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煙丸 中吉の一日  作者: やおたかき
31/33

奇跡

 やがて、鯨リムジンは、とある路上で、静かに、停車したのだった。

 ポーン……というメロディ音が鳴り、スピーカーから白川執事の声がした。

『中吉どの、到着です。恐れ入りますがこれより先は、車の進退に不具合が生じます』

「了解です……と伝えてくれ」

 俺は名残惜しげに体を伸ばした。ところが――

 瑛が手元の通話スイッチを押し続けつつ、こう、声に出したのだ。

「白川!」

『ははっ』

「辺りに警察はいるか?」

『存在しません』

「ガードはいるか?」

『ヒマを申しつけておりますがゆえ、存在しません』

「一般市民は?」

『はあて……。いるかも知れぬし、いないのかも知れません。人口がありませんから。かと言って、通行者は今後は必ずやって来るでしょうし、しかしながら、すぐに現れるものでも、ないのかも知れませぬ……』


 いったい全体、なにが目の前でやりとりされているのだろうか?


 戸惑う俺をよそに、しばし考え込む瑛は、やがて決意の表情を浮かべたのだった。

「白川!」

『ははっ』

「エンジン停止。そして白川はそのまま待機!」

『承知いたしました』

 そして瑛は、通話ボタンから、指を離した。

 自らドアを開け、外に出ていく。いぶかしげに感じながらも、俺も同じドアからあとに続いた。

 外は、素晴らしい宇宙だった。

 黒々と澄み切った大気に、壮麗に天の川銀河が立ち上がり、煌めいている。

 そして、神々しいまでの、白銀の満月。初夏の季節らしく、そこだけわずかに薄く雲がかかり、逆にその月光の静謐さを強調しているかのようであった。

 アスファルトの路面には、その月影による、俺たち二人の影が伸びている。

 一瞬、すべてを忘れてしまえるほどの、静かなれども圧倒的な、聖なる天地であった。

「煙丸……」

 俺の前に立ち、背中を見せていた瑛が、俺の号を呼んだ。ゆっくりと、振り返る。

「父の礼がしたい。付け加えることに、今朝の車内で、この僕を、身を挺して庇ってくれた事に対しても、お礼をさせてもらいたい」

 見つめる白い顔に、少しずつ、朱が広がっていく。

「君の、夢を、一つだけ……いいかい、一つだけ、叶えよう」

「――」

 ほほが、はっきりと、赤らんでいた。

「いいかい、本当に、一つだけだぞ――」

「――」


 状況、ここに至って、このボンクラな俺サマにも、何が発生しつつあるのかわかってきたのだった。

 それは、一般に、“奇跡”と呼ばれるものだった。

 俺の頭の中は、ある期待で、もはや導火線に火が付いたかの、パニック寸前の、暴走一歩手前の、ギリギリの、血流どっくんどっくんの、緊急事態が大発生しつつあった――


 瑛はついに公言した。

「好きな一本を教えて差し上げる。“番号”か、あるいは“銘”を選びたまえ。その“毛”を、一吉どのの正規ナンバーの“毛”を――」

 瑛は決意の色を表して、言い放ったのだった。


「この僕の体から、直に、抜かせて、差し上げる――!」

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