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邦岡麗奈の憂鬱

 邦岡麗奈。兼城学院執行班副班長の三年生。物質の硬さを自在に変化させられる能力を持つ。おしとやかでクールビューティーという言葉の似合う、皆の理想とするような生徒会長のような人だ。

 普段は感情の変化が少ない彼女であるが、時にそのイメージを覆すような一面もまたある。彼女に限らずだが、人は誰も皆そういう一面がある。

 そんな彼女の、とある休日のことである。




「(いや、こらえろ。今の私には大事な用があるじゃないか……)」


 目の前のとある何かに向かって手を伸ばそうとするが、その手をくいっと引き戻してしまい、そうするかしまいかと悩んでいるようであった。


「(いやでもしかし、別に急ぎというわけでもないし。かといって……)」


 その何かは、邦岡のことをじっと見つめるように丸まっていた。

「(いやだがしかし……くぅぅー)」


  さらにその何かは追い打ちでもかけるように私の方を見つめてくるじゃないか。


「(やっぱり我慢できない!)」




 今日は真琴が諸事情につき遅くなるとのことであったので、希愛と二人で帰っていた。朝、ばあちゃんに頼まれたお使いを済ませて、住宅街に入ってしばらく。俺達はとある光景を目にすることとなった。


「ふぁぁぁ……かわいい」


 ダンボールに入れられている捨て猫を、ほころんだ笑顔で撫でている邦岡さんがいた。


「ふさふさで気持ちいぃぃ……」


 柔らかい鳴き声を聞く限り、捨て猫は満足そうな夢心地にでも浸ってるような感じであった。


 あんな邦岡さんを俺は今まで一度たりも見た事がない。普段はキリッとしていて、こんなとろけたような笑みを浮かべたことなんてなかった気がする。


「すまないな。私にはこうして撫でてやるくらいしかできなくて……」


 邦岡さんが何かを感じ取ったのか、不意にこっちを向いたものなので、数秒ほど距離を置いて見つめあうこととなった。

 邦岡さんはしばらく顔を赤らめ、それでもはっとしたのか、猫の頭を軽くポンと撫でてからスッと立ち上がると、一目散に走り去ってしまった。


「何だったんだ?」

「さぁ」

 俺たちがさっきまで邦岡さんが座り込んでいた場所に行ってみると、変わらず子猫が一匹。


「おー! 可愛いー!」

「捨て猫か。どうしたものか」

「うちで飼うのは難しいか」

「それもそうだな。じいちゃんあんまし猫好きじゃなかったかも」

「んー……あっそうだ」




 その翌日、邦岡麗奈はとある喫茶店にいた。ミルクティーの入ったカップを見つめながら深いため息をついていると、この店のオーナーさんが声をかけてきた。


「どうしたんです。さっきからカップを見つめて」

「いえ。たいしたことではないので」

「そうか、いやしかしだな……」

「すみませーん。お会計お願いしまーす」

「はーい。少々お待ちをー」


 話しかけてきてくれたオーナーさんは、会計の為に向こうにあるレジの方へと行ってしまった。


「……」

「(間違いなく見られたよな?! いや間違いない! 黒宮はそんな性格の悪い奴じゃないからあれこれ言いふらすような奴じゃないと思うけど……)」


 首を横にブンブン振っては取り乱し、かと思えば頭を抱え、落ち着きのない様子そのものであった。


「(いやでもなぁ! 私今度あいつに会ったときどんな顔すりゃいいんだ! 私のイメージがたがたじゃないか?! そんな恥ずかしいこととかではないがやっぱりこうなんとも……)」


「200円のお返しになります。こちらのクーポン、次回のご来店時にご利用ください」

「あらー、ありがとうございます」

「ありがとうございました。またお越しください」


 オーナーさんがお客に一礼して見送ると、先程の定位置、カウンターを挟んだ私の前に戻ってきた。


「よぉしお姉さん。良ければ相談に乗ってやろうじゃないか」

「い、いえそんな。たいしたことじゃないですから」

「そうやって小さなことを抱え込んでると後が怖いよ。塵も積もれば山となるってね。人間は面白い言葉を考えたもんだな。おぉそうだ。気の紛らわしに私の知る、ちょいと忙しのないとあるガキンチョのはなしでもしてやろうか」

「で、ですが仕事中では?」

「いいのいいの。こうやってお客と話をするのも仕事だからさ」


 オーナーさんは私が返答するのを待たず、思い出話を始めた。


「私がそのガキンチョに初めて会ったのは、この店を開いてから半年くらいたったころだったかな。その時のあいつは八歳だったか。年相応のガキって感じで、来るたびにからかうのが楽しかったよ。」

「は、はぁ」


「そのガキンチョはヒーローにでもあこがれてたのかねぇ。よく誰か助けるためだとか言って、危ないことに首突っ込んで、つまらん怪我して親に怒られて。それでもなお同じことの繰り返しでな」

