五回裏、二死
ようやく迎えた決勝戦。相手は別のリーグから勝ち上がった六組であった。
「悠のクラスは負けちまったか」
「まぁしゃあなしだろ。それに、どっちが勝ちあがったって勝つのは俺等だかんな」
「あぁ。ってなんだあいつ」
「どうした」
俺はとある男子生徒を指さした。ほかの男子よりも一回り大きい、身長180……いや、190くらいはありそうな屈強な人物。
「同じ高校生とは思えんのだが」
「あいつか。ラグビー部の荒川。今後を期待されるエース候補だそうだ。今回の球技大会でも、ラグビー部の名に恥じぬパワーで、ホームランを三本打っているそうだ」
「マジかよ。要注意人物じゃねぇか」
「あぁ。野球部もそうだが、あいつをいかに抑えられるかがカギになるな」
今回のうちのスタメン。
1 中 宇野
2 二 山本
3 遊 橋場
4 右 寺井
5 左 黒宮
6 捕 扇
7 指 東原
8 三 三田
9 一 須田
P 高木
前の試合で投手として先発し、二回を投げた俺は五番レフト。野手としての先発出場となったが、寺井にもしかしたら投げさせるかもしれない。とだけ言われている。
試合は一進一退、一点を争うものとなった。両チームとも流れを引き寄せまいと気迫十分。ランナーが出てチャンスを作っても続かせまいと投手が力投し、野手陣が好守を見せて失点を防ぐ。
三回が終わって1対1。投手が入れ替わっても試合のながれは膠着状態にあった。
そして四回。試合が一気に動いた。こちらは二番の山本から始まった打線が火を噴いて一気に四点のリード。
相手も負けじと反撃。荒川が目の覚めるような豪快なホームランを放ち、そこから相手打線も勢いづいて一気に一点差まで詰め寄った。
そして運命の五回の攻撃。うちのクラスは相手投手の前にわずか三人で抑え込まれてしまった。そしてその裏、優勝が懸かった守備に就く。
「この回抑えれば俺たちの優勝だ!気合入れていくぞ!」
「「「おぉ‼」」」
五回の攻撃を終えたうちのベンチ。三人で攻撃がおわった後とはいえ、意気消沈していられない。最後の守りに向け、寺井が中心となってチームの士気を高めていた。
「橋場。最後誰に投げさせる? このまま山本を続投させるか?」
「もう決まってんだろ!」
橋場はそういうと迷うことなく俺のほうを指さした。
「黒宮! お前が行って来い!」
「お、俺が!?」
「つべこべ言うな。お前に託す!」
「ほらよ」
四回に投げていた山本が俺の右肩に手を置く。それに同調してクラスメイトが皆俺のほうを見ていた。
ここまでされると、断る訳には行かない。むしろ気合いが入る。
「わかった。任せておけ!」
「流石執行班。頼りになるぜ!」
「おっしゃいくぞぉ!!」
「「「おぉ!!」」」
うちの野手の面々が気合を入れて各々の守備位置へと駆け足で向かう。それに少し遅れて、俺は野手ではなく投手としてマウンドに向かった。
俺がいたレフトには、控えの浅野が入った。
「出てきたな。黒宮」
「あぁ。そんな頃とは思っていたよ」
一方相手の六組側のベンチ。こちらも逆転優勝にむけて気合十分であった。
「結構いい球投げるって話だ。集中していけ」
「でもあいつだって疲れてきてるはずです。わけないですよ」
「甘く考えるな」
調子よく余裕の心構えの男子生徒に、活を入れる声が入る。
「荒川」
「そういう軽い考えでは勝てんぞ。疲れているのはこちらも同じだ」
「そ、そうっすね。すみません」
「荒川の言うとおりだ。全力で行くぞ!」
ゆっくりとマウンドまで歩き、土の感触を確かめる。これまで以上にしっかりとなじんでいるような感じがする。
軽くストレッチをしてから大きく一回深呼吸してからミットを構える将星のほうを向いた。
相手は一番から。息を整えてから第一球を投じた。ここまで投げているということもあって力は抑えている。
ぐいぐい押すというよりも、変化球を織り交ぜてコースを狙って投げている。投げる回数が増えたことで、だいぶ調整が利くようになっていた。
