鏡に映るは真実ですか?
変化というものは大きかれ小さかれ、なんだかのものに影響を与える。たった一つの、たとえ些細なものであったとしてもだ。
あらゆるものと紐づけ、関連付けていくと無数の数え切れぬ糸へと変貌していき、多数のものに新たな変化を与えていく。そしてその変化はまた糸となって新しい変化をもたらすのだ。そしてそれは半永久的に続いていき、今日の世界の一部となっていく。
変化について言えば、最近あったことに関してこんな話をしてみることにしよう。
突然、今まで見たことのない自分が目の前に現れたとしたらどう思うだろうか。困惑するだろうか。驚くだろうか。はたまた見違えた自分に見とれているであろうか。
自らの瞳に映る自分は、自分の知らない自分であった。全く正反対の性格を持った自分かもしれない。容姿が見違えるほどに変化した自分かもしれない。はたまた、人間ではなくなっているかもしれないし、もしかすればそうでなかったものが人間になっているのかもしれない。
考え、行動はそれぞれ変わってくるだろう。人間とは変化に敏感なものであり、それだけ感性豊かなものなのだから。
主人公が夢から覚めると不気味な毒虫に変化していた。というような出だしから始まる有名な話があると聞いた。あまりに奇妙な変化を遂げた主人公の複雑な心境がユニークに描かれている。
以前時間のある時に読ませてもらったが、主人公の考えが中々に面白いと感じた。
まぁ今回のことはそこまで不気味というわけでもないが、まぁ人によってはそう思うのも無理はないだろう。少なくともちょっとの変化。では済まされない話なのだから。
こうなったのもまたあの欠陥発明が……いや、今回は前のものに比べればまだましなほう……でもないだろう。私たちの考えるコンセプトとはまた違うんだがな。ああも大きなものとなると色々と別の意味で支障をきたすのだ。それに何といっても……いや、今このことを言うのは控えておこう。
それと、事後処理をさせられるはめになりそうだった私の苦労を誰かわかってはくれないものか……。正直こうしてこの前のことをまとめているだけでも、私にとっては中々に辛いのだ。この他にも私には大事な仕事があるっていうのに。それにだな……。
おっとなんでもない。このことは聞かなかったことにしてくれないか。説明のつもりが段々と私の愚痴をこぼすばかりになってしまっていたようだ。お恥ずかしい限りだ。
窓から陽の光が差し込み、意識が徐々にはっきりとしてきた。ぼやけていた視界も鮮明になり、いつも見る自分の部屋の天井が映りこんできた。
それでも今日は、なんだか眠くて仕方がなかった。夜遅くまで作業をしていたからだろうか。でも今日は休日なので、たまには二度寝もいいだろう。
「今日は休みだしぃ……もうちょっと……」
ベットに体を委ねて意識を夢の中へと……。
それから一時間以上は経った頃だったか、目覚まし時計のアラームが部屋に鳴り響いた。いつもよりも少し遅めに設定していたそれを止めて、部屋の主はようやくベットから降りた。目覚まし時計の時刻は七時三十四分を指している。
洗面所で顔を洗っていた。こうすることも、この男の日課の一つである。
洗面器に汲んだぬるま湯で顔を洗って、ラックにかけられたタオルで顔面に残った水気をふき取る。
その後にいざ鏡に視線を向けてみた時。その男は初めて、感じていた違和感に少しばかりか理由を見出すこととなった。
「…………」
普段見る自分の容姿が明らかに違っていた。
髪型は肩を裕に超すくらいの長髪になっており、顔たちも普段の男らしいきりっとしたものではなく、女性らしいやんわりとした丸みのあるものであった。
変わっていたのは顔だけではなかった。スーッと視線を下のほうに向けてみると、いつもは見ないはずの膨らみがあった。寝間着の外れたボタンからできた隙間からは溝が見える。
もしかして自分ではないのか? 全く知らぬ赤の他人の家ではないのか?そう考えていた。
そう思って家じゅう歩き回ってみたが間違いなく自分の家だ。もとより、いつも通りに自分の部屋を出て、階段を降りて洗面所に辿り着いたわけだ。見知らぬ誰かと入れ替わってしまったわけでもないようだ。
間違いなく目の前の鏡に映っているのは、自分自身なのだ。
二度寝の後、いつもより遅めにかけた目覚まし時計のアラームでようやく起きた俺は、洗面所に向かうために階段を降りる。
