おぼろな朝
「お目覚めになりましたか」
目が覚めるとそこは知らない場所であった。広い畳張りの部屋で、その真ん中に敷かれた布団で俺は寝ていた。
ゆっくりと起き上がろうとするが、半分くらい体を起こした時、身体に痛みが走った。
「あだっ!?」
「怪我をされているのですから、無理をなさらないでください。今はまだ横になっていてください」
「はい」
言われるまま、俺はゆっくりと身体を元に戻した。そういやかなりぼこぼこにされたこと忘れてたわ。落ち着いたところで、俺は枕元に正座している女性に聞いた。
「あの、此処どこですか?」
「崎田家のお屋敷にございます。あの後、倒れてしまった黒宮様を私共でこちらまで運び、手当をしておりました」
「あ、ありがとうございます。あと、今何時ですか?」
「夜の八時になります」
そうなると、あれから八時間以上は寝ていた……と言うよりも気を失っていたってことか。
「お嬢様も、貴方様のご友人の方々も、とても心配しておられました。お目覚めになったこと、お嬢様にお伝えして参りますね」
女性が立ち上がろうとした時、俺はある頼みをしたくてその人を呼び止めた。
「あ、あの。ひとつ頼んでもいいですか」
「いかがいたしましたか?」
「伝えてくれるのはいいんですけど、今日はもう休ませて貰えませんか。疲れが残っているのと、まだ痛みも残っているので。俺としても早く会いたいっていうのもあるんですけど……顔を出すのは明日にして貰えると嬉しいです」
「かしこまりました。では面会は明日以降になさって欲しいと、わたくしが伝えておきますね。今日はゆっくりとお休みください。何かあればそちらに呼び鈴がございますので、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます」
俺が看病してくださった女性にお礼を言うと、その人は横に置いてあったお盆を持って部屋を後にした。
布団に入り横になっていた俺は、屋敷の天井を呆然と眺めていた。記憶がふわふわしていて全てを明確には思い出せない。でも一つ、ハッキリと言えることはあった。
「俺、勝ったんだよな」
激闘を制して、勝利条件であった、相手のリストバンドを奪って持ってくる。それを果たしたことは覚えている。
「よかった……」
次に目が覚めた時、眩しい陽の光が俺の顔に差し込んできた。ゆっくりと起き上がって感触を確認してみる。まだ痛みは少し残っているが、昨日とは違い悶絶するほどのものでもなかった。
それと同時に気づいたことがあった。ひとつは包帯の感触。昨晩は思考もぼんやりとしていてそこまで気が付かなかった。右腕と、腹のあたりか。そしてもう一つは――――
「Zzz……」
俺の寝ていた布団の横で、座ったままの姿勢で爆睡している紅葉であった。髪は結んでおらず、普段見るポニーテールではなかったが、直ぐに彼女だと分かった。
面会は明日にしてくれって昨日あの人に頼んだんだが、紅葉のやつ我慢できずにやってきたのか?
そう思っていたら、部屋の襖が動いた。その後俺は、入ってきた人物の正体に驚いた。
「やっぱり寝てる。相変わらず朝は弱いのか」
「あれまー」
「真琴!?それに希愛まで!?どうしてここに居るんだ!!」
崎田家のお屋敷だってのに、何故だか真琴と希愛の姿がそこにはあった。
「朝っぱらだってのに騒ぐ元気はあるのね。ホッとしたわ」
「いやいや。その前に理由を説明してくれませんかねぇ……」
「あんたの手当をして、その後無理言って泊めてもらったのよ」
「そうか。心配かけて悪かった」
「謝んなら私らじゃなく、そこで寝ている紅葉に。心配だ心配だって、昨日からずっと落ち着きなかったんだから」
そう言われたが、安らかな顔で寝ている紅葉を起こすのは何だか悪いな。起きたらその時にでも。と思ったその時、彼女の身体がピクリと動いた。
「んん……」
流石に近くであれやこれやと騒いでいたら、寝てる人も起きるか。起き上がって、ボケーッとした眠そうな顔で俺のことを凝視してる。
「……‼」
しばらくしてからようやく目が覚めたのか、はたまた我に返ったのか、顔を熟れた林檎みたいに赤くしてから、自分の頬を思い切り叩いた。
「お、おはよう」
「うきゅう。おはよう……」
この様子だと寝落ちっていうか、気合い入れて早起きしたってのに、結局二度寝しちまったって感じのあれだな。うん。
「今何時?」
そう聞かれ、俺は時間が分からないので真琴に聞いた。彼女はスマホを取り出して答えた。
「朝の七時半ね」
「てことは私、二時間も寝てたの!?」
「「二時間も前からスタンバってたんかい」」
俺と真琴の台詞が一致した。
「いやだって早く顔を見たいって思って早起きした……っていうか早く目が覚めたんだけど私朝弱いからしばらくしたらうとうとしちゃって、やっぱり寝ちゃってて……」
「なんか物音するからそれで目が覚めたのだけど、何やら嬉しそうな顔で出ていくもんだったから。まぁ行先は見当ついてたんだけどね。」
「ところで、希愛と真琴も見舞いってことでいいのか?」
「あぁそうだった。目的忘れるところだった。お兄ちゃんの所に持って行って欲しいって頼まれたから、お粥持ってきたの」
希愛の横にあるお盆の上には、お粥の入った器が置かれていた。
「そうか。ありがとな」
「じゃあ私が食べさせてあげるから……」
紅葉はお盆に置かれた器に手を伸ばす。がしかし、その手を真琴が掴んで止めた。
「紅葉。あなたも朝食まだってこと忘れてないわよね。一応呼んできて欲しいとも頼まれてるんだから」
「ふえぇぇぇ」
「気ぃ使いたくなる気持ちは分かるけど、蓮なら大丈夫だって。飯くらいなんとでもなるから」
こんなこと今は言いたくないが、真琴は俺の事を心配してくれてるのかどうか時々疑いたくなってくる。ある時は何故か殴られるは、制服引っ張って引きずるわで。
紅葉が涙目になって俺らのことを見ていた。紅葉のご好意を棒に振るのも癪なんだが、向こうにも事情はあるわけで。
「俺は大丈夫だ。飯食う分には問題ないからさ。朝食終わったらまた顔を出してくれよ」
「ほらほら行くよー。皆さん待たせてるんだから」
「うぅ、じゃあすぐまた来るから!」
「へいへい。慌てなくたって俺は逃げないからさ。てか逃げられないし」
俺は右手を振って三人を見送った。内心食べさせてほしかったのは本心なんだが、真琴が黙っていないような気もする。てか待て。よくよく考えればそのあたり話を通しておけば何とかなった気もする。俺まだ怪我してるわけだし。
それに気づいた俺は激しく後悔した。物凄い大きなチャンスを逃したってことに。こんな事めったに無いんだぞおい!!
「悔やんでも仕方ないか……」
過ぎたことで考え込んでも仕方ないと思い、俺は希愛の持ってきてくれた梅粥を頂くことにした。




