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余興の終わり

  ともかく気を引き締めねば。マウンドに立って、咳払いしてから右腕を軽く回して調子を確認した。さすがに今日けっこう投げてきたのもあって本調子とまではいかないが、一回だけなら問題はなさそうだ。


 三球ほどの軽めの投球練習をしてから、手招きして将星をマウンドに呼んだ。


「エキシビションだってのにわざわざ呼び出すとか、どうしたんだ。緊張してんのか?」

「あんだけ騒がれて冷静でいられるか!」

「まぁあんだけ公にされるとねぇ……」

「おかげでなんかモヤモヤすんだよ」

「へいへい。まぁとにかく落ち着け。力むんじゃねぇよ」

「もういい。特に話すことはない」


 今度はさっきと逆の方向に右手を振り、さっさと用意しろと無言で促す。あいつもそれに応じて元居たところに戻る。



 あれだけ放送席でいろいろ言われるとこちらも吹っ切れてしまいそうだ。先日の新聞騒動からのことだが、大事になりつつあるのを崎田さん自身あまり自覚ないのだろうか? 今それを考えるのはやめよう。この回を抑えて試合を終わらせよう。



『さて、バッテリーでの打ち合わせも終えていよいよですね。注目の五回裏。野球部は三番の寺井選手から。いきなりのクラスメイト対決です』


 先頭は同じクラスの寺井。野球部相手というのもそうだが、一つ警戒するなら俺の球についてよく知っているということだ。

 体育なんかの練習の時も見てくれていたわけだし。もちろんそれはミットを構えるあいつもそのあたりは分かっているだろう。安直な投球はできない。


 一息はいてから右横を向き、左足を上げて投球体制をとる。一球目はアウトローにストレート。下に外れてしまったが勢いは十分。最初の一球目ほどではないが、著しく衰えてはいなかった。二球目、三球目もストレート。コースは散らすように投げた。カウント2-1。四球目でカーブ。ここまで試行錯誤で投げたおかげでうまく使えるようになった。コースも悪くない。

 寺井はその球を打ち上げてライトフライ。その瞬間歓声が上がる。



『黒宮選手、クラスメイトの寺井選手を打ち取りまずはアウト一つ。次は四番の荻原選手です』


 次の相手は四番。事前に野球部側の情報については悠から聞いてはいる。今日は打率7割越えで、野球部の中でも抜けていると聞いている。校内の大会とはいえ恐ろしい数字だ。

 プロでも三割超えればいいバッターだというのに。プロ同士の対決と比べるのは変な気もするが。

 甘いところ、ど真ん中にだけは行かないように気をつけねば。


 一球目は思い切ってインコースぎりぎりに投じてみたが外れてボール。その後の二球は外に。しかし外れて3-0。逃げ腰というわけではないがコースに入らない。結局四球目、ストライクを取りに行ったストレートを打たれた。


 まだまだクリーンナップは続く。気を取り直して五番の難波との対決に向かい、一塁に注意を向けながら投げる。今度は変化球から入った。カーブを外に投げて結果はファール。その後はストレートを二球投じてカウント0-2。三球とも振ってきている。

 タイミングを外してみるか、ストレートで押すか。少し悩んでから前者を選んだ。インコースにチェンジアップ。難波のバットがそれを捉え、ボールは勢いよく俺の足元左側を抜けてヒットになるかという当たりだった。


『難波選手打ったぁ! ボールは二遊間を抜け……』



 その球に飛びつく人影があった。球は彼のミットに収まる。


『いや抜けない! セカンド草薙選手これに追いついた!』


 草薙は倒れこんだ体制から二塁についていたショート西野に送球。西野がそのまま二塁を踏んで一塁ランナー荻原はアウト。西野は軽快に一塁に送球したが難波はセーフ。これでツーアウトランナー一塁に。


『良く追いつきました! 草薙選手のファインプレー!』

『いいプレーでした。抜けていれば一打同点というピンチでしたからねぇ』

『草薙君かっこよかったです!』


 俺は悠に拍手を送る。彼は右手の親指を上に向け、笑顔とサムズアップで返した。俺もそれと同じように返す。

 他の選手、ギャラリーも彼に拍手を送った。



 まだ気は抜けない。悠の活躍を無駄にしないよう、あと一人しっかりと抑えなければ。続くバッターは六番桜居。あいつを抑えれば試合終了、選抜チームの勝利だ。


『ファインプレーもあってこれでツーアウト。打席には六番の桜居選手』

『しかしまだ気は抜けません。彼は長打が魅力です。長打が出れば同点の可能性もあります』

『まさにデットオアアライブ……』

『李梨華ちゃん、それはちょっと違うような……』


 一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。ここまで炎上こそしてないけど野球部相手となると分が悪い。まぁほぼ素人と経験者の時点で力量はかなり違うと思うが。


