無理矢理にでも
「こっちは収穫無し。まぁそうだよねぇ……。何すればいいんだって言ってもわかんないし……。結局ただ歩き回っただけだしなぁ……」
一人の少年、今は男性の身体となっている黒宮希愛は、スマホをいじりながら愚痴交じりにある人物を、今は姉となっている兄、黒宮蓮を待っていた。
「それにしても……遅い」
捜索の為にこの場所で一度別れ、一時間後にはまたこの場所で落ち合おうという約束ではあったのだが、その時間になっても一向に現れないのだ。
「……」
兄が約束を破るような人ではないのは、一緒に過ごしてきた妹としてはよく知っている。当人としてはあまり疑いたくはないんだが、もうかれこれ五分は過ぎている。流石にそうともなると妹としては心配にもなる。
「執行班になってのことだし、夢中になって時間忘れてんのかなー。あぁなると周りが見えなくなるからなー」
少々イライラしてむすっとしてきたのか、電話をかけることにしたようだ。
「もしもーし。お兄ちゃーん」
『……』
電話はつながっているんだが、反応がない。
「もう時間過ぎてるんだけどー。あれから一時間後に落ち合おうって言ったのはお兄ちゃんのほうだよねー」
『……』
「もしもぉーし。きーこーえーてーまーすーかー」
トーンを上げてもう一度呼び掛けてみる。それでも返事は帰ってきません。とうとうイライラが募ってきました。スマホ越しに叫ぼうと思って見たところでようやく返答が帰ってきた。
『……希愛』
それはそれはしょぼくれた返答が。何とか聞こえるぐらいの小さな声で。
『悪いがお兄ちゃんはもう動けそうにない。怪我をしたとかそんなんじゃないんだけど色々ともう駄目なんだよ男としてこれから生きていく自信を失いつつあるんだよ。希愛、後はお前に託すよ。お兄ちゃんは信じてるぞ』
そして何を言うのかと思えばこれである。物凄い暗い感じの声になってるし、犯人探しをしようと言い出した張本人が、一時間経ってみればこの変わりようである。
「何馬鹿なこと言ってんのお兄ちゃん。いい加減にして幻想見ているならさっさと目を覚まして。何なら一生その姿で生きていくつもりなの。そうしたいというのなら勝手にするがいい」
表面の感情を殺して、棒読みにも思えるような淡々とした返しをする。
『そうか……希愛も立派になったようでお兄ちゃん嬉しいよ』
「そんなこと今はどうでもいいから。早く来なさい」
冗談に付き合っている暇はない。さっさと兄に動いてもらわねばならないと、と思う私はその言葉を冷淡にも受け流した。
『そうか……そうだよな……。ははっははっはははは……。そんなに意地でもお兄ちゃんを連れまわしたいというのならばだ。場所だけ教えてやるから迎えに来なさい。後は希愛の頑張り次第だ』
その言葉を最後に、私に返答の猶予を与えることなく電話はぶつりと切れてしまった。
「……お兄ちゃんがとうとう頭までおかしくなっちゃった」
頭のねじの外れかけているポンコツと化した、そんな兄を放っておくのも妹としてはあれなので、まずは意欲を喪失してしまっている兄を回収しに行くことにした。
兄に提示されたその場所は、集合場所から兄の向かった方向にある、歩いて五分くらいのところにある公園であった。
「ここか」
教えられたとおりの場所に来てみると、そこは静かであった。しかし、今は姉となっている兄がいることは確認できた。
隅のほうでうずくまっており、その近くにはもう一人、赤い髪の男性が同じようにしてうずくまっていました。
そこに近づいていき、兄もとい姉の肩をゆする。
「おーい。電話の通り、この優しいい……弟がわざわざ迎えに来てあげましたよー」
「……」
微動だにしない。
「もしもーし。迎えに来いって言ったのはそっちでしょー。来てやったんだから行きますよー」
「……」
耳元で呼びかけてみるがそれでも応答はない。
「おーい。聞こえてますかー。ねーえーさーん」
「……」
返事がない。まるで屍のようだ。
