裏の真意
しばらく部屋で色々と、気の紛らわせもかねて話をしていると足音が近づいてきた。かなりの大所帯のようだ。
「失礼しまーす」
「具合の方はどうだ、黒宮」
「邦岡さん! それに皆お揃いで」
邦岡さんたち執行班の面々がお見舞いに来てくれたようだ。
「思ったよりも元気そうだな。でも怪我は治ってはいないのだろう?」
「流石に一晩で治るほどタフじゃないですよ。それでもだいぶマシにはなったって感じです。後日主任に頼んで、しばらくは休ませてもらいます」
「あぁ。そのほうがいい」
「そうそう。無理は禁物だからねー」
部屋の入口に立っている邦岡さん達と話をしていると、後ろの方に立っていた天王寺さんが前の方に出てきて俺に向かって言った。
「黒宮。俺達がここに来た目的、見舞いはもちろんだがもうひとつある。崎田家の御当主様とお話をしたくてな。午後からは予定があるとのことだったので、こうして朝早くに来た次第だ」
「話したいこと?」
俺がそう聞くと、紅葉の方から返答が返ってきた。
「昨日は蓮君をウチに運んでくることと、手当に時間を割いていたからゆっくりと話が出来なくてね。だから後日改めて。状況の整理も兼ねて話をしようってことになったの」
「そういう事だ。ゆっくりと話をしたいところでもあるが、向こうの事情も有るのでそれは後にさせてもらおう。黒宮にも同席してもらいたい。場所を変えて話をしようか」
「崎田、案内してくれるか」
俺達は近くにあった大部屋に通され、テーブルの三辺をを囲んで座った。
しばらくそこで待っていると、そこにやってきたのは紅葉のお父様と、昨日の審判をしていた黒服の男達であった。それともう一人。
「こ、小松主任!?」
兼城学院執行班の統括をしている小松主任であった。天王寺さん達はともかくどうして主任まで!?
「わざわざ足を運んでくれてありがとう。ようやくゆっくりと話ができるな」
「こちらこそ。このような場を設けていただきありがとうございます」
小松主任は紅葉のお父様に挨拶すると、今度は俺の方に歩いてきた。
「昨日はお疲れさん。かなりいたぶられたと聞いていたが、その様子だとそこまで心配する必要は無さそうだな」
「いえいえ。怪我してるのは変わりませんから。それと……」
「分かっている。怪我人を無理に働かせるつもりは無い。数日は休みをやる」
「ありがとうございます。ところで話したいことってなんなんですか?」
「もちろん昨日のことについてだ。今から話す」
お父様と小松主任、黒服の三人が空いた所に固まって座る。部屋にいる全員にお茶が出されると、主任の指示で邦岡さんから説明がなされた。
「昨日私たちがあの場所に来たのは黒宮の応援と言うのもあるのだが、もう一つ重要な目的があった」
「目的って? 一体なんですか?」
俺がそう聞くと、邦岡さんが答えた。
「管理局が、崎田家と黒宮蓮の護衛の依頼を受けたからだ」
「護衛ってそんな大袈裟な。そこまでする必要……」
「いや。それが必要だと、崎田家の御当主様が判断されたからだ。昨日の決闘に関しても、全ての用意をしたのは、あちらにおられる黒服の方々を初めとした、管理局直属の方々だ」
「管理局の!?でもなんでそこまでする必要があったんですか」
崎田家の縁談話のこととはいえ、管理局が動くほどのこととは思えなかった。ましてや護衛って言われても理解に苦しむ。
「先に結論から言わせてもらおう。崎田紅葉との婚約話は建前でしかない。彼らの本来の目的は崎田家の地位と影響力だ」
その言葉に続けて、袴田さんが補足する。
「以前から提携関係を結ぼうかという話は何度かあったそうなのだけれど、理念のすれ違いもあって破談になっているの。今回は縁談話が持ち込まれて、一層向こうを警戒した崎田家が管理局に今回の件を依頼したわけ」
