還る場所
生物は長い歴史において、各々の教訓しかりで独自の進化、成長を遂げていった。住む土地に適応するため、生息範囲を広げるため、天敵から己の身を守るため、またそれに対抗する術を手に入れるため。環境の変化に対応するため、滅亡に抗い生き残るため……。理由、目的は実に様々だ。
そしてそれは人間にも同じことが言える。猿という名の生き物から始まり、長い時の流れを経て変化していった。
知識を増やし、道具を作り出す。国ごとに、はたまたその地域ごとに独自の文化、風習を生み出していった。その結果人は考える、知識を持つ生物へと進化したのだ。
時代がすすむにつれて、人の思慮はより一層深くなり、その長い歴史による文明の進化は、現代の人の身体にも一つの変化を促した。それは脳の進化であった。そしてそれがもたらしたのは、現代科学では証明の難しい理論。一言でいえば”異能力”というべきものであった。
能力について定義がなされたその始まりは、三十年ほど前に遡る。人為的な特異現象が起こっている。という報告が世界のあちこちで上がった。
その後の研究によって脳のとある器官が著しく進化したことによるものだという結論がまとめられた。
そして現代に至るまでに研究が重ねられ、その理論もより確固たるに近いものへとなっていった……と言いたいところだが、そうともいうものでもないのが現状である。まだまだ能力に関していえば、人類は無知に等しいのだ。
そして現在。皆が能力を有するというわけではないが、使える者は、年々増えているそうだ。
炎や水を操る、モノを生成する、周りの状態を変化させる。自身の身体能力を強化する……。能力の種類について話を挙げようとすれば、実に様々だ。
能力が生活の一部にある今日。一昔前までは映画やアニメに出てくるような、一度は憧れ、興味を抱いたそんな世界。今それは現実のものとなっている。
そしてその真相を人類が知ることとなるのは、いつの日となることか……。
ペットボトルの麦茶を飲みながら、新幹線の窓から風景を眺めていた。とは言っても特別見ていて楽しいものではない。
流れるように見えるのは田畑と山々、ぽつりぽつりと建つ民家がほとんど。空を眺めても白と灰色の雲が見えるばかりで、青空はほとんど見えなかった。
時間をつぶすために持ってきた本は、暫く読んでいたら思いのほか面白くなくて飽きてしまった。
文学が趣味の人には申し訳ないが、元々体育会系の俺にとっては、読書の面白さが解らない。
スマホは今バッテリーで充電中のため、手に取るのをためらった。充電中に使用するのは電池にあまりよくないそうだ。
それに特別眠いわけでもない。食後はだいたい眠くなりやすいものだというが、俺の場合そうでもないらしい。
要するに今の俺にとって、こうやって窓から外を眺めることが唯一の暇潰しであった。
時折窓と反対の方向に目をやると、隣の席で眠る黒髪ショートヘアの少女、妹の希愛 がいた。俺達兄妹は今、祖父母の実家に向かっている。
半年程前に両親を亡くした。能力研究所の襲撃事件であった。十人の死者を出し、関係者二十人超が負傷した悲劇ともいうべき事件であった。そしてその犯人は未だ捕まっていない。
父は能力の研究に携わっている研究者であった。母はごく普通の主婦であったが、事件当日は父に会うためにその研究所を訪れており、事件に巻き込まれた次第であった。
事件の後、二人で祖父母の家に落ち着くこととなった。なんとか妹が中学を卒業するまではと、暫くは両親のいない家に二人で住んでいた。
しかし、学生という身分もある以上二人では流石に限界があった。
妹は元々都内の高校に進学することになっていたが、先の一件を受けて引っ越し先の地域の高校に進学することとなり、俺は妹の通うことになる高校に編入することにした。
