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プレイボール

 俺にとっての最初の作戦が終わってから数日。執行班の仕事がない今日の俺は、将星と二人で学院近くの公園にいた。


 十数メートル先の将星に向かって横を向き、左足を上げ軸にしている右足に体重をかける。少し溜めを入れてから体重を左足のほうに移動させるようにしてその足を下ろす。

 踏み込んだところで右手に握られた白球を将星に向かって投じる。真っすぐに向かっていった白球はズドンという音とともに将星の左手のミットに収まる。


「結構いい感じなんじゃないのか。だいぶミット構えたとこに近づいてきてるし」

「ある程度コントロールできるようになった……のか?」

「いいもんじゃないのか。でも全力で投げてて疲れないか?」

「そうだな。本番だったらもうちょい抑えないと。一日持たない」

「確かに。一日どころか一試合持つのか?」

「多分持ったとしてもそのあとがきついだろうな。なんか右腕がピリピリする」

「だろうな」

「てことだ。力抑えて後二、三球にしとく」

「へいへい。どんとこーい」


 俺たちがこうしてピッチングをしている理由だが、近く球技大会があるからだ。

 学年ごとのクラス対抗、男女でそれぞれ異なる競技を行う。基本的には生徒が選手のみならず、コーチ、監督までこなすのだそうだ。

 今年は男子が野球、女子がバレーボールだ。


 その日の朝礼で石浦先生から球技大会についての話がされ、各々相談しておくようにとの話であった。



 ちなみに男子の野球のルールについて、重要部分を一部抜粋して紹介しよう。


 一、八クラスを二つのリーグに分けて総当たりのリーグ戦を行い、各リーグ上位二クラスによる決勝トーナメントによって優勝を決める。

 一、一試合五回まで。延長戦は決勝トーナメントでのみ行う。

 一、DH制を採用する。

 一、投手について、一試合での投球は最長で三回又は50球以内。途中で50球に到達した場合は、その打者に投げきるまで投球が可能。尚、野球部員の登板を禁じる。

 一、試合中の能力の使用の一切を禁ずる。これに反した場合、如何なる理由においてもそのクラスは、その試合において不戦敗とする。




 ルールにのっとれば、一人で一試合投げきるのは不可能であり、一日で三から五試合はやることを考えれば投手として出る生徒は少なくとも七、八人くらいは必要になるだろう。

 クラスの男子で話し合った結果、投手として出るうちの一人に俺が選ばれたということだ。まぁスポーツは好きだから、思い切り楽しもうと思う。


 それにしても能力の使用は禁止か。って考えてもそりゃそうか。全員が能力者ってわけじゃないから、使用を容認したら能力者の多いクラスが有利になるか。

 といってもクラス分けの時はその辺は考慮しているだろう。編入時にそんな書類を書いた記憶があるし。



「ところでさぁ蓮」

「何だ?」

「放課後空いてるか?」

「今日は……俺は休みだったかな」

「ならちょうどいい。ちょいと練習でもしないか。俺の家ここから近いんだ。ボールとグローブ持ってきてやるよ」

「あんがと」



 といった経緯で放課後特訓をしていた次第だ。




「いやー。いい練習になったなー」

「あぁ」


 自販機で買ったサイダーを勢いよく喉に流し込む。疲れた体に染み渡り、爽快感を与えてくれる。


「にしてもよくキャッチャー用のミットなんて持ってたな。」

「兄貴が大学で野球してんだ。キャッチャーやってて、古いのをもらったんだよ」

「へぇー。野球経験とかあるのか」

「中学までな。そんときもベンチにはいたけど、試合に出ること殆どなかったからさ……」

「控えってことか」

「まぁでも。素人には負けるつもりはないかな。野球部とも相談して、本番は俺がキャッチャーやることになったよ」

「なら頼むよ」


「当日まで毎日練習したいところだが……お前は執行班だしな。空いてる日のほうが少ないか」

「日曜以外だと……あとは次の金曜だけだ」

「わかった。じゃあ日曜とその日はまた特訓しようか。場所はここでな」

「へいへい」



 球技大会の当日まで、俺は執行班の見回りの仕事をしつつ、将星との放課後特訓にも力を注いだ。





 そして球技大会の当日。


 俺たちのクラスの初戦の十五分ほど前。クラスでオーダーを決めているとき、クラスの野球部員である寺井からすっぱりとこう言われた。


「黒宮。お前先発な」

「あぁ、わかった。……って」


 一瞬思考が停止する。え、待て。俺の聞き間違いじゃないなら、この試合の先発は俺ってことになるわけで……


