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2-16 山の決闘

「僕にもこの問題は解けそうにないな……」

 竹屋町は維光の声に、落胆した。

「ええ、お前なら絶対やってくれると思ったんだが……」

 維光の隣に並ぶ透はそれが当然とでも言うような態度で、

「楓さんに頼んでみたら?」

 竹屋町は透の言葉にますますすさんでいく。

「あいつはヒントは教えてくれるけどよ、答えまで教えてくれるわけじゃないじゃん?」

 透はしかしくじけない。

「そもそも答えを知ることじゃなくて答えに至る方法こそが大切だって、楓さんは何度も言ってるだろ」

 透の表情をながめつつ、こいつは女の子に騎士道的な信仰心を持ってるな、と確信する維光。

「何だよ、いじわりぃな」

 竹屋町は頭をかきながらいらだつ。

 しかし、そこで第三者の声。

「さっきから聴いてたわよ」

「うおっ、楓!」 びくつく竹屋町。

 維光はその眼光に戸惑い、透は目を輝かせている。

「楓さん、竹屋町くんが困ってるんだ」

 肩をすくめる竹屋町。

「別に、お前の佑助(たすけ)なんて求めてねえよ」

 面倒くさそうに竹屋町の顔をまじまじと見つめてから、楓は、

「その問題、私が教えてあげる。けど、回答に至る部分は自分で解いて頂戴」


 楓は、極めて厳格な人間だった。勉強においても部活においても非の打ち所がない才能を示し、決して努力を途中で絶やすことがない。

 風貌からして、すでにその性格(ひととなり)は理解できる。

 高い身長と、彫刻のように余分な部分のない体、鷹のような目。

 その眼にとらえられれば、誰だって身じろぎするに違いない。

 あまりにも真面目過ぎて、とても気軽に冗談を言えそうな相手ではないのだ。維光はまさにその点で楓にやや距離をおこうとつとめていた。一方で透は、そんな楓の峻厳な様子に惹かれているらしく、何かと彼女をあてにするのだが。


「しかし不親切だな、楓は……」

 すでにひぐらしや鈴虫の鳴き声が絶え間なく流れ続ける道を維光は歩く。

「少し詳しい位置くらい教えてくれたっていいのにさ。なあ惑書?」

「あちら側から奇襲をかけるつもりなのでしょう。そもそもそんな不安のある提案なら、なぜ受諾したのですか」

「それは……」

 無意識に、楓をどこかで信頼している節があったのかもしれない。

 楓は、クラス中の人間が慕っている。維光にとっても同様だ。ちょっとした有名人である、という理由でさまざまな行動や言葉の端々に、信頼感を持ってしまっていたのではないか。

 だが、今や千本楓は行使者なのだ。どんな行動をとるか、分かったものではない。

 気づくと、心臓の鼓動が次第に速くなっていく。虫たちの合唱が大きくなっていく。

 維光は、耐えきれなくなって叫ぶ。

「楓!!」

 敵の名前を、憎しみの混じった声で叫ぶ。

「楓! いるなら、出て来い!」

 返答は、なおない。維光はさらに進み続けた。やがて木々の間に分け入って、落ち葉やひこばえを踏んだ。

 どこかから熊が現れてもおかしくない気配が感じられてくる。――どこからやってくる。どっちが、やってくる……!?

