誓いと祈り
翌日。一晩眠った後とはいえ俺の頭の中はまだふわふわしていた。そしてあの時の温かな感触が忘れられずにいた。
十七年の人生で初めてキスをした。そういった知識のない小さい頃にしても、はたまたちょっと悪ふざけとかにしても。幼馴染とも、妹ともでさえしなかったことだ。頬とか額とかではない。間違いなくその感触は俺の唇に残っている。
あまりに突然のことだったとのいうのと、こうされるとは思わなかったというのもある。崎田さんは普段から色々と積極的というか、アプローチがこう・・・ね。この間の球技大会の時は人目のあるところで抱きついてきたわけだし。とはいえキスまでしてくるとは思わなかったのだ。
それって恋人同士ですることだろう。お互いを認めて……ん? 恋人。こい……びと?
いやええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?
もしそうだってことはさ、俺は崎田さんの彼氏ってことになるのかぁ!?
いやいや待った。あと、キスのことで頭がぐっちゃぐちゃになっていたけどもうひとつ。崎田さんが俺のこと蓮君って呼んでたことだ。崎田さん、普段は俺のこと苗字で黒宮君って呼んでる。俺以外にしても悠や天王寺さん、クラスメイトの男子にしてもみな名字で呼んでいた。それなのにだ。昨日は間違いなく名前で呼ばれた。
今はこのこと考えるのはやめにしとこう。頭いてぇし。学校もあるし。さっさと用意しちまおう。
学院に向かう途中、真琴の様子がちょっとばかしおかしかったような気もするが、深々と考察する余裕はなかった。
学院に到着し、自分の机の椅子に腰かける。隣に座っている将星と、友人の明弘、正樹と話していると、その人はやってきた。
「おはよー真琴ちゃん」
崎田さんが登校してきた。入り口の近くにいた真琴に挨拶して、カバンを自分の机に置くと、俺がいる方に近づいてきた。
「おはよ。蓮君」
「「「!?」」」
「あぁ……おはよう」
崎田さんはにっこり笑うと、俺と話すことはなく、真琴の方に向かっていった。昨日のあの時と同じように、俺のことを名前で呼んでくれた。ただその後、俺の後ろから物凄いプレッシャー反応が三つ。
「お前。これは一体どういうことだ」
「さ、さぁ」
「お前とうとうこういう関係にまで……」
「しかしお前だったら何とか許せるかも」
午前の授業も終えて昼休みになった。昨日のこととか、今朝のこととかもあって授業の内容が頭に入らなかった。あと何か忘れている気もする。
いつもの面々。朝話してた四人で昼食をと思って、四限の体育から戻ってくると、俺の机の上に二つ折りにされたメモ紙が置いてあった。
”屋上で待っています。 崎田紅葉”
そのメモ紙読んでると、一緒に戻ってきた正樹から一声かけられる。俺は慌ててそのメモ紙をポケットにしまう。
「どうしたんだ黒宮」
「あぁー悪ぃ。ちょいと急用思い出したから今日は三人でお昼食べててくれ」
「おぉ、そうか」
やれやれ。俺も腹をくくらねば。行ってみるしかなさそうだな。
弁当の入った包みをもって屋上まで来ると、崎田さんが待っていた。この場に他に人はいないようだ。
「あ。こっちこっち」
崎田さんに呼ばれたのでそのほうに向かう。少しためらいつつも彼女の右横、五十センチは離れたところに腰かけた。
「それで。話っていうのは?」
「……昨日のこと。びっくりさせちゃったよね」
「ある意味な。もう落ち着いたから気にせんでくれ」
そのあと、何を話していいもんかわからなかった。普段は崎田さんのほうから積極的に話しかけてくるから、こんなことにはならないんだが。
「あの時はゆっくりとは話せなかったんだけど、蓮君と会って色々変わったなぁって思うんだ。執行班が賑やかになったなぁっていうのもあるんだけど、執行班の仕事に熱心な君を見ていたら、私も頑張らなきゃって、一層考えるようになったんだ。あの時は向いてないなんて蓮君言ってたけど、そんなことない。きっと天職なんだよ」
「そういうもんかねぇ……」
「そういうもの。最初に会ったときから思っていたんだけど、きっと執行班に入る運命なんだろうなって思ったんだ」
「運命か。中々奇妙なもんだな」
そんな運命があったとして、あの時の俺は素直に受け入れようだなんて思わないだろう。
「もしあの時会わなかったとしても、きっと私や天王寺さんは君のことほっとかなかったと思う」
「それはなんともまぁ……」
「初めて君と会って、守ってもらって、執行班に熱心で。そんな君の姿がかっこよくてね。すごくドキドキしてたんだ。私って、いつも君に助けられっぱなしだね。そういうもんだから尚更ね」
「仲間なんだからさ。助け合うもんだろ。俺だってまだまだ未熟者だ。でもさ……」
「崎田さんを守ってやる。でしょ」
「あぁ。って待て!?なぜそれを!?」
「真琴ちゃんから聞いたよー。今週の間、時々そんなことつぶやいてたって」
「……聞こえてたのかよ」
恥ずかしくて仕方ねぇ。あいつの事だから黙っててくれるもんかと思ったんだが。朝ずっとにやけてたのってコレが理由かおい!?
