手のひらでかき消され
編入先となる兼城学院の理事長との会合を終えて、市街地をうろついていた。このまま家に帰ってもよかったのだが、外に出たのなら買い出しでもしておこうということでここにいる。本屋がないかと探している途中でとある光景を目にした。
紅い髪のポニーテールの女子学生が男三人組と話していた。ただ、どうも様子がおかしい。何やらもめているようであった。
下手にかかわるべきではないと思っていたが、それが俺には気になって仕方がなかった。というか、悩む前に身体が気づかぬうちに動いていた。
「その、困ります。今仕事中なので」
「いいじゃないかよー。おとなしくするからさー、俺らと遊ばないか?」
「そういう問題ではないんです。ですから……」
「何してるんだ、あんたら」
遠くから見かねていた俺が割り込み、紅い髪の少女に伸ばそうとしていた腕を掴んでやると、男の態度が一変する。
俺の腕を振り払い、三人の視線の向く先は俺のほうに変わる。
「あぁ!? なんだてめぇ! 部外者は失せろ! 調子に乗るなよ痛い目にあいてぇのか!?」
「彼女が困ってるじゃないですか。デリカシーないんですかあんたたち」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
なにを言い返すことも無く、三人組の男の一人が俺に殴りかかろうとする。突然のことであったが、正面からで男との距離も十分にあったので、難なくかわして自己防衛といわんままに、すれ違いざまに首筋に軽く一撃くらわす。
「うぐぅ!?」
「このぉ!」
最初に向かってきた男は膝からその場に倒れこむ。すると別の男が俺に向かってくる。
今度は何か武器を、道端に落ちていた物干し竿のような鉄パイプを持っていた。
いや、こんなことでむきになって武器持ち出すなよ。という本心より流石にこっちは丸腰故分が悪い、と思っていると、先程の少女が俺の前に出てきて、次の瞬間――――
何をしたのか一瞬分からなかったが、男の方を見てみると持っていた鉄パイプが真っ二つになっていた。切断、というよりは断面が明らかに溶けたようになっているのを見るからに溶断したというような感じであった。
そして今度は少女の方に目をやると、先程まで手ぶらであった彼女の右手に、紅い剣のようなモノが握られていた。単なる剣というより、炎を固めて作ったような剣であった。
男は変貌した鉄パイプに気づいたのか怯えて、さっき俺が倒した男を引っ張るようにして逃げて行った。
彼女は能力者なのか。と思っていると少女がこちらに歩いてくる。右手を開くと、先の剣のようなものはふっと消えた。そして俺に話しかけてきた。
「怪我はない? ごめんなさい、巻き込むようなことになって」
「大丈夫です。それに突っかかったのは俺のほうですから」
「あぁ、まだまだ情けないなぁ私。ってあれ?」
「ん? どうした?」
「一人いない。一緒に逃げたのかな?」
三人いたはずの男が一人いなくなっていた。仲間おいて先にノコノコ逃げるとは思えないし……。とか思っていると、遠くのほうでバチバチと音がするのに気づいた。後ろのほうから。それに気が付いて振り向くと――
電気を帯びた気弾のようなものが俺達の方に向かって飛んでくる。
「まずい?!」
対応が手遅れなことに彼女は気づく。それでも彼女は何とか回避しようと身体を地面に伏せる。
しかし俺は彼女を守るように少女の前に立つ。気弾は俺に向かって放たれているが、俺は表情を変えることなくそれと向き合う。
「なにしているの!? 避け……きゃあ!?」
無謀なことをしようとする俺を、少女が静止させようと叫んだが、その忠告を言い切る前に、気弾が俺に命中―――――
「は、ははは!! あのヒーロー気取りのむかつく餓鬼、ちょいと強引にだがやってやったぜ……はぁあ!?」
「!?」
せず。気弾は命中する直前、俺の突き出した右手の手のひらの前で風化するように消えた。そのあり得ない光景に男も少女も唖然としていた。
