轟くもの
「お、おい!? あいついったい何しやがった!」
「天王寺さんが一瞬止まった?」
「おいおい、手加減してたのか班長?」
「そんなわきゃないだろ! あんな急に速度落とすかよ普通よー!」
「というかあの編入生ホントに能力者なのかよ?」
「でなきゃさっきのことなんざおこんねーだろ!そうでないならどう説明するんだよ!」
「おいお前! 眼いいんだろ? さっき何起こったのかわからねぇか?」
「わかるわけないだろ!? 俺は能力者じゃねぇし!」
さっきまで立ち尽くすしか無かった編入生が、何をしたかと思えば一転攻勢。
ただのまぐれだろ。といった声もちらほらあったりだが、それ以上にその場にいた生徒は続々と驚きの声を上げる。何をしたんだ。ただのまぐれなのか。あいつは何者なんだ。実にさまざまであった。
驚きの声を上げたのはもちろん彼女らも同じだ。
「これは驚きの展開だねぇー。ぞくぞくするよぉー」
「あの男、恐ろしき禁忌の力でも秘めているのか。面白いではないか!」
なんか別の意味で興奮している二人を尻目に崎田と邦岡は、先程の光景について考察していた。
「いったい何が……」
「あの天王寺の様子を見るにまぐれではなさそうだな。さっきまでのはこのための布石か。だとしてもだ」
しばらく考え込んだ後、邦岡は崎田のほうを見て質問する。
「崎田、一昨日のことについて改めて教えてくれないか? 特に、黒宮蓮が何をしたのかについて」
「えぇと。暴徒の放った電気を帯びた気弾を右手で防いで、そのあと電気をまとった拳もなんなく受け止めて、ってところでしょうか」
「そうか。なかなか見当がつかんな。能力の候補が一点に絞れん」
「素直に防壁を張る能力とかじゃないんですか?」
その発言に対し、邦岡は首を横に振った。
「おそらくその線は違うだろう。それだとさっきの天王寺の挙動の説明がつけられない」
「と、言いますと?」
理由の分からない崎田に対し、邦岡はこう説明する。
「もし彼の能力がそうであったと仮定して、それならば天王寺は、黒宮蓮の反撃を受ける前に何かしらにぶつかった反動が見られるはずだ。しかしそのような光景は見られなかった。ぶつかって止まったというよりは、何かしらの力が働いて減速した。というような感じだな。最初に仕掛けた時だってそうだ。突っ込んでくるところに壁を張っていれば、とっさに体が動いたとはいえ、黒宮がわざわざ避ける必要はない。天王寺は勢いそのままに見えない壁に激突して自滅するのがオチだ」
「うわぁ。想像したくない」
邦岡が説明したままの情景を想像していた崎田は、なんとも言い難い渋い顔をしていた。
「それにあいつもそこまでの馬鹿じゃないだろう。それとわかっているならあんなことはしない」
「そ、そうですよねー」
「崎田。もう少し詳しく教えてくれないか?どう防いだのかについて」
「どうって、言われましても……。右手一本で防いだとしか」
「そうではなくてだ。その右手の前で何が起こったのか……というのが肝だ」
そう言われ、崎田は一昨日のことを思い出す。そしてこう言う。
「彼の右手の前でかき消すように……でしょうか?」
「消す……か」
崎田の返答を聞いて邦岡が少し考えこんだ後、考えをまとめてから一人こう呟いた。
「ひとつだけ心当たりがある。しかし、そうであるのなら…そんな能力、私は聞いたことがないな」
蹴とばされた天王寺は、体勢を立て直して黒宮から少し離れたところで睨みを利かせる。流石に冷静そのものだ。
「(あの編入生。俺の動きを完璧にとらえて反撃したというのか。いったい何をした?どんな能力を使ったんだ。何かにぶつかったというよりは、こう……ブレーキをかけられた感じがしたか。とにかくうかつに近づいてもまたさっきの二の舞か。だがしかし……)」
