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更なる葛藤

 何も起こらず。しばらく沈黙こそしたが、崎田さんは目をパチパチさせて俺のほうを見る。


「あ、あれ?」


 斬られた痕跡はおろか、何一つ燃えたような跡もない。

 真新しい制服は、先程天王寺さんとの戦闘でできた少しの汚れとしわ以外、変わりようはなかった。



「う、うそ!? そ、それに斬った感覚なかった! で、でも……」


 仕切り直しと言わんばかりに再び右手に力を籠める彼女であったが、ここで違和感に気が付く。



「あ、あれ?」

「どうした崎田?」

「炎が、出ない……!?」


「何だと?!」

「まさか紅葉ちゃん、能力使えなくなったとか?」

「いや……根本的に使えなくなったわけではないだろう」

「天王寺さーん……」


 少々涙目になって、崎田さんは天王寺の方を向いた。


「俺があの一撃を食らった後も、問題なく能力を使うことはできた。度々違和感はあったがな」

「ならどうして……」

「おそらくは、そうなる範囲があるのだろう」

「はい」


 そう言ってその場から三歩程後ろに下がる。すると、崎田さんの右腕に再び炎が纏われる。



「おぉ!」

「自分の能力に初めて気づいたような反応ですね」

「心無いこと言わないでよー」

「やはりそうだったか」

「邦岡さん?」



 やはり。というのはどういうことだ。もしかして俺の能力に気がついていたのか?



「あの手合わせを見て、そして崎田から話を聞いてようやく答えがまとまった。能力そのものを無効にしてしまう。それが君の能力なんだろう。黒宮蓮」

「その通りです」



 能力の無効化。範囲は自身の周りに限定されるが、その中であれば例外なく一切の能力の発動、それによる干渉を受けない。それが俺の持つ能力だ。



「しかしこういう能力者もいるものなのだな」

「そうですか? 特に珍しいとかそういうことを考えたことなかったんですけどね」

「それに相まってあの身体能力か。まともにやりあうのは一苦労だな」

「でも、こんな能力持ってるんだったら、ずっと発動してれば独壇場だったんじゃ…」


「そこまで万能な能力でもない。それにそうしなかったのにも理由がある」

「理由?」



 崎田さんが首を傾げるんで、俺はその理由を説明していく。


「一つ目は体力の温存。もちろん能力を使うにしても体力使うし、持続し続けられないというわけではないけど、近距離でやりあうことになる以上余計な体力は極力使いたくなかった。俺、能力使うとあんまり持たないし」

「おう。なんともまぁ……」


 同情するような言葉が彼女から返ってくる。


「もう一つ……。理由といえるのかはわからないけど、そうでなければならなかったからだ。あらかじめ。つまり崎田さんが言ったみたいに発動しっぱなしにする場合、確かに天王寺さんの動きを遅くすることはできるけど、そうなるときに距離が空くからこちらの間合いに持ち込んでの効果的なカウンターは望めない。逆に能力の発動が遅ければ、対応が間に合わずに天王寺さんの一撃をまともに食らうことになる」


