茨の檻
草薙は校門で見張りを続けていた。今こそ大きな動きはないが、もしもの場合に備えて身構えている。
かれこれ十五分ほどこうして通信を待っているので、段々と飽き飽きしているような表情である。ただじっとしているのは彼にとっては性に合わないようだ。そうしていると背後から聞きなれた声がしてきた。
「草薙。こんなところで何をしているんだ?」
「あっ、天王寺さん」
「そこで突っ立ってるもんだから、誰かと待ち合わせでもしているのか?」
「いえ。ちょっとこの一件について」
草薙はズボンに入れていた校内新聞を天王寺に渡す。
「それで、これが今のお前の状況とどう関係しているんだ?」
「今その新聞書いたと思われる新聞部の榊から直接話を聞き出そうってことになりまして。僕はここで退路を塞いでるってわけです」
「そういうことか。ただ、こういうことはとっとと解決してくれ」
「ごもっともです」
天王寺はそのまま帰ろうとしたところ、通り過ぎる直前で草薙の横で止まり、二人にしか聞こえないぐらいの声でそっとこんな話をする。
「例の件だが、あの証拠品のおかげもあってかなり進展しているようだ。近いうちにいい報告ができそうだとのことだ」
「ほ、本当ですか!」
「あぁ。近く詳しい話もなされるだろう」
「わかりました」
「じゃあ俺は帰る。お前は目の前のやるべきことをさっさと片付けろ。あいつらによろしくな」
校門を出て行った天王寺の姿が見えなくなったところで、草薙に通信が入った。相手は崎田のようだ。
「どうしたの、崎田さん?」
『草薙君。一つ頼みがあるの』
「何をすればいい?」
『こっちで合図を送った後、今から指定するポイントに最短距離を歩いて向かって。場所は……』
「……了解」
『じゃあよろしく』
通信の後、草薙は胸ポケットに入れていたスマホを取り出して操作する。
データフォルダの中から、学院の見取り図を開く。一階部分のある一点をズームして確認する。
「何するつもりなんだろ? ここに向かってくれってだけ言われたけど。まぁいいか。いまは大人しく崎田さんの通信を待つか」
草薙はそのまま待機を続けた。その場所から十数メートルほど、その様子を離れた物陰から見ている人物がいた。
「(うっ。逃げる場所間違えたかな……。でも今戻るのも危険な気がする。幸いまだ気づかれてないみたいだし、しばらくここにいようかな……)」
部室を出た後、まずやるべきことは感づいて逃げてしまったターゲットを見つけ出すことだ。
当然と言えば当然であるが、でないと追いかけるもくそもないからだ。
「さてと、どこに逃げたと思う?」
「さすがにわからない。ここからは手分けして、見つけ次第さっき言ったポイントに誘導しよう」
「わかった。俺は四階からしらみつぶしで探してみる」
「りょーかーい。私は外をあたってみるよ。見つけたらすぐさま連絡して」
「わかった」
打ち合わせ通り、俺は四階から下へ降りていくように彼女を探している。ここいらには逃げ込むことはないだろうという勝手な決めつけはよくないだろうという俺の判断だ。
四階、三階と、教室一個一個の中までというわけにはいかないが、くまなく見まわすように歩いていた。しかし、それらしき人物は見つからなかった。続けて二階、そして一階。結局見つからずじまいであった。見つけられたわけではないが、一度崎田さんに通信を送ることにした。
『どうしたのー? もしかして見つかった?』
「いいや。校内一通り探してみて、俺も外を探してみることにしたいんだが構わないか?」
『校内では見つからなかったってことか』
「言わずもがなだがな」
『わかった。じゃあ外に出たら、校舎周りを時計回りで探して』
「了解」
通信を終えて外に出る。ひとまず指示通り、外周を時計回りに回ることにした。しばらくして、数分前から外の探索をしていた崎田さんと合流した。
「おぉー、これまた偶然」
「外ぐるぐる回ってりゃいつかは鉢合わせ位するだろ」
「ははは。そうでしたー」
「その様子だとそっちも見つからずか」
「その通りで……。今度は私が校内探してこようかな」
「じゃあそうしよう。俺はもうちょいここいらを歩き回ることにするよ」
「じゃあおねがーい」
十分ほどかけてゆっくりと歩いて探していたが、まだターゲットと思しき女子生徒は見つからず。