「(ひとまずうまくいったのはよかった。でも同じ手はもう使えなさそうだな。すぐに突っ込んでこないところを見るに、天王寺さんもそこは冷静みたいだ。とにかくこのまま……)」
沈黙を続けながら黒宮と天王寺は、再び向き合う。互いにけん制しあうように様子をうかがっていたが、二人の出した結論は一致していた。
「「(こちらから先手をとるほかなし!!)」」
向き合っていた二人はほぼ同時にスタートを切って前方に走り出す。双方同時に能力を発動し、先程よりも激しい打ち合いへと発展する。
「なんか、天王寺さんさっきよりも遅くなってませんか?今度はかろうじて目でその動きが追えるくらいに……」
手合わせの最初の時に比べて、天王寺の動く速さは目に見えてわかるくらいに落ちていた。
「天王寺の奴、考えたな」
「考えたって、またどうして?」
また理由の分からない崎田は邦岡に尋ねる。
「速くしたところで、ブレーキ掛けられた時の反動が大きくなると考えたのだろう。だったらその影響が少なる範囲で制御しているのだろう。実際うまく機能しているみたいだ」
「そんな使い方もあるんですか」
「何でもかんでも全力でやればいいってもんじゃない。時には調節が必要な時もある」
「成程、勉強になります」
「(さっきよりも動きは遅い。でもうまく機能しなくなっているのを考えると、さっきよりやりづらい!)」
「(本当にいい動きをする。それほどの実力、どのように培った!)」
先程のような決定打こそないが、じわりじわりと双方疲弊していく。疲れも見えるがそれ以上に際立っているものがあった。
「にしても、なんだか楽しそうだな。天王寺の奴」
「楽しい……ですか。そうなる理由がわからないのですが…」
「いい相手が見つかったのかもしれんな。私にはよくわからんが、そういう相手がいるっていうのは、天王寺の奴にとってはいいものなんだろう。もっとも、黒宮蓮が同じことを考えているのかは知らないがな」
「でも黒宮君はそういうことは考えてないかも。もともと争いごとは嫌いだって言ってましたから」
「そうか。……迷惑にならんといいがな」
邦岡は手合わせをしている黒宮を見て、溜息をついていた。
二人は後ろに跳んで右手に力を込めて構えてから、決着をつけようと言わんばかりに、残りの力を振り絞って真正面に突っ込む。
「「(この一撃で決める!!)」」
二人の拳がぶつかろうとしたその瞬間―――――
「そこまでぇぇぇ!!!!」
「「!?」」
訓練場に突然響いた声でその場は静まり返った。その声に驚いた二人の拳は交わることなくすれ違う。
「しゅ、主任……!」
「二人の対戦は見届けさせてもらった。もう十分だろう」
「し、しかし……」
「今回はあくまで見極めだ。決着つけるとは言ってない」
「はっ、はい……」
俺は少しよろめきながら、その大声の主の方を向いた。
「(主任? あの先生がそうなのか?)」
そう思っていると、主任と呼ばれる男が俺のほうに近づいてくる。
「さて、黒宮君」
「は、はい」
姿勢と息を整え、その人の方を向いた。それを見た男は俺にこういった。
「率直な感想を述べよう。素晴らしいお手並みだった。君のその実力、いかんなく発揮してほしい」
「と、いうことは……」
「あぁ、合格だ。正式に君を執行班に迎え入れよう」
その言葉の後、模擬戦の会場となった訓練場には観戦していた生徒たちの轟くような歓声が沸き上がった。
「さてと草薙。模擬戦は終了だ」
「は、はい」
突然のことでたじろいでいた草薙であったが、主任の言葉ではっとしたのか気を取り直してピストルを天井に向け、模擬線の終わりを告げる一発の銃声を響かせた。
「あの子には今度モデルになってもらいたいな。」
「この悟りの瞳で全てを見透かしてやろう。くっくっくっ」
「……(こんな先輩らですまんな、黒宮。)」
貞操の危機。(嘘)