「あの時の目測で……二メートル程か。確かにそうかもな」

「確かにそれぐらい離れていたら、さっきみたいな一撃は食らわせられないね」


「終盤はもう考えること放棄して発動させたままだったってのは事実だけど」

「まぁ、そういう様子だった。なんかすごい疲れてそうな顔してた」

「わかんのか」



「いい経験になったな。天王寺」

「あぁ、まだまだ自分が能力に頼っているなと実感したよ。……それはそうと、黒宮君」



 天王寺さんが俺の方に詰め寄ってくると、両肩に手を置いた。



「な、なんでしょうか……そんな凄い顔をして」

「機会があればまた手合わせを頼みたい!」


「は、はぁ……。無理のない程度でしたら」

「……」



 邦岡さんがやれやれといった顔をしていたのが俺には見えた。なんだろう、いやな予感がするのだが。そうこう考えていると、応接室のドアが開いた。




「待たせたな、皆」

「お疲れ様です。主任」



 一人の男性が入ってきた瞬間、俺以外の六人がその男性に向かって礼をする。それをみて、俺も遅れてその男性に一礼する。

 そしてその男性が俺のほうに歩いてくる。そうか……さっき下に現れた人か。



「私がこの兼城学院執行班の統括をしている小松修栄だ。これからよろしく頼むよ、黒宮君」

「二年の黒宮蓮です。よろしくお願いします」


 なんだろう。こうして面と向かうのが初めてではないような…。


「何か記憶に引っかかるかね? あの日に君を石浦先生の処に案内したのは私だからね」

「そ、そうでしたか。どおりで……」

「まさかあの時の編入生とこうして話す機会があるとはな」

「自分も、そうは思いませんでしたよ」



「黒宮君。君にこれを渡しておかんとな」


 そういって小松主任が上着のポケットから取り出したのは、バッジであった。


「このバッジは、君が執行班のメンバーであることの証だ。後で胸ポケットのあたりにでもつけておくといい」

「ありがとうございます」




「さて、今日はいろいろあって大変だっただろう。今日はこれで解散だ。しっかり休むように」

「「「お疲れ様でーす」」」


 小松主任はそのまま会議室を後にした。



 ひとまず今日やることも終わったようだ。いろいろあって疲れたし、もう帰って早めに休むことにしようか。



「では、お先に失礼します」

「あぁ、しっかり休めよ」


 そう言って応接室を後にしようと扉を開けて一歩踏み出した瞬間――――――



 俺の眼前に誰かさんの握り拳が映った。あれ、彼女は――――――


「ぐべふぅ!?」



 前置き無しにいきなり殴られた勢いで少し後ろに飛ばされ、応接室に戻されることとなった。



「な、何事だ!?」

「まさか、闇より来たり刺客!」


「いや、あの子…」

「いってー……おいてめぇ! いきなりなにしやが――」

「人に黙ってなーにをしてるんだあんたは!!」

「っく。だからって出会い頭に殴ることないだろ!?」

「黙っとれーい!」

「……」



 突然のことでもう思考が回らなかった。帰ろうとしてドア開けたら、真琴の拳が飛んでくるんだもん!



「ど、どうも……。真琴ちゃん」

「あぁ、どうも紅葉」

「結構いてぇ……。てか希愛もいるんだったら止めてくれ!」


 起き上がろうとした時に気づいたが、希愛もついてきたみたいだ。いや、あの顔を見るに無理矢理連行されたなあれ。


「無理」

「バッサリ言い切りやがったよ!」

「真琴姉、一度やるって決めたらやめないって、お兄ちゃんも昔から知ってるでしょ」

「そりゃそうだが……」

「まったく、まぁあんたはそういうやつだからねぇ……。私がどうこう言うあれもないか」



 そういうと、真琴は天王寺さんのほうへと近づく。



「班長さん。蓮のことをお願いします」



 先程まで俺を怒鳴っていた雰囲気から一転、本気で俺のことを心配してくれているような口調に変わったら。



「彼とはどういうご関係かは詮索しませんが、責任をもって尽力しよう」

「ありがとうございます」

「真琴……」



 お前そこまで俺のことを……。と思っていると再び真琴の目がさっき俺を殴ったときのものに変わる。あれ? なんか寒気がするんだが。



「さて。じゃあ帰るよー蓮」


 制服の襟の後ろを真琴に引っ張られる。まだ床に倒れこんでいた俺は、そのままずるずると引きずられる。


「待て待て、引っ張んな! 歩ける、自分で歩けるから! それに苦しいっての! おい、頼むから話を聞け! だから引っ張んなー!」


 そのままなんとも情けない格好で、《会議》室を後にすることとなった。




「ああいう立ち振る舞いはできても女の子相手、まして幼馴染には弱いんだね、黒宮君は」

「弱いというか、ある意味一方的だったような気がするが……」

「まるでお母さんって感じの気迫だったよ。彼女」

「案外彼女のほうが執行班にむいていたり……」

「まぁ、もとより…、彼はきっと我々にとって大きな存在になるやもしれんな」

「かもしれんな」




 こうして俺は執行班のメンバーとなった。ただ、今日の顔合わせの時点でだいぶ来たものがある。


 絶賛厨二病患者がいたり、中々業の深い考えを持った先輩がいたり、天王寺さんも至って真面目そうに見えるが、あの時の言動とその時に見えた邦岡さんの表情から察するに何かしらありそうだ。面倒なことでないことを祈りたい。




 執行班って、いろんな意味で一癖も二癖も有りそうな人たちの集まりなのだろうか。そのことでさらに俺の苦悩や驚嘆が起こるとは、この時の俺はまだあまり真剣には考えていなかった。

「崎田さん。執行班の面々って癖のある人たち多くないですか?」

「いい意味でも悪い意味でも追々わかると思うよ…」

「覚悟して…おきます」


 彼らの素性は後々明らかにします。

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