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邦岡麗奈の幸福

  あれから数日経って。私は放課後が来るのを心待ちにしていた。

 今日はかねてより頼んでいた、柏葉の家で飼い始めた猫を触らせてもらえる日だ。猫カフェに行ったあの日からというもの、早くその時にならないかとそわそわしていた。そして今日その日になったのだ。

 顔に出さないようにしているが、楽しみで仕方ない。こんな気分になったのはいつ以来だろうか。

 この日最後の授業である日本史が終わり、放課後になったと同時、私は手早く教科書等をカバンにしまって教室を出て行った。


「ねぇねぇ。最近の邦岡さん。やけに機嫌よくない?」

「確かにー。もし……とうとう彼氏でもできたのかしら―?」


 邦岡さんが勢いよく教室を出ていくのを見ていた女子二人組が、彼女について話をしていた。


「まさかー。天王寺さんとかだったらとうにそういう話になってるってー。他の男子にしたって邦岡さんなんて恐れ多いってー」

「だったらさー。あの噂の編入生の子とかどうだろ?あの子も結構イケてるしさー」

「それもないってー。あの子は崎田さんがぞっこんって話もあるしさー」

「それもそうだよねー。本人がどう言ってるのか色々噂になってるけどねー」



 私は校門で柏葉が来るのを待っていた。かれこれ五分ほど経っているが、それ以上に長く感じてしまう。スマホを触りながら待っていると柏葉と崎田がやってきた。


「おまたせしました、邦岡さん」

「いやいや気にしないでくれ。今来たところだからさ」

「そういうのは、大抵まだかまだかと待っていた時に言うセリフですよ。邦岡さん」

「そ、そういうものなのか」

「そういうもんです」

「まぁともかく。早く行こうよ真琴ちゃん」

「はいはい。じゃあ行きましょうか。私の家、ここから歩いて行けるところにありますから」


 その日は、柏葉と同じクラスである崎田も一緒に向かうこととなった。


「やっと落ち着いてねー。ユキもうちに少しずつ慣れてきてねー。あっ、ユキっていうのは子猫の名前でねー。中々活発な子なんだよー」

「そっかー。会うの楽しみかもー」

「あぁ、そうだな」


 十五分ほど歩いて彼女の家に到着した。


「ホントに近いんだな。羨ましい限りだ」

「何かとね。ちょっとお母さんに話してくるので、ここで待っててください」

「はーい」



 柏葉が戻ってくるまで家の門の前で待っていると、私達とと同じ制服を着た二人がこちらに歩いてくるのが見えた。彼らが近づいて来るにつれて、知り合いだというのが分かった。


「おぉ黒宮君。それに希愛ちゃんも」

「崎田さん。それに邦岡さんも。真琴の家まで来て何か用があるのか?」

「真琴ちゃんに頼んで、飼ってる猫を見せてもらおうと思ってさー。最初に頼んだのは邦岡さんなんだけど、私も一緒に行こうかなーっと思ってさ」

「そ、そういうことは言わなくてもいいんじゃないか、崎田」

「そうですかー? そんな恥ずかしがるようなことでもないですから―」

「そ、それよりもだな」



 これ以上後輩にからかわれるのも、私のプライドが許さない。


「どうしたんだ。黒宮も柏葉に用があるのか」

「そうそう」

「用もなにも……俺らの家、真琴の隣ですから」


 そういって黒宮は、左手の親指で柏葉の隣の家のほうを指さした。


「マジで?」

「「マジで」」

「そうだったのか……」

「家が隣っていうのも、幼馴染の理由ですから」


 崎田が黒宮と話しているところで、柏葉と彼女の母親と思われる女性が現れた。


「お待たせしましたー。って蓮に希愛ちゃんまで」

「あらあら。賑やかねぇー」

「なんか成り行きというかなんだで混ざることになったんだが」

「そんな感じ」

「というか真琴ちゃん。黒宮君のお隣さんだったの?」

「あー。そういや説明してなかったねー」

「初めて知ったー。驚愕の事実だよー」

「俺はてっきり知ってるもんかと思ったんだが。なんだかんだ仲いいみたいだからさ」

「一回紅葉をうちに呼んだことはあったんだけど、あの時はあんたはまだこっちに戻ってくる前だったしねぇー。そういう話する機会もなかったわね」

「そういうもんか」

「そういうもの。まぁ立ち話はこのくらいにして、早く上がって。蓮君と希愛ちゃんもどうぞ」

「「おじゃましまーす」」

「失礼します」

「じゃあ……お邪魔します」



 リビングに通され、紅茶までいただけることになった。そこまでしていただかなくてもと思ったが、そこまでされると拒むのも悪い気がしてくる。紅茶を飲みながら待っていると柏葉が白猫を抱えてリビングに現れた。

「というわけで新しい家族、ユキちゃんでーす」

「わぁー。ちっちゃくてかわいいー!」

「そうだよねー」

「……」


 なんだろう。初めて見たような感じがしない。どこかで見たような。


「どうしたんですか邦岡さん?」

「いや。なんというかな……」

「邦岡さん。この猫に見覚えが?」


 崎田が首をかしげている中、黒宮兄妹は何か知っているような顔をしていた。それを見て数日前のことを思い出した。


「あの時撫でていた猫……。その、黒宮に見られたときの……」

「あぁ・・・。そういやそんなこと・・・ありましたね」

 黒宮(兄の方)はあまり思い出したくないのか目をそらしていた。そうであるなら私も同感である。一方で妹のほうは、こうなった経緯を説明してくれた。


「実はあの後、あの小猫を連れて帰って真琴姉のうちで飼えないか相談してたんです。そしたら速攻で快諾してくれたものでしたから」

「いきなり頼まれた時は驚いたけど、親に相談したらあっさりと許してくれて……」

「私もダーリンも飼いたいなーって言ってたんだけど、なんだかんだで飼わないまま時間が経っちゃってー。そこに希愛ちゃんが可愛い子猫連れてきちゃうもんだから断る理由なんてないわよー」


 柏葉の母親が嬉しそうに語っている。それにしても……


「(真琴の母さんって、こんなキャラだったっけ)」

「(お兄ちゃん、それは私も同じ思いだよ)」


 なんか黒宮兄妹がコソコソ話しながら困惑の顔を浮かべているんだが・・・、理由は訊かないでおこう。


「そうだったのか。またこうして会えるとは思わなかった……」

「まさに運命ってやつですねぇ」


 ユキと名付けられたその白い子猫は私に気が付いたのか、柏葉の手から離れるとこちらに駆け寄ってきて、ソファーに腰かけていた私の太ももに飛び乗ってきた。

 あのごく数分のことであったが、私がそうだったように、この子猫も私のことを覚えているのだろうか。

 きっとそうに違いない。そうでないのなら真っ先に私のほうに向かってはこないであろう。

 私はユキの頭を、あの時のように優しくなでてやった。そしてユキもあの時のようにみゃあーんと喜ぶように鳴いた。



 その日以降、執行班の仕事のない放課後や休日の隙を見つけては、度々柏葉の家を訪ねている。あの子猫と会う時間が、今の私にとっての癒しだ。


「邦岡さん、嬉しそう」

「嬉しそうというか、もうあれ嬉しいって顔じゃないのか」

「うんうん」


 モフモフ。

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