「でも嬉しい。蓮君がそこまで心配してくれてたこと」
「心配するのは当然のことだ。今更になるが、いきなり名前で呼ばれると、男としては嬉しいような、ちょっとこそばゆいような……」
「そう呼びたいから。私にとって輝くような存在で……私の大好きな人だから」
そう言われて、俺は唾を飲んだ。恥ずかしいけど、そう言って貰えることが嬉しかった。
「お、俺だってそうだ。崎田さんの明るいところとか、元気なところとか、そういうところが好きなんだ。それだけじゃない。俺は崎田さんに出会えたからこそ自分を変えることが出来たんだ。だからその……俺にとって特別な人……なんだ」
そう言った後、彼女は少し身体を俺の方に寄せてきた。
「ねぇ。蓮くんも私の事、紅葉って呼んで。そうしてほしいの」
「崎……」
「そうじゃないの」
崎田さん。とこれまで通りに彼女のことを呼ぼうとした俺を、軽くどついてきた。
「あ、あぁ」
女の子の名前を呼ぶくらいなんだ。真琴や希愛だって名前で呼んでんだ。でもよくよく考えてみればそれは幼馴染や妹であるからであってだな。って今そういうこと考えるのは無しだ。咳払いしてから覚悟を決めて口を開く。
「も、もみ……じ」
「んー、ぎこちないけどいいか」
崎田さんがさらに俺のほうに身体を寄せてきた。もうくっついてしまってるくらいに。そして顔を近づけてきた。一瞬戸惑いもしたが、俺も同じように顔を彼女のほうに寄せる。
二回目のキス。今度は十秒以上は唇を合わせていた。今度は彼女から不意にではない。お互いに認めた者同士。誓いの意味を込めたキスであった。
「これからもよろしくね。蓮君」
「こちらこそ。紅葉」
「っとそうだ。やっと思い出した」
「どうしたの?」
俺はポケットからハンカチを取り出した。
「これ、もしかしてなんだけど、紅葉のじゃないかなって」
「あぁホントだ! この刺繍間違いないよ」
隅に刀の刺繍がされた白いハンカチを紅葉に渡した。
「ならよかった。色々と慌ただしかったってのもあって渡し忘れちまってな」
「ありがと。って今言うこと?」
「いいじゃねぇかよ。今思い出したことなんだからよ」
「やっぱり不器用」
「返す言葉もないな」
お互いに向き合ってにっこりと笑っていると、胸ポケットに入れていたスマホのバイブレーションが。
「なんだ。泰牙か。なんだって……」
「桐生君から?」
「明日遊びにでも行かないかってさ。よかったら一緒にどうだ?きっとあいつ喜ぶからさ」
「もちろん!」
「そりゃよかった。さて、いい加減お昼にしようか。時間も無くなってきてるしさ」
「そうだね」
屋上で二人、誰にも邪魔されることなく昼食の時間を楽しんだ。
その日の夜。自分の部屋でくつろいでいた崎田紅葉は、電話をかけていた。
『どうしたの紅葉。こんな時間に電話してくるなんて』
「なんかね。昨日は急な相談乗ってくれてありがとね」
『あぁ言われた時は驚いたけど……。まぁいいってことよ。蓮の奴がなんかしてきたら遠慮なく私に言いなさい。死なない程度で懲らしめとくから』
「そりゃあどうも……」
『……って言ってもあの様子なら問題なさそうだけどね』
「どういうこと?」
『何でもない何でもない。それじゃあまた明日ね』
電話を切って一息吐くと、崎田紅葉はベットに倒れこんだ。
「よかった……」
「心配することなさそうね。寧ろめちゃくちゃ仲睦まじいじゃないの。あんなことまでしちゃって……」
「お兄ちゃんいつの間に……」
「私は応援しますよ崎田さん。ちょっとびっくりしたけど……でも幸せならオッケーです」
一方で、屋上へ出るドアの影のほうから、二人を見守る三人の女子生徒がいた。