一番は二球目を打ち上げてセカンドフライ。二番には初球、二遊間を抜けるヒットを打たれたが、次の野球部員をチェンジアップで振らせて三振。観衆からどよめきが上がった。これでツーアウト。優勝まで、あとアウト一つだ。
しかしそう簡単にはいかない。続く四番の野球部員にヒットを許してツーアウト二塁三塁。
そして次のバッターは、前の回ホームランを放った荒川。今大会活躍した二人の対決に、ギャラリーの視線がこれまで以上に集まる。
俺と荒川。マウンドとバッターボックスで互いを睨むように向き合う。
荒川に対して第一球。低めのストレートを引っかけてファール。二球目、三球目も同様低めに集めた。これでカウントは2-1。そして四球目。今度はインハイストレート。荒川はためらいなくフルスイング。高く上がった打球は――――――
わずかに左に切れてファール。しかし、あわやホームランかというような打球であった。思わず、あぶねぇー。とつい顔に出てしまう。
これまで投げてきたが、あんなに飛ばしたやつは野球部員除けばいなかった。せいぜいが外野の前くらい。なんだあのパワーは。
次の球はタイミングを外すためにカーブ。しかしビビってしまったのか、すっぽ抜けてしまったのか大きく外れてしまった。これでフルカウントだ。
気持ちを落ち着かせようとしていると、将星をはじめ内野手もがこちらに向かってきた。
「落ち着いていけ蓮」
「そうだそうだ。あと一人で終わりだ。」
「あいつ抑えて気持ち良く優勝しようぜ!」
皆が励ますように声をかけてくれる。
「そうだな。これ以上の窮地、今まで散々味わってきたよ」
「班長相手に真っ向勝負したお前だぜ。このくらいでビビってんじゃねぇよ!」
将星に左肩を軽くグイッと押される。
「わーったよ。抑えてやる。そして勝つ」
「おう! その意気だ!」
マウンドまで来た皆が定位置に戻ってから俺は目を閉じて深呼吸。こうして何度も同じことをしているが、それだけでも気持ちが落ち着く。
これくらいなんだ。なんたってない。眼を見開いて荒川に相対する。
気を引き締め一球を投じる。荒川の降ったバットに当たり、ボールは後ろに飛んでいく。
肺の空気のすべてを抜くように息を吐き、思い切り息を吸う。この深呼吸の一連の動作が、もはや俺にとってのルーティンとなっているのかもしれない。
次の一球で勝負を決める。そう心の中で決め、将星の構えたアウトローに渾身のストレートを投じる。荒川は、待っていたと言わんばかりに全力でバットを振った。
荒川のバットは空を切り、しばし静寂が流れる。
「バッター、アウトォ!! ゲームセットォ!!」
球審のコールがグラウンドに響いた。
「……」
「よ……」
「よっしゃあぁぁぁ!!」
優勝が決まったその瞬間、クラスメイトの男子皆が、勢いよくマウンドに走ってきた。
「やったぜぇー!」
「優勝だぁ!!」
「すげぇよおまえ!」
野手陣にもみくちゃにされながら、俺達はベンチへと戻った。
ベンチに戻ってからも、皆と喜びを分かち合っていた。そうしているとき、ベンチに向かってくる一人の女子生徒がいた。
「おーいー。皆ー!」
「(げ!?)」
内心ぎょっとしている。もうこういう注目は正直集めたくはない。
「優勝おめでとー!」
「「ありがとうございます!!」」
崎田さんにこう言われてか、男子皆嬉しそうであった。
「でもってー……」
「お……え?」
気づいた時にはもう遅く、飛びついて抱きついてくる崎田さんを、無抵抗の俺はただ受け止めるしかなかった。
「かっこよかったよー! 黒宮くーん!」
あぁ、痛い。周りの視線が物凄く痛い。男の本心で言えば物凄く嬉しい。だが今この状況だとそんなこと考えることを許さないのやもしれない。
さて、この後はエキシビションか。選ばれたと決まったわけではないがおそらく出ることになるだろう。気を引き締めなくては。
「なぁ、草薙さん」
「なんだい? 将星」
「ワルサーで構わない。貸してくれ」
「そういうレンタルは断固お断りだよ」
見てます見てます。