迎えに来いと言ってきたくせに、いざ来てやってみれば反応なし。見たところ寝ているわけでもないし、明らかなシカトだろうか。
これではてこでも動きそうになさそうだ。別に、このまま無理やり引っ張りまわしてもいいんだけど、それだと私の気が収まらない。
そうなったら、そうではないもので無理やりにも、意地でも動かすしかなさそうだ。
動かすというよりは、いやでも動いてもらおう。
自分の右手を握り、人差し指と中指だけ伸ばしてその二本の指をくっつける。その指先をうずくまる兄の方に向けてから、腕を動かして念能力で少しずつ浮き上がらせる。
「……ん?」
地面から一メートルかは浮かばせたところで、上に向けていた指をクッと振り下ろす。
その直後には衝撃音と、ひび割れた叫びが巻き起こった。
「何しやがんだこの野郎!? 運よく怪我してないとはいえ、こんな乱暴な子に育てた覚えはお兄ちゃんないからな!?」
「オカンじゃん。それに素に戻ってるし。まぁその辺はいい具合に加減してあるから」
「あのなぁ……」
希愛はそう言っているが、実際蓮が叩きつけられた場所は、少しばかりか他の場所に比べて凹んでいた。
「加減もくそもないだろ! 痛いもんは痛いんだよ! 他に方法あったろう!」
「最終的に無かったからこうした。その前に一切の反応を見せなかったのはそっち。まぁそれでも動く気がないというのなら……」
「あ゛ちょ!? おい!」
有無を言わさずまた指先を動かして、彼女の身体を浮き上がらせる。
今度はさっきよりも速いペースで。より高い場所に。三メートルくらいかは。
「このまま私が手を下そうが、お兄……お姉ちゃんが能力使おうが、程度は違えどおおよその結果は同じになる。怪我をしたくないというなら大人しくついてくるがよい。そうすればちゃんと下したげる」
「せめて他の選択の余地を……」
反論を聞く前に指先を動かして、希愛は自分の兄をラジコンヘリのように扱う。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「最後にもう一度聞こう。大人しくついてくるか、地面にもう一度叩きつけられるか」
動かしていた指先を止めると、ぶんぶんと振り回されていた蓮の身体も空中で静止状態に。
「どうする?」
「はぁ。あぁ言ったの俺の方だしさぁ……分かりました行きますか……」
「よろしい」
ようやく下ろしてもらえた蓮は、着地した場所でそのまま体育座り。
「てかさぁ。メンタルボロボロのお姉ちゃんに対して容赦ないですね……」
「私の知ったことではない。不満とストレスがあるというのなら犯人に存分にぶつけてくればいい」
「……そう。てかキャラ変わってないか? 朝とはイメージ全然違うんだけど」
「これもまた違和感のないようにというあれ」
態度が少々冷たく、大人しそうに見えるけど身内には容赦のないドS。っていうような感じだそうだ。
「一応聞くがずっとそれでいくつもりか?」
「なんかやってて疲れるからやめる。……ところで、そこでさっきの姉さん同様に暗ーくうずくまっているのはどちら様?」
「あーなんていうか……」
最初のキャラに戻した希愛が、蓮の近くでうずくまる人物について質問する。
「まぁ……私がさっきまでこうして周りのこと気にせずに話してるから……知り合いってとこだな」
「いや今そういうまわりくどい説明いいから。結局誰なの?」
「……」
言っていいものなのだろうか蓮は悩んでいたが、お互いに知っている人物だというのもあるので、被害者同士隠す必要はないだろうという結論に至ったようだ。
「もう行きますけど、一緒に行きます?」
「……」
そこにうずくまる人物は、黙って頷いた。それを見て蓮はその人の右腕を掴む。
「じゃあ行こうか。……紅葉」
「一応聞くが、断った場合はどうするつもりだったんだ?」
「そりゃー首を縦に振るまで同じことするつもりだけど」
「あんた本当に容赦ないな……」
拒否権など端からない。




