アダルト車両
やはり三島銭右衛門瑛には、どこか世間知らずなところがある。ひょっとして、一人で国鉄を利用したことがなかったのかと疑うくらいに。
改札ゲートを通るまでは、なかば俺に手を引かれるようにうしろをついて来ていたのだが、問題はそのあとだ。
「あれが乗る列車――」
と教えたとたん、興奮したかのようにいきなり張り切りだして、俺を置き去りに小走りして、直近の車両に乗り込んでしまったのだ。止める間もなかった。さらには、コンコースで時間つぶししてしまったのが誤算、間が悪いことに、俺を追い立てるように、ホームに発車メロディが鳴り渡ったのだ。
もはや修正かなわず。追いかけて、俺もそのハコに乗り込むハメになってしまったのだった。嗚呼!
うう……! 女性の視線が痛いです、ハイ……。
俺は乗車口反対側の、閉じてるドア付近に立ちんぼしてる瑛に並んだ。
直後に乗車口ドアが閉じられ、列車が動き出す。始動のショックで、二人の体が揺られた。
「席空いてなかった……」不思議そうな瑛くんである。
「そんなことはどうでもいいんだ」
ドアの窓辺で二人して外向きに立って、顔を近づけて聞き取れる小声で説明した。
「このハコは、アダルト専用車両だ」
「なんだよそれ」
「……」
俺は片手で額を押さえる。難儀な時間の始まりだった。
もうご理解いただけると思う。1:10以上という、男女比率の影響である。
例えば10両編成の列車があったとして、この場合、真ん中、5号車が、全男性専用車となる。そして。
1から4号車が、学生女子専用。6号車以降がそれ以外の、つまり働く女性の皆様方の専用車となっていた。
せめてガールだったらまだしも、アダルトに、しかも俺らは制服ブレザーという目立つカッコで乗り込んでしまったのだ。
そんなことを俺は必死こいて説明しおえたのだった。
「……それ、法律で決まってんのか」
「法的根拠はない。自由だ。どこ乗ったっていいんだ。地域の暗黙のルールってやつで、なんていうか、エチケットの問題……になるんかな」
「つまりはローカルルールだろ」
「そうだよ。かくいう俺こそ、こっち引っ越してきたその日に間違えた。地方と違うルール。おそらく、路線ごとに、駅ごと時間ごとに、微妙に異なってるはずだ」
あきれた、という顔をして見せてくれた。
「堂々としてりゃいいんだよ」
そうかと俺は胸を張った。自信を込めていう。
「俺は居心地が悪い」瑛は少しだけホカホカと笑ってくれた。レア顔ゲットである。
「じゃあ仕方ない。車両、移ってやるさ」譲歩も引き出せた。
俺は暗く笑った。
「ところがそうもいかない。ハコ、なんだ。車両間の乗り移りはできない」ゲリラ戦争の影響でね。ふふん。
「しょうがない、じゃあ、次の駅で」
「そこが学園駅」
「仕方ないね」
「堂々としてるさ」
俺らは遠慮しながらも、こっそりと笑いあった。