 神経をきりきりさせながら暗闇の中で立ち止まっていると、嫌な予感が心臓の横にあらわれ、乱れないリズムで信号を送り始めた。

「主よ、何かが近づいてきます」

「あいつか……」

 維光は、あえて言葉には出さなかったがその正体をもうつかんでいた。

「おい、誰だ!!」

 維光は、信号が暗黙の内に伝える方向に向かって、ほえる。

「やっぱり、そこにいたのね」

 少女の声が、十メートルほど先から聞こえてくる。

 以前のものとほとんど変わりないからこそ、その内面の変化に身が震える。

「楓、一体何が願望(のぞみ)なんだ」

 顔は見えない。しかし、おおまかな輪郭はなんとかわかる。すでにそこに敵が立っている。

「惑書を渡しなさい」

 響き渡る歌をものともせず、楓は高らかに告げる。

「できない相談だ。こいつは俺のしもべだからな」

 聞いたことのない壮年ほどの男の声が、そこに加わる。

「そこな者、四条盛永の子の維光だな? 貴様の父がどれほど苦しめたか、想像してさえおぞましい限りよ」

 今ここに二人以外の人間がいるとは考えられない。とすると、その声の主は――

「あんたが楓の魔物か」

「我が名は天薙だ。憶えておくがいい、小僧」

 維光の脇におさまる惑書は、空気の振動をほとんど持たないにも関わらずよくとどく声で。

「魔物とは思えないほどの強情者ね。それが、二十年前の敗因じゃないかしら?」

 天薙は、すると押し黙り、何も言いかえそうとはしない。

「天薙、僕は悪いけど君の汚名を返上するだけの善意は持ち合わせてないんだ」

 再び、会話は自分を森中に流れる歌にゆだねる。楓はしばらくしてから、極めて低くささやいた。

「維光は、そうやっていつも初めて会った人にはきついのね」

「大体僕がしゃべった相手は人間じゃないんだから」

 楓もやはり黙る。きっと鬼のような形相になったに違いない。いや、顔はまだ冷静かもしれないが――さきほどとは様子が変わった。

 突然白い光が楓から飛び散って、短い間あたりを照らす。

 気づくと、楓は手に白くかがやく剣を持っていた。

「これが私の武器」

 両手ににぎりしめてから、こちらに向きを変え構える。

 そこにいるのは冷徹な行使者で、生真面目な優等生ではない。

 維光は、楓から流れる激しい空気を吸い、ただそこに立ちつくしていた。

 ――昔に戻れないのか。

「そこから後ろに飛んでいけ!」

 昔の、楓に寄り添おうとする維光は一瞬で失せた。

 ほとんど憑依状態で呪文を唱え、楓に衝撃波をくらわせる。

 が。

「何の、これしき!」

 たった刃を虚空にないだだけで、一瞬でその力を抹消(うちけ)す。

 維光はもう一度同じ文言を発して、楓を吹き飛ばそうとする。

「さらに強く、飛んでいけ!」

 木が折れ、歯がふきちらされ、驚く鳥が慌ただしく跳びあがる。

 楓はまたもや、脚を踏みしめそれを乗り越えた。

 ――やはり、契約したての行使者なら惑書といえど恐くない。

「次は、こっちの番」

 剣を高く楓は声をはりあげ跳躍。

「縛れ、形ない糸よ」

 楓の四方から半透明の、青白い鎖が飛び出て手にかけようと。

 これをも、素早い腕で断ち切った。

 ――こやつ、やりおる。天薙はひそかに腕前に感心しそうになった。

 そして、着地。土が巻きあがる音。

 行使者から逃げるため、維光はさっと数歩退いた。そして、木陰にしのび彼女の視界から逃げ去る。

 楓がはっとした時は、行使者の気配があまりにも近いせいで、具体的な位置がわからなくなっていた。

 楓の舌打ち。――どこに隠れたというのよ。

 周囲を見わたす。暗闇のせいで、全くその姿は見えない。

 感覚をすましながら、前に一歩一歩あゆみかけた時、

「縛れ」

 維光の呪うような声。

 同時に、鎖で何重にも木に巻きつかれる楓。

「な、何をっ……!」

 維光はしめた、と思い、同時に罪悪感に心をさらした。

「どうしたのです、主よ、とどめを!」

 維光は、その時木を回って、楓の反対側。

 やろうと思えば、楓を殺せるはず。

「……できない」

 その方が好都合なはずなのに。

「維光……離して……っ!」

 楓は叫ぶ。どっちの立場で言っているのか、区別がつかない。

「楓……」

 木の側で、進みかねる維光。

 青白く光りながら、実体があるみたいに鎖は幾重に楓を拘束していた。


「いつもそうやって暗いんだから、維光」

 楓は苦笑しつつ隣に立っている。

「からかうなよ。これは僕の生来(うまれつき)なんだから」

 維光はいらっとして顔を背けた。

「うん、維光はあまり人が性格とか言ういうと嫌だものね」

「透ならお前の長談義をいつまでも聞きたがるさ」

 楓はふと無言に、何かに思いをめぐらせてから、いじらしい表情になって、

「うーん、私なら、ね?」


 峰打ちは経験したことのない激痛だった。

 楓は維光につかみかかり、抵抗する隙すら与えず惑書をもぎとったのだ。

 強烈なパンチをくらいよろめいた維光を、地面は思いきり叩きふせた。

 意識が朦朧とし、自分が何者であるかさえもあやふやになる中、維光は頭を両腕でかかえ、無我夢中で森の中を走る。虫たちが嘲笑しているかのようだ。

 ――逃げろ。逃げろ……。

 森の中の人間は、すでに一人。

 耳をふさぎ、奇声をあげながら、そこから脱出を図る。

 維光は何度もころげたりつまずいたりしながら、とうとう道路に出た。

 その頃には、維光はもう自分の身に何があったか理解していた。――僕は負けたんだ。楓との戦闘(たたかい)に……。あいつに、温情なんて見せたせいで……。

 自分の甘さのために、大都(すべて)を僕は失ってしまった。一人の高校生としても、行使者としても!

 劣等感が維光の体を支配。口が自然にふるえ、狂ったように笑いはじめる。

 笑いが止まらない。高笑いに打ち暮れながら、叫ぶ。

「僕は負けた! 負け犬だ!」

 維光の精神状態は今やどん底。

「負けた! 僕は、もう……」

 どこに逝くかもわからないまま、脚がおもむくままに従い続け。

 前の様子さえ見えていない状態で、一人さわいでいるその時、

「おい!」

 透が、維光の肩をつかみ、ころぶのをさえぎっていた。

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