「な、なんだと!? 何しやがったてめぇ!」
「別に何も」
「このくそがぁぁぁ!!」
男はその場から、次々とさっきのように気弾を撃ちまくる。俺はその間を縫うようにして、男に向かって走り出す。
さっきのよりも一発の大きさが小さいのと、やけくそに撃っているが故、身軽に動く俺には当たらない。後ろに逸れた気弾は、ぶぉんという音から察するにあの少女が何とかしているのだろう。
身勝手な頼みにはなるが、向こうに飛んで行ったものは彼女に任せよう。
とにかくこれ以上相手にするのは御免だ。さっさと片づけてしまいたい。
「いったい何なの、あの人?」
流れ弾のように飛んでくる気弾を右手の刀で両断しながら、目の前を駆け抜ける少年を私は見ていた。
先程の光景が脳裏に焼き付いてくる。一瞬でこの空間を支配さえしていたあの光景を。
いったいどんな能力を有しているのだろうと。いったい彼にはどれほどの可能性があるのかと。それらを考えながら飛んでくる気弾に対処する。そして同時に彼に対する興味が湧いてくる。
「なんか、面白い人……」
「な、なにもんだぁてめぇ!!」
「っ!?」
二メートル程にまで近づくと、男は右の拳に電撃をまとませて、俺に振りかぶる。繰り出されたパンチを俺は右に避けて躱す。
その拳が当たる直前。その腕に纏われていた電気は、力が抜けたかのように消えている。
「くっ!?」
男が動揺した隙を俺は見逃さなかった。即座に構え直し、男の服をつかんで背負い投げ。投げられた男は受け身をとれず、そのまま気を失った。
男を無力化したのを確認すると、俺はその場を立ち去った。後ろから少女が呼び止める声が聞こえるのだが、それには目もくれずそのまま歩いて行った。
「あっ、ちょっと君……」
電撃から私を守ってくれたその少年は、何も話すことなく去って行ってしまった。せめて名前くらいは聞いておきたかった。
「いったいなんだったんだろう……」
さっきの出来事を思い返してみる。私を守ろうとしてくれた少年のこと、彼の起こした能力のことを。そう考えているとこちらに駆け寄って来る人影が一つ。
「大丈夫か崎田? 何やら騒がしいと思って来たんだが」
「あっ、邦岡さん。私は大丈夫です。暴徒に絡まれて……ちょっと一般人を巻き込んでしまったけど……」
「向こうで倒れているのがそうか?」
「はい」
崎田が指さした方向に、さっき少年が倒した男が倒れている。
「それで、その一般人は? 見当たらないが」
「それが……呼び止めたんですが、そのまま立ち去ってしまって。当人は怪我してないというか、あの暴徒を倒したのもその人でして……」
「そうか、その人の名前は分かるか?」
「いえ。ホントに何も言わずに行ってしまったので」
「とにかくさっきあったことについては、天王寺か草薙に報告してくれ。あの男については私が請け負おう」
「……わかりました。失礼します」
今日のお仕事をそのまま続けようか考えたが、このくらいにして早く報告をすませてしまおうと決めた。それにもう一つ。
「ちゃんと会って、お礼を言いたいな……」
「やってしまった……」
自宅への帰り道、黒宮蓮は浮かない顔をしていた。人助けをした後だと言うのに、気持ちがスッキリとしない。むしろもやもやしていたのだ。
「はぁ。またいつもの癖か。どうして後々面倒だって分かっていても身体は勝手に動くんだか。まぁ怪我はしてないからもういいか。あっ」
過ぎたことにして流そうかと思ったが、そうわけにはいかないようであった。
今更思い返して気づいたことだが、彼女の着ていた制服、見覚えがあるどころの話ではない。編入先の兼城学院のものであった。
つまり。また彼女に会う可能性はかなり高いということだ。このまま見ず知らずの男というわけにはいかなそうだ。
「明日どうしようか……」
初日からサボり決めるわけには、いかないよな。
「それにしてもどうしたんだ崎田?」
「え? どこか変ですか?」
「いや……顔が綻んでいると思ってな」
興味津々。




