彼女らも全てを知らない
住宅街を歩く一人のピンクの髪の女性がいた。コンビニのレジ袋を左手に提げている。酔っているのか少し顔が赤いようであった。
しばらく夜道を歩いていると、彼女の前に黒髪の女性が現れた。
「まさかこんなところであんたに会えるとはねぇ。メルニア」
その黒髪の女性はピンクの髪の女性、メルニアのほうに近づく。
「なんだいあんたか。御苦労なこって」
「上司だということさえ忘れたのか。定期的に連絡はよこすくせして、最近こちらに顔は見せんと思ったが……こんなとこで放浪していたか」
「別にそんなことはしちゃいないさ。人聞きの悪い。最近は色々と忙しくてね。この前はちょいと試作品を試していたところだ」
「例のやつか。それでどうだったんだ」
メルニアは自分の身体の前で両腕を組んで、渋い顔をしながら彼女の問いに返答する。
「先に結論言えば、まだまだ改良するべきところが多すぎる。能力を使える回数に制限があるっていうのはともかくだが、使用者とのリンクがまだまだ弱い。むしろできていないというべきだろう。あくまで能力が限定的に使えるようになっただけだ。それと、リンクが強制的に切断されたことによって能力の暴走が起こった」
「暴走か……。それはまずい事態だな。収集はついたのか?」
「幸いあの場にいた者たちで上手いこと処理したようだ」
「そうか。まぁ何にしても改良の必要は絶対か。技術班に報告しておこう」
「改良しなければならないもそうだが、私はそれを渡す相手を間違えたと思っているよ」
そう言ってメルニアは、右手に持っていたスマートフォンを操作すると、画面を黒髪の女性のほうへと向ける。
若い女性が狙われた連続失踪事件。会社員の成田篤憲容疑者37歳を逮捕。
黒宮蓮達、執行班が調査に携わり解決させた事件だ。
意図がわからないのか首をかしげているのを見て、スマホを持つメルニアは溜息を吐いた。
「まだわからないか。メリベールさんにしちゃあ疎いねぇ……。さっき言った渡す相手を間違えたって言ったやつ。その容疑者様がそうだよ」
「お前もとうとう落ちぶれたか」
「私がそんな馬鹿なことはしないよ。あいつがそれを犯罪に使った。それだけのことだ」
「知っていたというのなら、止めるなりしなかったのか?」
「もうそんな気にもならなかった。……と言いたいが、ちょいと可能性に賭けてみようと思っただけだ」
「可能性……?」
「このニュースもっぺん読み返してみな」
もう一度スマホの記事を彼女に見せる。じっくりと読み返してみてある点が気になったのか、メリベールはメルニアに質問する。
「この執行班っての。時折耳にはするがこれは何だ?」
「あんたはあっちとこっちとよく行き来してんだから知ってると思ったんだが……。まぁいい。能力を持つ学生らで構成された治安維持組織なんだそうだが、彼らに期待を込めてのことだ」
「学生ということは若者か。こんな未熟な者らに委ねてもいいのか?」
「若いからこそ可能性があるんだろう。相も変わらずロマンってものをわかっちゃいない……」
「今はそんなこと言ってられるような状況じゃあないんだ!」
「……どういうこったそりゃあ」
表情を変えてメルニアはメルベールの話を聞いていた。その顔からは、先程までの酔いは感じられない。
「奴らは少しづつではあるが着実に準備を進めてきている。いずれはこちらにも……」
「ならば、なおさら完成を急がなければならないのか。ところでオリジナルは見つかったのかい?」
「いいや。四年前に何者かに持ち出されてからというもの、未だ見つからずじまいだ」
メリベールの説明するそれは、四年前に突如として無くなった彼女らの最高傑作ともいうべき発明であった。
幸いそれに関する資料こそ残っているが最高機密。アクセス権を持ち、閲覧できるものはごくわずかだという。
問題はそれだけではない。データがあってもそれの複製は困難を極める。今も新しいものを作ろうとはしているが上手くいっていないようだ。成田が使っていたというような、性能の落ちた模造品が限界なようだ。
「やはりあの人はそれだけ偉大だったということか。今はどこで何をしているのか」