ともかく、俺と希愛を受け入れてくれた祖父母には感謝の念しかない。
これからの生活のことを考えていると、次第に窓から建物や車の行き交う道路がちらほらと見えるようになった。そして、音楽の後に車内アナウンスが流れた。
”お客様にご案内申し上げます。間もなく、金沢に到着いたします。お出口は左側、十一番乗り場です。お降りのお客様はお忘れ物の無いようご支度ください。電車とホームとの間が少々空いているところがございます。お降りの際は足元にご注意ください。お乗り換えのご案内をいたします。一番乗り場より、12時48分発。特急……”
案内を聞いて、ようやくか。と二時間半程の少々退屈だった新幹線での旅が終わったことに安堵しながら、座席上の荷物置きに上げておいた二つのスーツケースを下した後、隣で眠る妹の肩を軽くゆすった。
「んん、う~ん……」
「起きろ。もう着くぞ」
「んん……まだ眠いから……負ぶってーお兄ちゃーん」
「無理言うな。お前を負ぶってなおかつ二人分の荷物持つのは、いくら何でもお兄ちゃんにはきつい」
「えぇ~」
「だらしのないこと言わんでくれ希愛。もうすぐしたら高校生だろ」
「いけずぅ~。うぅ、わかったよぉ~」
甘える妹を何とか説得して、二人で新幹線を降りた。
駅から路線バスに乗り、降りたバス停から少しばかり歩くと、見慣れた家が見えてくる。小さい頃三世代で住んでいた、両親と引っ越してからも、お盆や年末年始に限られるが、毎年訪れていた祖父母の住む一軒家。その近くには一台の引っ越し業者のトラックが止まっていた。時間の見積もりがちょうどよくてよかった。
心を落ち着けてからインターホンを押した。その後しばらくしてゆっくりとした足音が聞こえ、玄関のドアが開いた。
「お疲れ様。よくきたわねぇ~」
「長旅で疲れたじゃろう。今、お茶入れてやるからゆっくり休みなさい」
祖父母が出迎えてくれた。二人とも七十代に入っているが、それを感じさせない元気ぶりである。
「ありがとうございます。おじいちゃん」
「そんなに他人行儀になる必要もないわい。これからの蓮と希愛の家なんだから気を楽になさい」
「はーい。そうさせてもらいまーす」
「希愛は相変わらず元気そうでよかったよ」
「お茶をもらうのもいいんだけど、先に荷解きとかしないと……」
業者さんも待たせてしまってる。あまりのんびりとは出来ない。
「そう急がなくていいじゃないか。荷物運ぶのは引っ越し屋さんがやってくれるのだろう。部屋に運び終えるまで時間もある。そうじゃ、その間に真琴ちゃんにご挨拶してきたらどうだい。色々あってしばらく会っておらんだろう」
おじいちゃんのその言葉で、希愛の目が輝くように変わった。
「真琴姉のところ!? 行く行く! 早く行こうお兄ちゃん! 今すぐに!」
希愛にぐいぐいと左腕を引っ張られる。
「待て待て落ち着け。お隣なんだからそう焦んな。それに真琴は逃げやしねぇから」
「善は急げと言う。早く行くよー!!」
「言葉の使いどころが違うだろー!?」
「あっ、思い立ったが吉日だったー。えっへっへー」
さらに俺の左腕が、妹にぐいぐいと引っ張られていく。
「あっ、おい待て希愛。そんなに強く俺の腕を引っ張るんじゃなーい!」
なんとか業者さんに俺と希愛の部屋の場所を教えてから、早く真琴に会いたいと懇願する妹に引っ張られるように、その場を後にすることとなった。
「若いのは元気でいいのぉ、ばあさんや」
「そうですねぇ」
そんな俺と妹の光景をにこやかに眺めるおじいちゃんとおばあちゃんであった。
夘月と申します。週二、三本ほどのペースで更新していく予定です。
他二作品を同じペンネームで投稿しておりますので何卒お願いします。更新頻度はこちらに比べると低いですが…。
尚、以降この後書き枠はただの茶番劇となります。どうかお付き合いください。