「子供らしいと言えば、そうだな」

「一回そいつにな、何でお前そこまでするんだ。って聞いてみたんだ」

「それで、その子はなんと?」


「困ってる人はほっとけないから。見て見ぬふりなんてしたくないから。ってさ。なんというか善意の塊って感じでな」

「ふふ……そうか」

「つい最近になって、また話をする機会ができたんだ。年も経って、今度はガキンチョではなく高校生としてな。思春期迎えて複雑に悩んでいても、考えてることというか、中身は同じだったよ」

「いいことなんじゃないですか。誰かのためを思うってのは」

「君もやっぱりそう思うか。私も同感だ」

「私もそういうものですから」



 そんな話をしていたところで店のドアにつけられたベルがチリンチリンとなる。お客が来た合図だ。


「いらっしゃいませー。空いているお席に……って噂をすればか」

「?」

「どういうことですか?」

「気にするな。ほれ、さっさと座んな」

「客をもてなす態度ですか、それ」


 首を回して入り口のほうに顔を向ける。話にあったそのガキンチョとやらだろうか。というか待て。なんか聞き覚えのある声がしたのだが……。


「「あっ」」


「どうも……」

「ぐ、偶然ですね」


 たまたま寄った喫茶店で、黒宮と対面することとなった。というよりも、オーナーさんの言ってたガキンチョって黒宮のことなのか……。私もそうだが黒宮まで気まずい顔をしていた。


「んー? なーんだ蓮。このお客、お前の知り合いなのか?」

「えぇ、まぁ。学院の先輩ですから」

「そうか。それにしちゃあなーんで彼女はさっきから顔赤らめてんだ。最近お前、性格だけでなく女癖まで悪くなってんじゃねぇのか? 都会で変なもんでも覚えてきたかー?」

「そんなことないです」

「そろそろ真琴が黙ってないと思うがなぁー」

「単なる仕事仲間ですから。先輩ですから。変な目で見るのはやめてください」


 喫茶店のオーナーさんと黒宮が話しているとき、黒宮の横に少女がいるのに気が付いた。


「ところで黒宮。そちらの女性は?」

「あぁ、彼女は……」

「妹の希愛です。不肖な兄ですがよろしくお願いします」

「そういうこと言わんでくれ」

「妹さんか。そういえばあの日、お前に殴り込みに来た女子生徒についてきていた子か」


 よくよく見てみれば、見覚えのある顔であった。


「それは思い返したくないんで……」


 思えばあの迫力は中々のものであった。さっきまで天王寺とほぼ互角にやり合ってた黒宮を、いとも容易く黙らせてしまったのだから。今度話をしてみたいものだ。



 黒宮と妹さんが二人分のコーヒーを注文した後、近くのテーブル席に移動する。


「にしても……意外な一面でした」

「頼むから多言は勘弁してくれないか……」

「そんな意地悪いことはしませんよ。それに変な趣味とかじゃないんですから」

「でもなぁ黒宮。らしくないって思っただろう」

「誰だって、そういう誰かに知られたくないようなもののひとつくらいありますよ。でもいいじゃないですか。猫好きってくらい」

「言ってくれるな。正直私としては包み隠したいもんなんだが……」


 そう。好きなんだ。可愛いもの、特に猫が大好きなんだ私は! 普段周りからクールだとか凛としていると言われているから、そういう一面は想像つかないのではと思い、このことは周りには黙っている。親しい者にもこのことを言ったことは、おそらく過去十七年においてないだろう。

 それを始めて他人に、しかも知っている者に知られた。物凄く恥ずかしい。できることなら逃げ出したいくらいに。



 また入り口のベルが鳴る。今度は先程と違い勢いよく開けられたため、チリリリーンとテンポ良い音色が響く。


「あっ、黒宮くーん!」


 こちらに向かって元気よく呼びかける声が聞こえる。学院で聞きなれた声の主は――――


「崎田さん」

「奇遇だねー。こんな時に会うなんて」

「そうだな。真琴も一緒か」

「なに、私がいたら悪いかしら?」

「怒んなよ。誰もそこまで言ってねぇよ」

「ところで、邦岡さんも一緒なんですか?」

「え、あ、ああ……。たまたまここで黒宮と会ってな」

「そうなんですかー」

「いらっしゃいませー。っておやぁ真琴ちゃん。それに紅葉ちゃんまで」

「こんにちは」

「あちら相席でもいいですかー?」

「構わないよ」

「ありがとうございまーす。私アールグレイお願いしまーす」

「干場さん。私はエスプレッソを」

「はいかしこまり。少々お待ちを」



「(なんだろう。偶然が重なったとはいえ、えらい大事になってないか……)」

「(女子四人に男子俺一人のお茶会って、なんだこの状況)」



「あんたまた何かやらかしたの?」

「そんなことはねぇ!」

「おーおー、相変わらずだねぇ」


 一番やっかいなのは、一番知ってるやつ。

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