彼女の笑顔
土曜日になり、俺はバイクを磨いていた。現在の時刻は九時。約束の時間は1十四時なので、今のうちにこちらも用意をしていた。その一つがバイクの点検と清掃だ。
「燃料は問題なしか。じゃあ磨くとしますか」
バケツに汲んだ水に布巾を突っ込んで、取り出して水気を絞ってからそれを使ってバイクのボディを磨く。一通り磨いてから、今度はマイクロファイバークロスでボディの水滴を拭く。これだけでもバイクが見違えるように、輝いて見える。
「朝からやけに気合入ってるんじゃないの?」
こっちのほうを覗いていた真琴が近づいてきた。バイクを磨きながら彼女と話をする。
「約束の時間は午後だし、今のうちにと思って。最近執行班とかで忙しくて、手入れを全然してなかったからさ」
「ふぅーん」
「時間になったら乗せていこうか?」
「いいわ。その前に用があるから」
午後からの件について真琴も一緒に行くので、乗っていかないかと聞いたが、珍しく断られてしまった。お言葉に甘えて。って言うと思ったんだが。
「そうかわかった。じゃあまた後でな」
真琴は向こうの方を向いたまま手を振って去った行った。
”私じゃなくて、乗せていくべき人がいるんじゃないの?”
なんかつぶやいているようにも見えたんだが、遠くにいるんで流石に何言ってるのかはわからなかった。
「まぁいいか。さっさと磨いてしまうか。でもって……だったら彼女を迎えに行くか」
ひとまずバイクを磨くことに専念することにした。
約束の時間の四十分も前に家を出た。十分程バイクを走らせて、最初の目的地に到着した。一応集合場所はアミューズメント施設ってことになっているが直接そこには向かわず、ある場所に寄り道。というよりは経由するというべきか。立派な大きな正門が目を引く彼女の家。エンジンを切って少し待っていると、その家の門が開き、少女が一人出てくる。彼女は俺がいることに気が付くと、笑顔でこっちに走ってきた。
「蓮くーん!」
勢いよくこっちに向かってきた彼女を、俺はそっと受け止めた。
「お待たせ紅葉。じゃあ行こうか」
紅葉に青いヘルメットを手渡す。彼女がそれをかぶって俺の後ろに座ったのを確認すると、バイクのエンジンをかけて軽快に走らせた。
「それにしても真琴ちゃん乗せていかなくてよかったの?」
運転している間、紅葉がそんなことを聞いてきた。
「最初はそうしようとは思ったんだが、それ言ったら大丈夫だって真琴が言っててな。まぁ無理強いするわけにもいかんから身を引いたんだが」
「それで私を迎えに来てくれたの?」
「そんなとこだ。もしかして、そんな理由じゃ不本意だったか?」
「そんなことない。むしろ迎えに来てくれてうれしい。二人でこうやってバイク乗れるんだから」
「そう言ってもらえるなら、よかったよ」
安堵の息をついて、俺は威勢良く、バイクを本来の目的地に向けて走らせた。
約束の時間の五分前に、集合場所に到着した。誘ってくれた泰牙と同じ高校の執行班である森嶋さん。そして俺が誘って都合のついた悠と真琴がいた。あいつはまだ来ていないのか。
「やぁ蓮。それに崎田さんも。一緒に来たの?」
「あぁ。俺のバイクでな。途中で迎えに行ったんだ。ところで泰牙はまだ来てないのか?」
「まだですね。桐生さんいつもぎりぎりに来ますから」
俺の返答に答えたのは森嶋さんであった。やれやれといったような顔をしていた。
「わかっていますよ。そういえば小さい頃そんなんでしたから。いつも遅刻のぎりぎりに学校来るんですよ」
「それは今もそうです。困りものですよ」
「って。噂していたら来たみたいですよ」
「いやー。ぎりぎりになっちまった」
泰牙がこっちのほうに走ってきた。腕時計に目をやると、もう約束の十四時の一分前であった。
「発起人が一番遅くにきてどうすんだ」
「わりぃわりぃ。ところでよぉ」
泰牙が悠の左隣に立っている真琴のほうを見て、右手を顎に当てて考え込みながら、彼女のほうを見ていた。
「蓮。この人は……」
「あー」
真琴を紹介しようとしたところで、泰牙が口止めしてきた。
「いや待て言うな」
ならなぜそういうこと聞いたし。まぁいいか。思い出そうとしてるみたいだから黙っておこう。
「あぁそうだ思い出した!柏葉だろ。小四の時に同じクラスになってクラス委員長やってた」
「正解。蓮からあんたのことは聞いてたけど、まさかあんたが執行班になってるなんてね」
「俺だって昔のままじゃあないんだぜ」
「だったら普段から早め早めの行動をお願いしますよ。桐生さん」
「……すいやせん」
班長さんには頭が上がらないってか。
「なんだかんだ世話好きだったからなぁ柏葉は。いろんなもめごとに仲裁に入ってはあくせく動いてさぁ」
「あぁ。俺は今でも世話を焼かれてるよ。学院同じだからさ。何かといろいろあって・・・」
「おせっかいで悪かったわねぇ・・・」
「あでだだっだだだ!?」
「でがな゛んで、お゛れまでぇ!?」
俺と泰牙。二人まとめて真琴に頭をぐりぐりされる。そうされる直前まで、彼女から放たれているまがまがしいオーラのような何かに気が付かなかった。
「やっぱり変わっちゃいない。餓鬼の頃のままよこいつら」
「柏葉さん。このくらいにしませんか」
「まぁ・・・。仕方ないかぁ」
森嶋さんの説得もあって、俺たち二人はすぐに解放された。
その日は六人で遊んでいた。こうして友人らと羽を伸ばせるのは楽しいことだし、事件も解決して紅葉の疑いのない、笑顔をまたみられるようになったのはまた良いことだ。
六人でボーリングを楽しんでいた時のことだ。
「森嶋さーん。ナイスストラーイク!」
「楽しいものですねー!」
「ねぇ真琴ちゃん。このチャレンジ成功したら千円キャッシュバックだって!」
「ホントだ。でも結構難しいのよこれ」
何やらモニターの画面を真琴に見せながら和気あいあいとしていた。
「だからこそ燃えるってものじゃないの。さぁいくよー!」
「崎田さーん。ファイトー」
隣のレーンでプレイしている女性陣の会話を聞いて、俺はあることを思い出した。
「なぁ泰牙。そういやさぁー」
「んー。なんだー?」
注文したフライドポテトをつまみながら、あいつは俺の話を聞いていた。
「俺あん時、お前から事件のこと聞かされた日に昼食代って言って、千円貸したんだけど。そういえばまだ返してもらってないんだよなぁ……」
「え? そんなこと……あったっけか?」
食べるのをやめて、冷や汗かいて明後日の方向に視線を向けていた。そうしているところに、このフレーム二投目を終えた悠が戻ってくると、あいつが逃げるようにしてレーンのほうに向かっていく。
「とぼけるんじゃあない。小四の頃のこと覚えてるお前のことだから、まさか二週間前の約束忘れるなんてことはぁないよなぁ? 泰牙さん?」
追い打ちの一言をあいつにかけてやる。そう言われたことで、あいつは身体をかたかたと震わせながらこっちを向いて、諦めのついた顔をしていた。
「おまえの分の夕飯奢るんで、それで勘弁してください」
「よかろう」
「ははは……」
「そんなことあったんだ……」
「話がないからてっきり忘れているものと思ってたが。そうか覚えていやがったか」
「おい貴様」
逃がしはせぬぞ。




