悪役(JLF)登場
マナー違反なので慎ましくしていたつもりだった。だが残念ながら、俺たちは悪目立ちしていたらしい。
「チッ……」という舌打ちの音が、はっきりと車内に響いたのだ。耳ざとく気づき、俺たちへの不愉快サインだと受け取った俺は反射的に首をすくめる。どなたかお姉様お一人様に、舌打ちされるほど、不興を買ってしまったらしい――
――と、思ったのだが、なんか変な空気に気づいた。周囲の成人女子がたが、妙に緊張していたのだ。なんだろう?
「――」
音がした方向に俺はさりげなく視線を飛ばして、次の瞬間、がっくりと、はてしなくグレーな気持ちになってしまった。
舌打ちの主である。1ピッチ隣の乗車口に、内向きに立っていた。
男だった。それも、30代の、大の大人である。
このハコに、男性がもう一人乗り込んでいたのだ。なんだよそりゃ。
五十歩百歩かもしれないが弁解させてもらうと、俺らは時間ぎりぎりだった。ということは、その人の場合は、それ以前から乗車していた、ということになるではないか。いわゆる、“確信犯”てやつだ。
スーツ姿で、いちおう、サラリーマンのように見えるのだが、どうだろう。胸部の肉厚があり、ごつい顔かたち。カタギなのかと不安を覚えるくらい。
俺はこっそりため息をついた。
たぶん、あの男性は、多数の女性の中にただ一人君臨する王のごとき自分、というマンガが大好きなたぐいの大人なんだろう……。
いまから身も蓋もないことをいう。
男女比率、1:10以上、なんであるんだよ。
ちゃんと理解してくれてるかい。
つまり、よほどのことがないかぎり、男子、それも日本男児は――モテるんであるんだよ。わかるかい。大丈夫かい。ああ――
俺の顔まっ赤だが武士の情け、見て見ぬふりしてほしい。ホント、恥ずかしんだよいわせるな――
「どうした、顔まっ赤だぜ」
「――」
――なのになぜ、あのヒトはこんな物欲しそうな、浅ましいマネをしているのでしょうかッ? こっからは考えなくてもわかるだろう。そいつは、男だということ以前に人として、どうしようもない減点要因を抱えているってことになるだろう。そうだろう?
ふ、ふん……。
俺はもはや無視、気づかぬふりの一手だった。どうせこの道中も、あと一〇分で終わる。たぶんだが、舌打ち以上のバカはできないだろうし、そうする勇気もないだろう。
じっさいその通りで、やがてそいつは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腕を組んでそっぽを向いたのだった。
が……。誠にイカンながら、コトはこれで終わらなかったのだ。
そやつが急に、ガバッと、激しくこちらに振り向いたのだ。なにか宇宙人でも目撃したかように、両目が、ガッと、まん丸に見開かれている。そして。
顔を赤黒く変色させた男の大音声がとどろいたのだった。
「てめえッ、三島ジュニアだな!?」
しまった!
顔から血の気が引く。
だからいったんだよ。おとなしく、リムジンで登校しとけって――