「あの人が突然いなくなったのは三十年近く前のことだったな。新しい可能性を探しに行くとだけ言い残して出て行ってしまった。生きているのかどうか……」
メルニアは、メリベールと話していた場所から五分ばかりか歩くと、一軒の店の中へと入っていく。
「いらっしゃいませー……えぇ……」
カウンターで皿を拭いていた店長と思しき女性は、入店してきたメルニアの顔を見ると、あっけにとられた顔をしていた。またお前か。というような感じであった。
「そんなに驚くこったぁねぇだろ。生き別れの姉妹ってわけじゃあないんだからさ」
「そういう問題じゃない。何しに来たんだこんな夜遅くに」
「いつ来たっていいじゃあないさ。まだ店はやっているんだろう?」
「一応な。今日はそろそろ閉めようと思ったところだ」
「ならいい。ちょいと話でもしないか。なぁに落ち着け。今日は仕事の一件だからさ」
つかつかとカウンターのほうに向かい、その一席に座る。他に人がいないのをいいことにか、その女性と話し込んでいた。
「珍しいな。いつも来るたびどうでもいい話ばかりするくせに」
「私だってちゃんと仕事はしてるよ。ここいらに溶け込んでさ。あんたのように」
「……」
「ともかく。何か飲み物を頼んでいいか」
「へいへい」
女性はいったん店の外に出ると、何か作業をしてすぐに戻ってきた。そして一度奥に消えると、紅茶の入ったティーカップを二つ持って来て、一つをカウンター席に座るメルニアに手渡す。
「アールグレイだ。お代はちゃんといただくからな」
「ただで居座るなんてことはしないよ。ほれ、先払いだ」
代金の小銭をカウンターに置く。
「釣りは結構だ」
「釣りも何もちょうどだ。それで、話したいことは何だ」
メルニアは紅茶を一口すすると、カップをカウンターに置いてから話した。
「奴らが準備を進めてきている。おそらくもうあまり時間は残されていないだろう」
それを聞いた女性は、飲もうと近づけたカップを口元で止め、それを戻した。
「誰から聞いたその情報を」
「メリベールの姉御からだ」
「そういうことか。調査が速いようで」
「そっちはどうなんだ。大きな動きはあったのか?」
「これといったことはないね。ひとつあるかと思ったが……」
目を細めて、話を続けた。
「それの原因は、そっちのちんけな発明品だったな」
「そういうこと言わんでくれよ。あれでも今ではまだましなほうなんだよ」
愚痴こぼしつつも、メルニアは紅茶を飲み干した。
「ごちそうさん。お互いこれからも精進しようじゃあないか、ルナロア」
「いや……干場奈月と、今は言うべきか」
「……人前でなければあんたの好きな方で呼びな」
「へいへい。それじゃあね」
カウンターに背を向けたまま右手を振り、メルニアは立ち寄ったその店を、喫茶店フォルテを後にした。
かくして連続失踪事件は、執行班の活躍もあって終わりを迎えた。しかし事件が解決しても、黒宮達には大きな謎を与えることとなった。
成田篤憲がポニーテールの女性を狙っていた理由。捕まえた当初こそわからなかったが、捕まえた日の翌日。北島李梨華が高橋遥希と会った際に話を聞くことができたという。
なんでも最初の妻の髪型がポニーテールであったこと。結婚してしばらくで髪型を変えてしまったそうだったが、それが彼にとっては強く映っていたのだろう。それ故のことだろうという結論となった。
実際本人の事情聴取からも、似たような証言が得られたとのことであった。
報告書もまとめて落ち着いた頃合い、彼らは情報提供、調査の協力をしたというピンクの髪の女性について調査をしていたが、尻尾さえつかめないという状況に陥ったが故か、この件は流れることとなったそうな。
いずれにしても、成田篤憲のバックには大きな陰謀と作為があったということは確かだ。彼らがその正体を知ったとき、この世界の歯車は大いに乱れ、軋むことになるだろう。
「結局あの人物は何者だったのか」
「わからないまま。なんかもやもやしますね、邦岡さん」
「また出会うんじゃないかというような気がすると思うと。はぁ……」
そのうちひょっこりと出てきそう。




