知らないふりは大変です
「ありがとうございましたー」
コンビニアルバイトの若い男性の声に送られて、ようやく行動開始だ。
「それ必要なの?」
「はっきり言って慣れない。正直なところ鬱陶しくてな……」
伸びた髪の毛をいじりながらぼやいていた。先程寄り道して買ってきたのは黒色のヘアゴムだ。肩を超すくらいまでに伸びた、女性らしさを感じさせるこの髪がいじっかしくて仕方がなかったのだ。
それゆえの措置がこれだ。しかしこの二百円の出費は地味に痛い気がする。流石に希愛のものを借りるわけにはいかない。
というか、うちの妹になってからずっとショートヘアーだったし、ヘアゴム自体必要なのだろうか。
「女の子としては髪のばしたいもんなんだろうか」
「さぁー? なんか希愛も小さい頃は伸ばしていたような気もするんだけど……あんまり覚えてないんだ」
「俺らと出会う前のことか。まぁ記憶ないって言ってんだし、覚えてないのも仕方ないか」
希愛のものでいえばもう一つ。下着に関してだ。胸に関しても希愛から、その大きさだとブラなしだとつらいだろうと言っていた。しかしだ。こちらに関してはなおさら借りるわけにはいかない。てかダメだろ。
貸してください。なんて口が裂けても言えるわけないだろうが。
それもあるが、そもそも自分のものだと大きさが合わないって言われた。何で希愛より大きいんだー、ってわめいてた。
かといってこのまま出るのは色々とまずいだろうってのと、いろいろ不便じゃないかと言うので、何とかならないもんかと代替案を考えていた。
その時にあることを思い出したので家の物置に向かってみたところ、欲しかったものが見つかった。じいちゃんが昔、地元のお祭りの際に使っていた晒だ。
今はこれを使うことはないということだが、何でだか未使用の予備とか新品の未開封のものがいくつかしまってあった。
何かに使えないものかと考えているが結局はそうならずじまいで困っとるわい。なんてことを以前言ってた気もする。まぁ使っていないというなら活用させてもらおう。
ネットで巻き方を調べながら、慣れない手つきで希愛の手も借りて十分くらいかけて巻いてもらった。
希愛にアドバイスもらいながら、買ってきたヘアゴムで後ろ髪を束ねる。変なことはせず無難に、紅葉のようなポニーテールに。
その場で軽くぴょんぴょん跳ねてみたり、適当に体を動かして感覚を確認してみる。動く分には問題ない。多少は激しい動きをしても支障をきたすようなことはないだろう。
「これで大丈夫だ。じゃあ今度こそ行こうか」
「うん。お兄……」
今の俺をお兄ちゃんと呼ぼうとした希愛の口を、慌てて右手でふさいだ。
「今そう呼ぶのは変に思われるって言ったろう」
「すみません……」
出かける前の朝食中でのことだ。簡単な作戦会議もそうだが、今の姿でいつものように呼び合おうものなら変に思われるだろうという話をしていた。
性別が逆転してしまっているので、俺が希愛って呼ぶのも今はグレーな気もするし、希愛が俺をお兄ちゃんと呼ぶのはそれ以前の問題である。
トーストにイチゴジャム塗りながら、この後のことについて希愛と相談していた。
「犯人探すって言ってもどうするつもりなの?」
「そこなんだよな……。虱潰しで探したところで、見つかる保証なんざないもんなー。かと言って手がかりも何もないから、結局はそうするしかないっていうのが…」
「今この近くにいるってわけでもないからねー」
能力が有効な範囲はその能力の種類だとか、持つ人それぞれによってかなり変わってくる。数メートルという狭い範囲から、十数キロメートル先にまで及ぶものもある。
前に邦岡さんが言ってたことだが、同じような能力でも人によっては有効範囲も変わってくるそうだ。
そう考えてみると俺の場合二メートル程になるので、範囲はかなり狭い。ちなみに希愛の場合は十メートルくらいはいける。
まぁ何が言いたいのかといえば、だ。今探そうとしている対象の性別を変える能力を持つ能力者、その能力の明確な有効範囲が分からない以上、俺たちが今探している能力者が近くにいるとは限らない。というわけだ。
電波とか信号っていう推測はしたけど、その発信源がわかるっていうなら苦労はない。その場所調べて向かえばいいだけだ。そして犯人をシメ…いやなんでもない。
しかしそんなもん分かるわけがないだろう。
結局は外に出向いて怪しいところを探してみる他ないであろう。
有効範囲の話はこの辺にして本題に戻さねば。いつも通りに呼び合っていれば、自分らも違和感を感じかねない。
だからこそその辺については一層の注意を払わなければならない。よっぽどのことでもない限り名前聞かれることはないとは思うが、万が一のことも考えておかねばならない。
「とりあえずいつものお兄ちゃん呼びは禁止だ。変に思われる事の無いよう、お姉ちゃんとかそういう呼び方で頼む」
「……何企んでるの」
「下心とか企みとかそんなもんないから。真面目な話だから」
「わかった。じゃあ姉さんっと呼ぼうかなー」
「まぁそれでいいか。俺は……なんて呼べばいいんだろうか。いつも通り希愛ってのも今はちょいと変か」
「お兄ちゃんお姉ちゃんって呼び方はしても、弟とか妹ってそうやって呼んだりはしないからね。じゃあ適当な名前で……とかは?」
「まぁこんなことで悩んでても仕方ないか。じゃあそうしよう。でもって俺は……カレンとかだと安直すぎるし……」
「まぁ適当でいいじゃん」
今の見た目で周りから不自然に思われない。そうなるような立振舞いもしなければならない。最悪アドリブになることもあるやもしれないが、極力はそうならないための対策のための打ち合わせでもあった。
「それでどうするの? このまま歩いていてもあれだし」
「とりあえず二手に分かれて行動しよう。私がこっちで反対側はそっちの区分で。何かあれば連絡してちょうだい。とりあえず一時間経ったらこの場所で一旦落ち合いましょう」
「おぉー。役が染みついてるって感じ―。なんか執行班っぽい」
「ぽい。じゃなくて、執行班だからな」
まだ経験はそこまでないとはいえ、あれだけ大きな作戦を立て続けにこなしていたら嫌でも染みついてくるものはある。
行動の指示とか演技とか。こういう場面で役立つというのは何ともいいような悪いような……。
「そうでしたねー」
「と、ともかく。色々あったが始めるとしようか」
咳払いして気を取り直し、さて行こうと思った時。不意にすれ違った人と肩がぶつかってしまう。
「「あっ、すみません……」」
互いにかけた最初の言葉は同じだった。しかしそのあとの反応は違っていた。
「あのー……お怪我は?」
「(げっ)」
「大丈夫ですか?」
「(ここにきて早速想定していた最悪のことが……)」
「こういうのはどうだ?」
「なんからしくなーい」
「人の名前なんてイメージで付けるもんじゃないだろ」
本題ではない事で時間使う。