ただ、この日はなんだか違和感があった。体がだるいというわけではないのだが、胸のあたりがどうも重たく感じるのと、時折何かが顔にあたっているような感じがするのだ。執行班の仕事で疲れて寝足りないのだろうか。
まだ寝ぼけていて、その原因をまともに考えられる状態でもない。まぁまずは顔を洗おう。考えるのはそれからでいいだろう。
蛇口をひねって、洗面器に溜めたぬるま湯でバシャバシャと顔を洗う。顔をタオルで拭いてから鏡を見た時、俺は初めて違和感の正体に気が付いた。
鏡に映っていたのは、明らかに男性ではなく女性であった。肩を超すくらいにまで伸びた黒髪と、たわわに実っている乳房がそれを教えてくれた。
「……」
まだ寝ぼけているのだろうか。こんな姿が映っているだなんて、きっとまだ夢を見ているに違いない。もう一度同じ作業をしてから再び鏡を見た。
「……」
しかし結果は変わらなかった。目の前のガラスを叩き割ろうかとも考えたが、そこは俺の理性が勝って踏みとどまった。
「な……」
「(なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁ!?)」
声にならないような叫びが心の中で巻き起こった。もちろん気の済むまで(おそらく済まないとは思うが。)叫びたいという本心はあったが、近所迷惑になることは十分承知しているのでそこは堪えた。
まさに空いた口が塞がらない状態だ。いやいやいやいや待て待て待て待て。落ち着け俺!?
まず言いたいのは、どうしてこうなった。ただこの一言に尽きる。昨日とか俺が寝ている間に一体何が起こったというのだ?! 全く持って身に覚えというのがないもんだから尚更だよ!?
でもって真っ先に目がいってしまうのは……その……なんだ。このおっぱいなんだよ。袴田さん程まではいかないが、紅葉や北島さん以上はあるんじゃないかこれ?
元男子の本能故か、触りたくなってしまいそっと手を伸ばす。むにゅんと弾むような感触、硬過ぎず柔らか過ぎず、自分にとって程よい具合の触り心地であった。成程、これが思春期男子が桃源郷にも見た夢心地と言うものなのか……。
って今はそんなに下心丸出しにしている場合でも無いだるぉぉぉぉ! 自分の胸揉んで満足してる時点で元男子としてもう終わりじゃあないのかぁぁぁ!?
と我に返ったところであることに気がつく。待てよ。身体が女になっている。ということは……。
ごくりと口の中にたまった唾を飲み込んで視線を前から下の方に、寝巻きのズボンの方に向ける。
女になったというのなら、この2枚の布の下に隠されている男の象徴はなくなっているという事になる。そうであるならもう決定的ではないか!
いやいやまさか。と思いつつも、一応人の目が無いことを確認してから恐る恐る股間の方に右手を伸ばす。
布越しでもハッキリと分かった。いつもあるはずの感触はなく、するんとしていた。
「……」
鏡に映る俺の顔は悟りでも開いたかのごとく、健やかな笑みが浮かんでいた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁっぁぁ!?」
今度は制止する余裕もなく叫びが出てしまった。今になってようやく気付いたことだが、声まで変わっていた。いつもより高くなっている。
「うるひゃいなぁ~。何事なのいっ……たい……」
「あ」
洗面所に希愛が入ってきた。まぁ朝っぱらから叫ぼうものならここに来たって何らおかしくはないだろう。そしてしばしその場で固まったかと思えば、何も見なかったのごとく静かにドアを閉めた。
あれ、待てよ。なんか希愛もいつもと違って見えた気が……
今度はゆっくーりとドアが開いた。中を確認するように希愛の頭が洗面所のほうに。
その時に俺の疑念は確信に変わった。希愛もいつもと違う。髪型も微妙んではあるが変わっているし、顔たちも少しばかしか男の子らしい感じに変わっていた。……ん?
そのまま視線を同じ方向に向けたまま、お互い見つめあっていた。今この状況を慎重に確認するように。
「どうも……」
「……どなたでしょう?」
それはこっちも聞きたいと思っています。
「お疲れさーん」
「他人事みたいに言いやがって……。お前にも一部仕事回ってるのを忘れてないだろうな」
「へ、へーい……」
裏方はきつい。




