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百鬼絢爛(骨組み版)  作者: 赤良狐 詠
守り続ける者

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39/55

其の玖

 天狗達は顔を見合わせて首を傾げていた。瑠美が天高く掲げた缶詰が何なのか紗理奈も敦も解っていなかった。青葉が瑠美に近づいて缶詰を見ると


「うわぁっ!」


 っと言って背中から先ほどまでなかったはずの黒い翼を広げてひっくり返ってしまった。それを見た敦は急いで彼の元に寄り添って抱えた。瑠美は勝ち誇った表情で天狗達を見た。


「どうやら本当にこれが苦手なのね。ほら!」


 紗理奈からはラベルに何て書いてあるのか見えなかったが、天狗達はラベルを見た瞬間に青葉と同じように、背中から黒い翼が飛び出し、後ろにのけ反ってしまった。

 そんなに効力のあるものなのだろうかと思ったが、実際に転げてしまうほどの威力を発揮しているのだから凄いのだろう。瑠美は缶詰を持ちながら


「さぁ! 私達も一緒に連れて行きなさい!」


 紅葉は腰を抜かしたまま後ずさりして


「それを絶対に開けないでください! お願いします!」


 っと口にした。他の天狗達もよほど缶詰が怖いようで、目が泳いでいてガクガク震えている。


「じゃあ連れて行きなさい!」


 今まで見たことがない強気の態度で鋭い目線を天狗達に向けていた。紗理奈はどうして瑠美がここまで天地様と会いたがっているのか理解できなかった。

 瑠美の脅迫に紅葉は迷っているのか、それとも屈しないと思っているのか、脂汗を滲ませながら考えているようだったが、そんな彼を見かねた青葉が


「お姉ちゃん、連れて行くからそれを開けないで!」


 それを聞いた瑠美は青葉を見て蔑むように笑っていた。


「解った。でもこれはポケットに入れておくから。危険だと感じたら、容赦なくあなた達の前でこれを開けるから、覚悟してね」


 そう言って瑠美は缶詰をポケットに閉まった。それを見た青葉達は片手を胸に当てて息を吐き出した。

 青葉は紅葉達の元に羽を広げて飛んで、何やら話を始めた。その間に瑠美は紗理奈と敦の方を向いて


「じゃあ、天地様に会いに行きましょう」


 っと鼻高々な笑みを浮かべながら言った。二人は彼女がどういう意図で天地様に会いたいのか理解していないので、お互いに顔を見合わせた。そして、紗理奈が


「瑠美ちゃん、どうして天地様に会いたいの? 操られているかもしれないんだよ?」


「そうかもしれないね。でもね、天地様なら知ってるのよ。私の知りたいことを、きっとね」


「あと、さっき青葉君に言ってたことってさ、どうして解ったの? あの、権藤、夫婦とかのこと」


「あぁ、私の知識の箪笥の中に入っていた情報を組み合わせただけだよ。黒木さんから教えてもらった情報と合わせたの」


 そこに敦も加わって


「瑠美ちゃん、天地様に会ってどうするんだ? その、俺は話が全然解らないんだけど、つまり、三つ目って奴に操られているなら、天地様に会うのは危険じゃないか?」


「大丈夫ですよ。青葉君達に効かなかったらどうしようと思ってたけど、私が持ってる缶詰、この中身は天狗の弱点なんです。これで何とかできますよ」


「そうは言っても――」


「私の邪魔はしないで!」


 瑠美がいきなり怒鳴り出したので、敦はたじろいでしまった。紗理奈も彼女の喧騒に怯んでしまった。瑠美は勢いでずれ落ちた眼鏡を上げ直して


「ごめんなさい。ちょっと取り乱しました」


 二人と目を合わせようとせずにどこか違う所を見つめた。そして、思い出したように


「後、私には切り札があるので、何があっても大丈夫ですよ」


「切り札って、何?」


 紗理奈の質問に瑠美が答えようと「それは――」と言った直後に青葉達は話が終わったらしく「お待たせ」と声を掛けられ、紅葉が話し出した。


「これから天地様の所に行く。男は青葉と黒葉、そこのお姉ちゃんは黄葉と白葉、えっと――お前は僕が運ぶ」


 お前呼ばわりされてまた傷ついてしまった。自分が何なのかはっきりと何なのか言って欲しかった。しかし、自分が人間以外と言われて他の存在とは何かと考えれば、それは妖怪変化だけだった。