「そうだとしても、管理局まで動く理由が分からないんですが」
「理由については俺たちの方から説明しよう」
答えてくれたのはウチの三年生の面々だった。
「管理局が介入した理由は三つある。まず一つ目はシンプルに、今回の取りまとめを崎田家から依頼されたからだ。その理由に関しては決闘に置いて第三者の見解が必要であったから。と言っても今回の場合は崎田家側に寄ってはいたがな」
「二つ目に芝本グループの牽制。崎田家もそうだが、管理局も彼らについては一年も前から探りを入れていた。まだ確証がある訳では無いが、悪い噂が立っていたのでな。これについては後で説明しよう」
「そしてこれらに直結する三つ目の理由として、蓮君と崎田家の皆様の護衛。そのための人材も確保できるのが管理局と私達執行班というわけ」
黒宮蓮が順当に勝ったとしても、向こうが素直に従うとは思わなかった。その考えが崎田家と管理局で一致したため、当日は練りに練られた準備がされていたのだ。
管理局の人員とウチの班員。今回はそこから俺と紅葉は除かれる。各員が配置について万全の体制を整えていた。希愛が観戦中、北島さん以外居ないのが気になっていたそうだが、前述の通りだ。
俺の決闘の最中、北島は真っ当な観客である希愛と真琴の護衛をしており、残りは崎田家関係者の護衛、建物の表、崎田家のお屋敷の警備にそれぞれ分担で当たっていたためだ。
そして双方の予想の通り、俺が勝負に勝って倒れた後、芝本グループ側は俺と紅葉の身柄の押さえるべく行動を起こしていたそうだが、事前の準備が幸いして被害の出ることなく全員無事だった。
といった昨日のことについては、悠と北島さんから一連の流れも踏まえながらされた説明を受けた。
「とりあえず昨日のことについては分かりました。それで芝本グループに関する怪しい噂ってなんなんですか?」
「それについては俺の方から説明しよう」
今度は小松主任の口から話がされる。
「芝本グループは現在の代表取締役、芝本利治がわずか一代にして力を伸ばした建築、開発企業グループの名称だ。だが、どこの傘下というわけでもなく、元々名の知れた所という訳でもない。そんな企業の不自然とも言える発展に、我々管理局は疑いを持ち始めた」
「今更ですけど、真っ当に力をつけてきた。ということでもないんですか?」
そういう企業は今なら多いとまでは言わないが、珍しい訳でもない。新しい方針、革新的な開発、多大な努力。それらによっては決して無理な話でもないのだ。
「もちろん鼻から疑っていた訳では無い。疑いが掛かり始めたのが一年前に提出された調査報告書だった。芝本グループにおいて、金属資源密輸の形跡があったという報告書だ。だがそれらに関するデータは全てもみ消され、裁判沙汰になる前に真相の全てが葬られた」
「それ以降管理局は警察と提携して調査をこれまで続けてきた。兵器の作成、密輸。賄賂。色々あったが、まだ情報が足りない。それ故に堂々した大掛かりな調査も出来ないでいるのが現状だ。つい最近わかったことを言うなら、彼らが極秘裏に所有していた研究所の存在だ」
「そんなもん持って、一体何がしたいんでしょうか?」
「何をしているのかは知らんが、少なくとも真っ当な表向きのことでないことは覚悟している」
その後俺は無言で主任の話を聞いていた。
「彼らについての調査は管理局が請け負っている。場合によっては執行班の大掛かりな招集がかかるかもしれない。それだけ頭に入れて置いてくれ。今回は話しておきたいことは以上だ。何か聞いておきたいことのあるやつはいるか」
手を挙げたものはいなかった。
「そうか。じゃあ俺達は仕事があるんでこれで失礼する」
小松主任と管理局の人達は先に部屋を出て行った。