夕暮れ時のあっけらかん
「崎田さん」
「ひょへあぁ!? って黒宮君かぁ。びっくりしたぁー」
「脅かすつもりはなかったんだがな……」
おそらく周りが見えていなかったのだろう。俺が声かけようとした時も何かぶつぶつといっているような感じがしたからな。
「それで、どうしたの?」
「いや。なんというかな……。やっぱりなぁって思ってさ」
泰牙の奴があそこまで言っていたが、おれもあいつほどまではいかないが心配にもなるし不安にもなる。身近な人が、知り合いが、正体も素性もわからないような奴に狙われているかもしれないと言われれば、なんとも思わないはずは、まずないであろう。
「悪いな。あぁ言ってしまって」
「ううん。黒宮君は何も悪くないから」
「それで勝手な頼みになるんだが。さしつかえないなら、その……」
「黒宮君?」
「どうかしたの蓮。なんかしどろもどろして」
少し離れたところから見ていた悠もこちらに近づいてきた。
「いやー。なんというかな……」
『心配だから家まで送ってやろうか?』カップルの彼氏のようなそんな台詞が、口の中からすんでのところで出てこない。たった一言ではないか。さっさと言ってしまえばいいではないか。だがしかしだ、こんなこと言っていいものなのか。もちろん心配だ。でもまだそういう関係じゃないと思うんだ。
なんか学院中であれやこれや勝手に言われているけど、恋人とかじゃないからな!あくまでクラスメイトであって、執行班の仲間であって、友人みたいなもんだけどさぁ、それ以上ではないと思うんだ。
そもそもそうなったのは崎田さんがすごい積極的に話しかけてくれるからであって、周りからはいちゃいちゃしたカップルみたく思われているのでは……。
待てよ。ってことはさ。崎田さんはどう思っているんだろうか。ひょっとしたら俺のこと……って今はそこじゃねぇだるおぉぉぉぉぉぉ!! これじゃあ恋愛を知らない童貞であること丸出しの発言じゃあないのかこれ。まぁ事実だがな!!
今それ考えるのは無しだ。今考えるべきはほかにあるじゃないかともかく……
何とかして勇気を振り絞り、息を吸っていざ言いだそうとした瞬間――
「紅葉のことが心配だから、この俺がボディガードになってやろう」
「「!?」」
「そこまで恥ずかしがらなくたっていいじゃないか。俺に身を委ねてくれればいいんだからさ。って言いたいのかしらー?」
いきなり俺の背後から声がするもんだから、思わず体がビクンと動いてしまう。それは俺の目の前にいる崎田さんも同じだ。驚いた理由はそれだけではない。その声の主は、俺が言おうと思っていたこと、感づいてたかの如くそのまま代弁しやがったのだからな。もちろんこんなキザな意味深にも感じる言い回しではないがな!
「は、は、ははひゃかみゃだしゃん!?」
「言葉がぐっちゃぐちゃになるくらい驚かなくたっていいじゃないのー。男だったらガツンと言っちゃいなさいのー」
「いやいやいやいやいやいやいやいや! そういう問題じゃないですからねぇ――?!」
もう出てくる言葉はおろか思考までもが、ミキサーにかけられた食材のごとくドロドロのグッチャグチャになっていく。
あぁもう! どうにでもなれーー?!
