要がある。とにかく集中だ。
時間が経ち、軽めのストレッチをしてから先の場所に来ると、さっきはいなかった生徒の面々が階上のガラス越しに俺と天王寺さんを見ていた。今か今かという雰囲気が漂ってくる。
向こうの差し金だろうか。いや、天王寺さんやあの男子生徒の表情から察するに向こうとしても想定外のことなのだろう。
もしかしたら真琴や希愛、将星らも上から観ているのだろうか。そう考えると正直少しやりづらいという感覚はある。でもそういうのは天王寺さんと交えているうちは頭の中にはないのかもしれない。
一歩一歩噛みしめるように部屋の中央に向かう。
「用意はできたか?」
「問題なく」
「そうか、それでは」
天王寺さんがそう言うと、少し離れた所に立つ男子生徒に合図を送るような視線を向ける。
「この模擬戦の進行は兼城学院執行班、二年の草薙悠が執り行います。十メートル離れた位置に向かい合わせで立ち、こちらの合図で開始とします」
開始の合図。おそらく彼の右手に握られているピストルの銃声がその合図であろう。というよりもいつ用意したんだか。さっきちらりと視線を向けたときは無かったような気がするが、まぁ今はどうでもいいことか。
「万一の場合、ストップをかけることはありますが、それ以外は特にこちらで制約はしません。双方、最後に確認しておきたい事項は」
「問題ない」
「……同じく」
俺も天王寺さんも、既に準備万全であった。
「それでは用意を」
草薙の言葉の後、二人は少し歩き所定の位置に向き合って立つ。さっきまでがやがやとしていた生徒もとい観衆は、その雰囲気を察してか徐々に静まり、やがて静寂へと変わった。それを確認した草薙がピストルを構え、銃口を天井に向ける。
訓練場に一発の乾いた空砲の銃声が響いたその瞬間、向き合っていた二人の生徒は、間合いを詰めるように前へと走り出した。
「観衆がとは言いますけど、整理も楽じゃないですよ」
「どの道収まらんのだろう」
「みたいですね」
どっから広まったというのか。