「いや待ていいのかおい俺で!?」

「いいんだよ。言うだろ。こういう時はノリのいい方が勝つって」

「意味わからん。というか高木でいいんじゃないのか? あいつってソフトボールとはいえピッチャー経験あるんだろ。彼じゃダメなのか?」

「もちろんあいつとも相談した。でもってこの試合はお前。高木は次だ。よろしく頼む」

「……わかった。もう時間もないし、とやかく言わねぇ」


 どのみち決定事項なようなので、渋々了承した。



 その後はあれやこれやと話し合い、三分ほどでオーダーが決まった。


 1 中 宇野

 2 指 山本

 3 遊 橋場

 4 右 寺井

 5 二 高木

 6 捕 扇

 7 三 三田

 8 一 須田

 9 左 東原

 P   黒宮



 ひとまずはこんな具合だ。足の速い陸上部の宇野を一番に置き、野球部の橋場と寺井を三番、四番。経験のある高木、扇を五番、六番に置いた。

 後は運動能力のバランスを考慮してポジションとオーダーを決めた。


 初戦の先発って、またなんかすごい大役を任されたような気がするが、この間のあれに比べればまだ気楽にできるだろう。ストレッチをしていると、後ろから誰かが声をかけてきた。




「やっほー蓮」

「悠か。そういや初戦の相手って悠のクラスだったか」

「そうそう。聞いたよ、この試合の先発だって」

「あぁ、いきなり言われた時は驚いたよ。そういやお前はピッチャーやるのか?」

「いいや、僕は野手。セカンドに専念するよ」

「そっか。俺は両方だな。ポジションはどこになるのかわかんねぇけど、多分外野だと思うわ」

「ははは…、大変だね」

「そんなとこだ」


 苦笑いしながらそう答えてやる。



「今日は敵だね。負けないよ」

「あぁ。臨むところだ」

「おーい蓮。そろそろ投球練習始めてくれってさー」


 二人で話していると、用意を終えた将星が俺を呼んでいるのが聞こえた。


「あいよー。じゃあ行くわ」

「それじゃ。また後で」



「あいつは……」

「草薙悠。同じ執行班の友人だ。」

「あぁーそっかそっか。あいつ、男女構わずファンは多いらしい」

「男女……男子?」


「ああいう見た目だろ。実は女の子なんじゃないかって言う男子もいないこともないんだとか」

「えぇ…」

「まぁこういうどうでもいい話はこのくらいにしようか」

「あ、あぁ。そう……だな」


「(絶対どうでもいい話じゃないだろ。悠に聞くのは……やめておこう)」


 なんか余計なもやもやができたような気がするが。今このこと考えるのはやめとこう。



 投球練習を終え、相手の先頭打者が俺から見て左のバッターボックスに立つ。

 さぁ試合を始めようと気合を入れようとした時、俺のことを呼ぶ女子の声が聞こえた。



「くーろみーやくーん!」


 崎田さんがこっちに向かって笑顔で右手を振っているのがマウンドから見えた。横には真琴もいるようだ。


「頑張ってねー!」



 女の子にこうやって応援されるのって、男の本心でいえばすっごく嬉しいんだが……。それ以上に何か圧を感じる。

 なんだろう、ギャラリーの男子はおろか味方のはずのクラスメイトからでさえ、敵意の視線を向けられているような気がする。例外を上げるなら、今マスクをかぶっている将星と、同じ執行班である悠くらいであろうか。



「(野郎。羨ましんだよこん畜生!)」

「(崎田さんに名指しで応援されるとか、付き合ってんのかよこいつは!?)」

「(あれか、執行班だからか、勝ち組だってのか!?)」

「(打ってやる。あいつの球ぜってぇホームランにしてやる!)」


 心読む能力じゃないし、誰が何を考えてるのかなんて俺の勝手な想像ではあるが、だいたいこんなこと言われてるんだろうなって思う。


 もし黒宮君呼びじゃなくて、蓮君なんて名前で呼ばれようものなら、この圧はより一層重々しくなりそうだ。というか彼女が自覚ないってのがなんか恐ろしい。物凄く落ち着かない。


 でも、銃口を向けられたあの時に比べればなんてことはない。どうってことはない。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。




 主審の試合開始のコールがグラウンドに響く。プレイボール。

 バッターに対して第一球。右腕を大きく振りかぶって、思い切り投げた。

「真琴ちゃーん。皆緊張してるのかな?」

「そ、そうかもね……」

「頑張ってねー黒宮くーん、みんなー」

「(やっぱり自覚ないのかぁ……)」


 天然という名の爆弾投下。

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