ひとまず一周し終えたその時、最初こそなんとも思わなかったが、ある一点を凝視してみると気になるところがあった。誰かいそうなそんな感じがした。あくまで直観ではあるが。
それでも気になるので近づいてみると――――――
「なにやってんだお前?」
「‼」
ひっそりと木の陰に隠れている一人の女子生徒がいた。おそらく俺がこちらに近づいてきた段階で気づいていたのだろうか。でも動作が遅れて行動が間に合わなかったって感じの顔をしていた。
お互い数秒ほど見つめあったのち、女子生徒が俺の後ろのほうを指さしてこう叫んだ。
「えーと……あっ向こう! すごい形相の柏葉さんが!」
「えっ、マジかおい!」
彼女の言葉でふっと後ろを振り返る。しかし、そこに真琴の姿はなかった。
「おいなんだよいねぇじゃん……って」
気づけばさっきの女子生徒が目視で五メートルくらい先の場所にいた。先程の一瞬のうち、一目散に逃げ出していた。
「……」
「待てこのやろおぉぉぉぉぉ!!」
顔は知らんが間違いない、あいつだ。そうでなきゃあんなそぶりして逃げだす理由が思い当たらない。吹っ切れたように。
考えることをやめてただひたすらに追いかけることだけを考えて己の身体を動かす。でも見つけたことは報告せねばなるまい。
「おそらくだが見つけた! 俺を見て逃げて行ったから間違いない!」
『場所は?』
「生徒玄関近くだ! 今外で追っかけてる!」
『了解。手筈通りに頼むよ!』
「わーってる!」
ひとまず第一段階はクリア。あとやるべきは崎田さんの指定したポイントに誘い込むだけだ。
幸いにもそのポイントはここから近い。崎田さんだけでなく、悠もそこに向かうというのであればもう難しいことを考える必要はない。
「まてこのやろぉぉぉ……」
私の数メートル程後ろにいる男子生徒、黒宮蓮がただひたすらに私のことを追いかけてくる。
やばいよやばいよ。思った以上かもしれないよ彼。
今の私にできるのはひたすら逃げること。しかし向こうのほうが足が速い。だがしかし、この先は分岐点。うまくいけば身体能力の劣る私でも撒くことはできる。そう思った矢先――――――
「観念しろー」
「げぇぇ!?」
崎田紅葉がこちらに向かってくるのが見えた。偶然なんかじゃない。明らかに仕組んだな!
こうなると分岐の選択肢は一つに絞られる。だが甘い。選択肢は絞られたが逃げ道がなくなったわけではない。まだ私はつかまらない!
その唯一の選択肢の先、意地でも逃げ切ろうとする私の前に新たな障害が――――――
「くっくっく。遂にその姿をとらえたぞ!」
「アイエエエ!? リリカ!? リリカナンデ!?」
誰もいなかった場所に北島李梨華が現れたのだ。予想外。あまりに予想外。退路を完全にふさがれたことも相まって私は一瞬動きを止めてしまった。
「我がしもべ、アルラウネよ! 罪深き女狐を捉えよ!」
その一瞬が命取りであった。北島李梨華が地面に右手を置くと、その手の周りを起点に無数の植物の蔓が地面から生えてくる。
そしてその蔓は、まるで自我を持っているかのように私のほうへとものすごい勢いで伸びていく。
「あ!? え、ちょっと!?」
もはや時すでに遅し、であった。蔓はみるみるうちに私の手足に絡みついていき、身体を拘束していく。こうなってしまっては身動きが取れない。
「ふっ。見誤ったな、其方も」
「くぅぅ……。どうしてあなたがここに……」
返答を待たずともその答えはすぐにわかった。質問し終えたところで、もう一人の人物が現れる。
「あ、あんたは……」
「ど、どうも……」
南原夏鈴であった。そうだ、そういうことだ。彼女の能力なら造作もない。がしかし、まさか自分以外にまで効果を及ぼすとは思わなかった。
「よくやってくれた李梨華ちゃん」
「このリリーシェにかかれば、このくらい造作もない」
「さて、聞きたいことが山ほどある。ついてきてもらおうか」
執行班の三人に取り囲まれる。もう打つ手なしか。仕方なく私は彼女らに連行されることにした。
「連絡来ないなぁ。相当難航しているのかな……」
新聞部の榊の確保という一報が草薙悠に届いたのは、少々先のことであった。
「ところで崎田さん」
「どうしたのー?」
「悠は?」
「あ」
作戦は無事に完遂されました。




