消えた彼女は
放課後になり、今日も特別会議室でこれまでの書類の整理も終わって一段落していた頃。今度は調査班からの報告をまとめているところであった。といってもやることは大体これまでと同じなわけだが。
応接室で作業をしながらうだうだと話をしていた。
「にしても最近はこう……膠着してませんか?」
「犯人はお前に顔と手口を見られたんだ。そうなれば今までのようにはいかない以上動けないのだろう」
「そうなれば網にはなかなかかからない。岩場に隠れた魚みたいなものですね」
「みたいなものか」
「ならばその魚を誘い出す方法をば。って言いたいっすけど、いい方法がないんすよね……」
天敵から逃げ、それに見つからまいとするものをあぶりだそうとするのは至難の業であろう。そうさせる何よりの理由は警戒だ。そうなればそれを解いてやればいいというのが普通だ。
しかし無論だが相手は人間であって、呑気に海の中を泳いでいる魚ではない。ちょっとやそっとのことじゃ出てこないのは考えるまでもなく想像のつくことだ。
今は人員を増やしての捜索に当たっているが、こうして三日になるのか。見つからないのだ。まぁこういう捜索ってそれなりに時間がかかるものだし、すぐに見つかるほうがめずらしいんじゃないか・・・というような話を聞いたことあるような気もする。過去には小さな島で、脱獄犯が二カ月近くも逃亡していたという事件があるらしい。それを考えれば、犯人探しも楽な任務ではない。
それを俺たちは、いろいろあって悠達や山水他の執行班に任せているわけなんだが。
「保存してっと。これでデータ化は終わりですね」
「あぁ。といってもまだ書類にする工程が残っているがな」
「そうでした……」
「といっても必要なとこ抜粋してコピーするだけだから……ってけっこう面倒なことでした」
「何も今日終わらせろって言ってるんじゃない。キリもいいから少し休もうか」
「そうっすね」
「さんせーい」
作業も一段落したところでノートパソコンを閉じて、リュックの中にしまってある水筒を取り出してテーブルの上に置いた。キャップを外して中のお茶を一口喉に流し込む。
邦岡さんは通信機で誰かと連絡を取っているようであった。
「誰と連絡を?」
「天王寺だ。向こうはなかなか進展がないとだけ言っていた」
「焦らずに行こうって言っても、進展ないのは辛いですからね」
「私、ちょっとお手洗いに」
崎田さんはそういって立ち上がると、足早に出て行った。
崎田さんが出て行ったのを見て、邦岡さんが俺にこんな質問をしてきた。
「今更になるが。黒宮はこの事件をどう見ている?」
「どう……って。急にどうしたんすか?」
「なんと言うかな。何か裏があるように感じてな」
「裏…ですか」
最初は愉快犯なんじゃないかという山水の推測を真に受けてこれまでの調査に当たっていたが、真相に少しづつ近づくにつれて、なにか知ろうとすればするほどまた新しい謎が生じていく。この前のことだってそうだ。あいつが本当に複数の能力を有する可能性があるかもしれないという謎が生まれることにもなったわけだし、それに――――
「この前の調査の報告会で言った、私達が遭遇した一人の女性の話を覚えているか?」
「そりゃあもちろん。忘れる訳には行きませんから」
そう。その女性のことだ。邦岡さん曰く、この人物が何か鍵を握っているんじゃないかという考えなんだが。
「その人については、何か分かったことはあるんですか?」
「いいや。いくら調べても引っかからないのと、先日の崎田の件もあって調査は断念した」
「はぁ。ところでなぜ二人だけの時に」
「深い意味は無い。ただなにか話さんと、私の方が落ち着かなくてな」
「そ、そうですか。ともかく崎田さん戻ってきたら、改めて三人で話し合いましょう」
なんだが……。
「流石に遅くないか?」
「ここから一番近いトイレでも、ここ出て曲がってすぐですよね」
かれこれもう十分は経とうとするところであった。
「あぁ。ほかに何か寄り道してくるとは思わんがな」
テーブルには、崎田さんの使っていたピンク色の水筒が置いてある。自販機に寄ったとは思わない。もしかすれば教室に忘れ物でもしたのだろうか。
いやそれにしても、だ。ここまで遅くなる理由が思い当たらない。
「ちょっと出てくる。待っててくれ」
「わ、わかりました」
なんだろう。この胸騒ぎは。すごく嫌な予感がするというのはこういうことなのだろうか。無事を祈りつつ待っていると、扉が開いた。
「……」
戻ってきたのは邦岡さん一人だけだった。それに、立ち尽くしたまま動かない。
「邦岡さん?」
邦岡さんは入り口で黙ったままだ。その左手にはハンカチのような布切れが握られていた。
「……うかつだった」
「え……」
邦岡さんはかつかつとこちらに近づき、俺の右肩に右手を置く。ぐっと、悔しさの現れたような力強さがあった。
「黒宮。犯人は何か映せるものに入り込める能力を有しているって言っていたな」
「そうですけど……ってまさか!?」
「近くのお手洗いの鏡の下に落ちていた。おそらく崎田のものだ。そういえばこの前、新しいものを買ったと嬉しそうに話していたのを覚えている」
邦岡さんが俺に、右手に持っていたものを渡した。白いハンカチで、隅のほうに黒い糸で刀の刺繍がされていた。
学院の中でなら安全だ。その考えはあまりに甘かった。というよりも、ここまでするだろうという考えが至らなかったというべきなのだろうか。
崎田さんが学院にいて、その中で一人になった時を狙ったというところだろうか。犯人もやけが回ったのか。いや、捜査の裏をかいてこの様な形で接近したということだろうか。
しかし今はそんなことを考えている場合ではない。まず優先して考えるべきは崎田さんのことだ。
だかしかし、あまりに想定外なこと故どうするべきかわからない。このことを早急に報告するべきか、いや。そうして事態を混乱させてしまうっていうのはどうなんだ!
何やってるんだよ俺は! 決めたじゃないか。もう迷わないって。
崎田さんのことを守ってやるって!
「黒宮。何処に行く」
外に出ようとした俺を、邦岡さんが呼び止めた。
「探しに行きます。虱潰しにでも探します」
「当てもなく動いてもそれは無謀だ」
「だからって!」
とにかく何でもいい。行動を起こさないと。そう思った時だった。
「あらぁ。困りごとかい嬢ちゃんたち」
「「?!」」
突然俺や邦岡さんのものでもない、聞いたことのない声が、窓のほうから聞こえた。
「誰だあんたは?」
開けられた窓の枠に腰掛けるようにして、ピンク色の髪の女性が一人、姿を表していた。
そしてその人は、あの写真に映っていた人に、間違いなかった。
「眠い」
「うつつ抜かしてんじゃねぇ竜胆」
「見つからないんすから、仕方ないっすよ中本さん」
「古沼、お前までもか……」
見つかりません。




