感情の起伏が激しい
思えば昨日の朝食を最後に何も食べていないんだったな。ケガしている腕とはいえ、レンゲで掬ったお粥を口にかき込もうとする俺の手は速く、食べ終わるまで止まることはなかった。空になった俺の胃が、食料を求めてるかのように。
三分とかからずにお粥を食べきった俺は、お盆の上に空になった器を置いた。そしてゆっくりと布団から出て立ち上がった。戻しに行こうかと思ったが台所の場所は分からないし、怪我人の俺が探し回って屋敷内をうろうろしているのも、それはそれで申し訳ない気がしてきた。隅に置いといて、大人しく誰か来るのを待つことにしよう。
慎重に手足を動かして感覚を確認してみる。手当てしてもらったとはいえ一晩休んだだけなので、万が一悪化するのことがないように。足に関しては、こちらは特に怪我をしていないので歩く分に支障はない。両腕のほうもゆっくりと動かし、回してみる。痛みは残っているが、激しい運動さえしなければ大丈夫だろう。
執行班の活動に関しては、しばらくは自粛かな。見回りにしたっていつも平和とは限らないし、その途中にも何度か騒ぎに巻き込まれた経験もあるわけで。主任に説明して、数日は治療に専念させてほしいと頼もうかな。
あとはそうだな。トイレを済ませておきたい。こちらに関してもしばらくしていないわけだし、寝起きゆえのことだ。場所は昨日看病してくれて人から教えて貰った。部屋を出てゆっくりとその場所に歩いて向かう。着くとちょうど、誰かが出てきたところであったが――――
「あ」
「……何だお前か」
紅葉の兄である柊平さんであった。この人に気に入られてないことは承知しているので身構えていたら、彼に呆れられた。
「怪我人に手を出したりはしない。最もお前を気に食わないことには変わらないがな」
まぁそうですよねー。相当のシスコンなのか、また違う理由なのかは知らないが、相も変わらず毛嫌いされてるのは変わらないらしい。
「昨日の一件に関しては感謝する。俺もあの男は気に食わないとは思っていた。だが俺はあの男よりはマシだと思っただけだ。お前を信用している訳では無い。紅葉に何かあれば俺が黙っていないということを忘れるなよ」
「あ、はい」
言いたいこと言って、柊平さんは向こうに行ってしまった。まぁ以前よりはマシにはなったのかな。最初にあった時は完全に拒まれてたわけだし。握手されたと思ったら右手を握りつぶしに来たわけだし。
とりあえずこの件に関しては忘れ、目的を果たすことにした。
用も済ませて戻ってきてから数分。朝食を済ませた紅葉達が再び部屋にやってきた。
「早かったな。もうちょい時間かかると思ったんだが」
「何思ったかすごい勢いで食べるもんだから・・・」
「だって心配だし、いろいろとお話したいこともあったから」
なんだかんだで心配かけさせちまったからな……。
「とりあえず私、お盆返してくるね」
希愛がお盆を持って部屋を出ていくと、俺はちょいと気がかりなことがあったんで真琴に話しかけた。
「なぁ。今更になるんだがよかったのか?幼馴染としてはここまで進んでいたってことに」
かれこれ紅葉と付き合い始めてから一カ月は経つ。昨日のことでもそうだが、学院でもあれだけ堂々と公表されると、長い付き合いだった幼馴染の身としてはどういう心持なのかはずっと気になっていた。
しかし返ってきた真琴の返答は意外にも迷いなく、淡々としていた。
「別に気にはしないわよ。それとも何?幼馴染のこと気にしてるっていうんだったら一回手ほどきでもしてあげようかしら?」
「待て待て!? そういうわけじゃあないから! 説明しろって言われてもよくわかんねぇけどそういうことじゃないから! 後俺怪我人。悪化するから! 今度は骨までやられそうで怖いから!!」
指を鳴らしてこっちのほう見るからもうとにかく恐ろしいわで。時々怖いんだよな真琴は。
「流石にそれくらいわかってるわよ。というか寧ろ、以前からなんとなくそうだろうなーっとは思っていたし、一度その辺に関しては紅葉から相談も受けていたから」
「マジかよ」
「マジで。蓮君を屋上に呼んだ日の前日に真琴ちゃんに電話して、そのあたりのことについて話していたんだ」
「色々相談聞いてたけど問題はないんじゃないかと思って。その次の日の動向見ていても心配するほうが損って思うくらいに」
「あぁーそうか。って待て真琴。今なんつった?」
なんか気がかりなことがあったんで真琴に問いだたした。聞き間違いでなければとんでもないこと言われてた気がする。
「問題ないんじゃないかって」
「……そのあと」
「次の日のこと見てても心配はないなって」
「……」
次の日。紅葉が真琴に相談していたのが屋上呼ばれた日の前日であって、その次の日の動向が云々ってことは……。
「なぁ。もしかしなくともだが、お前あの場にいたのか?」
「……」
「おい!? せめてそうなのか、そうでないのかぐらい答えてくれ!! 頼むから沈黙だけはやめてくれ!!」
沈黙は答えじゃないから! まぁ答えてくれなくとも何となくわかるから。やっべぇ言ってしまったってのが思いっきり顔に出てるから!! わざとらしいくらいに目そらしてるから! そういえば昔からそうだったな。ポーカーフェイスとかお前とびっきり苦手だったもんな!!
「そうなの真琴ちゃん?」
紅葉も真琴に聞いてくるんだが、変わらず彼女は黙秘を貫いている。がしかしだ。
「こっそり覗いていたってのは事実だけど。あと真琴姉だけじゃなくて私と夏鈴ちゃんもいたけど」
「「「……」」」
ちょうど台所に行っていた希愛が戻ってきたところだった。そしてこのさらっとした返しである。そら部屋にいた三人無言になってしまうわけで、ポカーンとしてしまうわけで。でもしばらくして――――――
「いたの!? 真琴ちゃんあの日屋上にいたの!? しかも希愛ちゃんも夏鈴ちゃんもいたってことなの!?」
「まぁ……そういうことになるんですかね。真琴姉が心配だっていうんで、一緒にお昼食べてた夏鈴ちゃんと二人でついて行ったんですけど」
「「!!」」
俺と紅葉。二人そろって顔を真っ赤にしてた。名前のごとく色づいた紅葉の葉のように。流石に話の内容までは聞かれてないとは思うけど、でもキスしていたとこは見られ……。
「(あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!)」
今更どうにかなるものでもないので、俺は……考えることをやめた。
「真琴」
俺は真琴のことを呼ぶと、布団の上にうつ伏せになった。
「一思いに楽にしてくれ」
涙目でそう懇願する他なかった。二人っきりだと思って少々はめ外してたとこ見られたとか、もう生きていける気がしねぇ……。
「あんたいくら何でも大げさすぎるでしょ……」
「もうやめて! 蓮君のメンタルまでボロボロになっちゃうから!! 希愛ちゃん早くこっち来て!! 蓮君のことどうにかして!!」
「お兄ちゃんこうなるとしばらくはネガティブモードなんだよなー。何だったら前みたいな感じでやったげようか?」
「勘弁してください」
「どっちなの……」
あぁは言いましたけどごめんなさい。痛いのは嫌です。
「正直あそこまでいくとは思わなくてさ……」
「でも見られた事実は同じじゃないか!」
「ダメだ蓮君が益々壊れていくー!」
「結局真琴姉含めて皆壊れてない?」
久々の茶番枠。