 三球続けてストレート。全て低めに集めた。高めを狙うとすくわれて長打になる可能性が高くなるからだ。かといって同じコースばかりに投げているとそこに付け込まれる。難しいもんだ。

 正直言ってあれこれ考えるのは嫌いなのでリードのほとんどは将星に任せっきりだ。次は……


「(ここでインハイか)」


 カウント2-1で高めを要求してきた。拒むことなく首を縦に振り、その通りに投じる。バッターは詰まらせてファールとなった。


『さぁこれで黒宮選手追い込んだ! 勝負が決まるのかぁー?』



 次第に歓声が大きくなってくる。ギャラリーの視線が俺と桜居の二人に集まってくる。

  五球目。この一球で終わらせよう。一呼吸してから俺は左足を上げた。力を込めて土を踏み、ありったけを注ぎこんで投げた直球は将星の構えるインローやや左へ。桜居も勝負をかけてフルスイング。ボールは高々と上がった。


『桜居選手の打球は高く上がったー! 同点か、試合終了か。はたまたサヨナラかぁー?! どこまで延びる!?』


  ボールはホームランとなるフェンスの手前、ライトの小鳥遊の構えたグローブの中に収まった。



『ライト小鳥遊選手取りましたぁ! 試合終了! 5対4で選抜チームの勝利です!』


  ウイニングボールをとった小鳥遊を始め、チームの面々が俺の方へ走ってきた。



『皆様! 健闘した両チーム選手らを称え、今一度大きな拍手をお願いします!』


  球技大会は熱狂の元に、幕を下ろした。







 表彰式も終えて教室に戻った。即席で用意したジュースで乾杯。崎田さんがお声掛けをする。


「というわけで男子の優勝ならびに、黒宮君MVP受賞おめでとうございます! 今日は皆さんお疲れさまでした! カンパーイ!」

「「「イエェーイ!!」」」


 皆、祝勝ムード。大いに盛り上がっていた。男子は優勝、女子は三位という結果となった。そして俺は男子の最優秀選手に選ばれた。


「おめっとさん。いい活躍じゃないの」

「真琴」

「鼻高々ってやつ?」

「そんなとこだ。悪いもんじゃないからな」

「なんか、いい意味でも変わったね。あんた」

「そうか? ってかいい意味ってお前……」


 二人で話していると二人の男子生徒が俺に声をかけてきた。



「おーい黒宮。優勝祝いだ! ラーメンでも食べに行こうぜー!」


 あいつらは……須田と東原か。


「今からか」


 俺はちらりと崎田さんのほうを見た。今日執行班の仕事ってあったっけか?


「大丈夫。今日は執行班はお休みだから、楽しんできて」

「あんがと」


 呼んでくれた須田と東原のほうを向く。


「おっしいいぜ。行こうかぁ! 将星、お前も行こうぜ!」

「あぁ。もちろんだ」


 教室を出ていく幼馴染を見て真琴は少々安堵していた。


「あいつ、愛想よくなったわね」

「昔は違ったの?」

「人付き合い悪いってわけじゃなかったけど、あんまりこういうことに乗り気ってわけじゃなかったわね。都会の波にのまれて変わったのかしら。それとも――――」

「ん?」

「紅葉がやけに積極的だからかしら?」

「ま、真琴ちゃんまでそういうこと言わないでぇ~!?」


 顔が赤くなった崎田を、柏葉はくすくす笑いながら面白がるように見ていた。





 その夜。俺は須田と東原の二人に誘われ、将星もつれてラーメン屋で打ち上げをしていた。


「そういや黒宮」

「なんだ」

「崎田さんから話を伺った」

「うっ」

「お前……」


 何をされるのかと思った次の瞬間、須田はテーブルに乗せていた俺の右手を引っ張ってそのまま握手するように握った。


「俺は応援してるぜ黒宮!」

「え? あ、おう……」

「あっ、店員さーん。餃子と唐揚げ一皿ずつ追加でお願いしまーす。」

「あいよー」

「せめてもの形だ。お前のMVPも兼ねてな。」

「あんがとよ」


「須田明弘だ。改めてよろしく」

「俺は東原正樹だ」

「あぁ。改めてよろしく」



 新しい友人ができたのはいいんだが、俺と崎田さんの関係がもう後戻りできないようなところまで行ってしまっているのではないかと混乱している。

 でも今はそのことは棚に上げて、友人四人で球技大会の優勝の喜びを分かち合った。

「お前自身崎田さんについてどう思ってんだ?」

「まぁ明るくて注目されるのも納得だな……って」

「ほぉーん」

「「「(絶対それだけじゃねぇだろ)」」」


 本心はなかなかでないもの。

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