「く、黒宮君? そこまで頭抱えなくていいからね。その気持ちだけでも十分嬉しいから」
「お気遣いどうも…」
ひとまず崎田さんの家まで付き添ってやる。ということになったが、袴田さんにあれやこれやと茶化されたおかげでもう恥ずかしくて仕方ない。あの人のことだから新聞部の某生徒とは違って、誰かに言いふらすようなことはしないと思うけど、あぁまで言われるとなんともまぁ…って思うわけよ。さっさと言ってしまえば良かった。
もちろんそれだけじゃない。二人で帰ろうとしているところを他の生徒に見られているわけで、何やら話しているのがなんとなくだがうかがえた。おかげでな、精神的にも参ってきそうだ。
「こうして歩いてるけどさ。歩いて行けるほどの距離なのか?」
「そうだねー。二十分くらいかなー」
「そっか。方向は違うが、俺の家も学院から近いからさ」
「真琴ちゃんちのお隣だったっけ。っと。着いたよー」
「……」
感服のあまり言葉が出ない。崎田さんの自宅だというそれは、立派な和風のお屋敷であった。
「崎田さんって、もしかしてお嬢様?」
「そんなもんじゃないよー。ちょっと家が大きいってだけ。親戚も多いからさー」
「成程。そ、そういうもんか」
なんやかんやと話していると、家の門が開いて一人の男性が出てきた。そして俺たちに気が付いたのかこちらに向かって歩いてきた。
「おぉ。紅葉、帰ってきたところか」
「お兄様。はい、ただいま戻りました」
「そうか。ところでそちらの殿方は?」
「依然話していた新しい執行班のメンバー。クラスメイトの黒宮蓮君」
「あぁそうか。最近紅葉が嬉しそうに彼のことを話しているものだから、気にはなっていたんだ。初めまして、紅葉の兄の崎田柊平だ。よろしく頼むよ」
「改めまして、黒宮蓮です。よろしくお願いします。」
お兄さんが握手を要求しているのでこちらも右手を差し出し、柊平さんの手を握った瞬間――
「?!」
思い切り握りつぶそうかといわんばかりの力で俺の手を握ってきた。それはもはや握手ではない。目を細めて、顔はにっこりとしているんだが、絶対笑ってないよあれ。
「紅葉がやけに君のことを気に入っているようだが、俺は認めないからな。いい気になるんじゃあない」
「なんで付き合っているっていう前提なんで……あでだだだだ!?」
「御託は結構」
表情そのままにさらに強く俺の右手を握ってくる。といったところで、お兄さんの首筋に、背後から紅い剣先が突きつけられていた。
「黒宮君に手をかけようっていうなら、いくらお兄様といえど容赦しないよ?」
「ほーう? 兄である俺に刃向かうか。紅葉も大人になってきたんじゃあないのか?」
「忠告しとくけど、あんまり私を子ども扱いしないほうがいいよ。いつまでも私に勝てるだなんて思わないことね」
なんだろう。物凄くやばいなっていうのは何となくだがわかる。崎田さんの目が普段見ないようなきりっとしたものになっているし、声の調子も変わっている。お兄さんの方は首筋に刀突きつけられているにもかかわらず、表情一つ変えずに平然としているし。
「いいだろう。向こうでやろうか」
そういってお兄さんは俺の手を振り払うと、たまたま持っていたであろう二本の竹刀の一本を崎田さんに投げ渡した。
「上等だよ」
崎田さんがその竹刀を受け取ると、そのまま二人は呆然とする俺を置いて、門の向こうへと消えていった。
「……あのー。俺おいてけぼり?」
俺のその声に答えてくれたのは、陽が沈んでいき、茜色に染まりつつある空。俺の頭上を飛んで行った二羽のカラスの気の抜けそうな鳴き声だけであった。
まぁ、崎田さんを家まで送るっていう目的は果たされたわけだし、…いいか。
もうあれこれ真剣に考えることさえ気だるく感じてしまった。もう大人しく帰ろう。
「兄妹喧嘩も大概にして欲しいんだがな。特に他人がいる前ってのは」
正直なところ、どっちが勝ったのかは気になるところだ。
なおその後。崎田柊平は妹に叩きのめされたのか、竹刀の横でくたばったように倒れていた。
「袴田。お前は危機感とか配慮とかはないのか」
「何よー。こういう時こそだからよー。ちょっとはこういうのも必要なのよ」
「恐れを知らないって、ある意味すごい気がしてくるよ」
何事も、明るく行きましょうよ。




