希望の遺志
作戦を終えた翌日。俺の運転するバイクの後部座席に希愛を乗せて、とある場所へと向かっていた。
走らせること数十分。俺たちの目的は墓参りであった。
こちらに引っ越してからというもの。引っ越し後の手続き、俺の兼城学院編入の手続き。
新年度になってからは、俺の執行班の仕事もあって、行こうと思っていても中々こういう時間が取れなかった。
でもってあの作戦の翌日になって、ようやく都合がついたというわけだ。
道路の端のほうにバイクを止めてから少し歩き、俺と希愛は黒宮家と彫られた墓石の前に立つ。
「なんか、正直言って実感わかねぇな」
「そうだね……」
半年前のことが脳裏に焼き付いてくる。突然父親と母親が奪われた。それは当時の俺と希愛にとってはあまりに衝撃的で悲惨なことであった。
引っ越してきてすぐ、真琴や彼女の母親には、もうそのことは気にしてはいない。とは言ったが、実際そんなものはただの建前でしかない。もう涙があふれてきてもおかしくないとも言える。
父さんは普段から研究で忙しかったが、それでも俺や希愛のことをそれ以上に大事にしてくれた。同じ研究仲間にも俺や希愛のことをよく話していたそうだ。
俺は一度だけ父さんに連れられて仕事場を見たこともある。まだ五歳だったその時の俺は、研究所で働く父さんが輝いて見えた。
母さんはとても優しかった。たくさんほめてくれたし、俺が行き過ぎたことをすれば心配してくれて、叱ってもくれた。美味しいご飯を作ってくれた。小さいころからいろんなことを教えてくれた。たくさんお話をした。俺と希愛のそばにいてくれた。
こうして墓石に向かってみると、様々な思い出がよみがえってくる。
家での日常、子供の頃海水浴に行ったこと、家族四人で初めて行ったアメリカへの海外旅行……。思い返せないほどたくさんの思い出があった。両親と過ごした時間があった。でももうそんな時間はない。戻ってこない。
あの日、その平穏は失われたのだ。
そんな過去のことを思いながら目を閉じて、墓前に向かって手を合わせる。
涙が出そうになるのをこらえていると、誰かこちらに向かってくる足音がわずかにだが聞こえた。この時期には珍しいと思いながら音のするほうに目線をやると、一人の男性が俺と希愛の後ろ、両親の墓石の前で足を止めた。
じっとそれを見ているようなので俺はその男性に質問する。
「あの、両親のお知り合いでしょうか」
「あぁ、すまない。君はひょっとして……」
「な、なんでしょう?」
「黒宮蓮君だね。翔一朗の息子さんの」
その男の口から出た言葉は、俺と亡くなった父さんの名前であった。
「とう……父をご存じなんですか!」
「あぁ。っと、名乗るのが遅くなってしまった」
そう言うと男は鞄から一枚の名刺を差し出す。
「能力研究所北陸支部開発課代表、大桑壮一……」
この施設には覚えがある。いや、そんなもんじゃない。かつて父さんが所属していた研究機関なのだから。
「実は一度君と会っているんだが……なんせ君がまだ五歳ぐらいの時だったから、覚えてないのも無理はないか」
そう言うとスーツの男性は、カバンから一枚の汚れた写真を取り出す。
「この写真。覚えはないかい? 気づけばもう十一年も前になるのか……」
写真を見せられて、ようやく思い出した。
「この写真。懐かしいです」
「ねーねー希愛にもみせてー」
その写真には、若々しさが感じられる父さんと、大桑さんと思われる人物。そして父さんに肩車されている、まだ子供の頃の俺が写っていた。
昔一度、研究所に行った時に撮った写真だ。
「こうしてみると随分と大きくなったものだな。昔は見下ろす側だったが、今では逆転してしまったな。それに、あの頃の面影もわずかにだが感じられるよ」
「そ、そうですかね?」
「その疑いのない、真っすぐな目がそれを語ってるよ。それと…」
俺の横から写真をのぞき込んでいる希愛に気が付いたのか、大桑さんが希愛にこんな質問をする。
「そちらの方は君の恋人かい?」
「い、いえいえちがいますよ!? 私はその……」
「妹の希愛です。決して恋人とかじゃないです」
「そうだったか、すまない。そういえばそんな話をしていたな。翔一朗が異動になる三年ほど前からだったかな。新しく妹を迎えることになったってね」
詰まるところになるが、俺と希愛には血のつながりはない。俺が八歳の頃、身寄りのなかった彼女を母さんが養子として黒宮家に迎え入れたのだ。
記憶喪失だっただろうか。自身の名前もあいまいとなっていた彼女に、母さんは希愛という名を与えた。愛と希望にあふれた明るい未来を送ってほしいという願いからつけられたそうだ。