 青葉と白葉、紅葉が羽団扇を空に向かって投げると、それは大きくなって人一人が乗れるくらいの大きさになった。


「これに乗って敦君」


「大丈夫なのこれ?」


「うん、二人で支えるから大丈夫だよ」


 っと言っていたが、それを聞いた紗理奈は


「え!? 私、紅葉君しかいないんだけど……」


「あぁ、大丈夫だよ。紅葉は神通力が僕達より強いから、それで持ち上げるよ」


「は、はぁ……」


 どういうことか言葉では理解できなかった。瑠美と敦は、両側に一人ずつ持ちながら空へと飛んで行ったが、紗理奈は紅葉が持つわけではなく、見えない力によって巨大な羽団扇を空へ浮かせたのだった。それはかつて人生で体験したことがあり、まるでジェットコースターが一番上から真っ逆さまに急降下する感覚をずっと味わった。


「嫌ぁー! 助けてぇー! きゃっ!」


 紗理奈は羽団扇に必死で掴まりながら落ちないように祈っていた。先ほどまでの言葉にできない恐怖とは違う、今そこにある危機を肌身で感じていた。

 プラスして学校の屋上くらいの高さを飛んでいるのも怖かった。それは敦も同じようで「うわぁっ!」っと言いながらしっかりと羽団扇にしがみ付いていた。しかも少し寒いのか鳥肌が立っている。

 瑠美は平然としていて、叫び声すら上げず、余裕な感じの澄ました顔で横ずわりしていた。紗理奈は上で飛んでいる紅葉に呼び掛けた。


「紅葉君! 怖い! あとどれくらいなの!?」


 紅葉はしかめっ面で


「もうすぐだ。あれだ。あそこが天地様の籠だ」


「籠ぉ?」


 紅葉が指差している方向を見ると山の手前に一本だけ突き抜けた巨木があった。巨木の先の山は、山崩れで地層が見えていて、あちこちに岩が転がっている。

 巨木の周りは木々がなく、岩と砂と石、折れた小枝でこげ茶色の地面になっていた。実際にこんな巨木があった記憶がない。巨木の先の山崩れした山も見たことがなかった。


「紅葉君、この木って昔からあった?」


「ここは異界だ。現界じゃない」


「え!? どういうこと?」


 紅葉は「はぁー」っと紗理奈に聞こえるくらいの溜息を吐いて


「人間の住んでる現界と表裏一体の世界が異界。途中から境界を超えて異界に入っただけだよ。降りる。しっかり掴まって」


「え? きゃっ!」


 ガクンと降下し始め地上が見る見るうちに近づいてきた。敦は「うわぁぁぁぁ」と叫んでいたが、瑠美は顔色一つ変えず声も上げていなかった。

 地上にふんわりと羽団扇が着地して、紗理奈と敦はフラフラになりながら降りて、膝から崩れ落ちて四つん這いになった。紗理奈は背中にベッタリと冷や汗で制服が張り付いていた。そして、気持ちを言葉に変換した。


「めっちゃヤバ……ホントマジ無理」


 敦も同じ気持ちなようで簡単に言葉にした。


「もう、二度と乗りたくない……」


 瑠美は一人だけ平然と立っていたので紗理奈が


「瑠美ちゃん……大丈夫なの?」


「……うん。大丈夫」


 いつもと様子が違うので本当にどうしたのだろうと思った。紗理奈と瑠美は立ち上がって周囲を見るが誰も見当たらないと思ったその時だった。


「誰だその者達は!」


 木霊する声と共に突風が吹き荒れた。その風は目が開けられないほどの強風だった。スカートは捲り上がりそうになり、顔とスカートを守りきろうとするので両手がふさがった状態になった。

 そして、風が収まり、巨木の前を見るとそこには、頭に小さな黒い帽子のような物を被り、漆黒の大きな翼を背中に生やし、輪っかの付いた杖を持った男性が立っていた。

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