初めこそしどろもどろで他人に脅え、人付き合いに慣れなかった希愛であったが、俺や真琴、両親の努力もあって、今ではあの時のことを感じさせないくらいに明るい性格になった。
特に真琴には特になついているようであった。ペットじゃあるまいしそういう言い方もどうかと思うが、とても仲が良かった。
小さい頃からあいつは世話好きだったから妹ができたみたいにかわいがっていた。義兄である俺より兄らしい、というより姉らしいと言うべきか。
「あれから、ここには度々足を運んでいてね。こうして墓石に向かってあいつと話をしているんだ」
大桑さんは持ってきた花を供える。そしてこんな話を始めた。
「君のお父さんとは同期でね。新人の頃からよく馬鹿やっていたよ。同じチームで、夜遅くまで研究に没頭する日々だったよ」
「そうでしたね。父さん、家に帰ってくるのはいつも遅かったですから」
「彼が異動になってからもよく連絡を取っていたよ。その度に必ず君達二人の、自分の子供の話をしていた」
「俺達の……ですか」
「あぁ。向こうではどんな研究をしているんだ。っていう前にその話だった」
当時を思い出すようににっこりと笑いながら、大桑さんは話を続けた。
「もちろん研究に関する話をよくするが、それよりもしていたのはお互いの子供の話だったよ」
「父としてのことですか」
「子供自慢みたいな話ばかりだった。親バカってわけじゃないんだがね」
「そうですね」
「父さんがそういう話するのって、想像できなくもないかもしれない」
父さんは研究で忙しいというのもあって、休日くらいしか顔合わせる機会がなかった。でもそんな貴重な時間を俺たちの為にあてがってくれていたってのを考えると、ある意味親バカだったのだろうか。
「父さんが一度だけそんな話をしていました。確か中学に上がった頃でした。昔の同僚に、お前と同じくらいの息子さんがいるって」
「今は、高校二年になるのかな」
「そうですね。」
「なら確かに同い年だ。孝輔っていうんだ。一度会わせてやりたいもんだ」
「それはぜひ」
「じゃあ私はこれで。翔一朗の息子さんと、直接こういう話ができて、楽しかったよ」
「いらっしゃいませー」
帰りの途中で寄った干場さんの経営する喫茶店フォルテ。カウンターのほうから干場さんの声が聞こえた。
「おや。蓮君に希愛ちゃんじゃないか」
「どうも」
「お邪魔します」
「謙虚にならなくていいよ。それに暇してたし」
「それ言っちゃダメでしょ」
店内だが、休日の午後三時過ぎにしてはお客はまちまちと、数人しかいない。
「いいのいいの。さっさ、好きなとこ座んな」
ひとまずカウンターに座り、俺はコーヒー、希愛はレモンティーを注文。
「そういやずっと気になっていることがあったんだが……」
「な、なんでしょう?」
干場さんは希愛の顔にずいっと近づく。
「なんかな、どっか私の記憶に引っかかるというかねぇ……」
「そ、そうで……すか?」
ずっと干場さんは、希愛の顔をじっくりと眺めている。吟味するように、何か思い出そうとするように希愛の顔を眺める。
「いや、そりゃないか」
「どういうことですか?」
「いいや、なんでもない。世の中似ている人間なんて探せば数人はいるか」
「き、きっとそうですよぉー」
結局何も気づいた点はなかったようだ。
「にしてもどうした。ちょいと顔が暗くないか?」
「両親の墓参りに」
「あぁそうか」
「なんか、いろいろ思い出しちゃって……」
「そーかい。つらかったよな……」
「……」
俺は黙り込んでしまった。返答が思い浮かばなかったからか、泣きそうになったのをこらえていたからなのか。理由がはっきりとしない。
「でも少し楽しいこともありました。たまたま父さんの同僚の人に会いまして」
「ほーう。そりゃいいもんじゃねぇか」
「改めて父さんのことについていろいろと思い返しましたよ。そう考えると……」
なんだろう。言葉が出てこない、何故だ。
「まぁこうしてお茶してんだ。暗い話すんのはやめだ。ほい、コーヒーとレモンティーになりまーす」
「どうも」
「あと、こいつはお得意様へのサービスだ」
そう言って干場さんは飲み物と一緒に、パウンドケーキの乗った皿を出してくれた。
「いいんですか?」
「大人のご厚意はありがたく受け取るもんだよ。前にも言ったろう少年」
「ありがとーございまーす」
「それじゃあ……」
出されたパウンドケーキをフォークでひと口大にしてから口に運ぶ。心を落ち着けてくれるようなほんのりとした甘さであった。
「お兄ちゃん?」
「な、なんだ?」
「今変なこととか考えてないよね?」
「い、妹相手にそんなことするか」
胸が当たってます。すっごい気になります。




